感激の再会
ギュンターの馬が左将軍補佐官邸の門を潜り、邸宅前の広場へ駆け込む。
馬を止めるとギュンターは直ぐ、飛び降りて、馬上のマディアンに両腕差し出す。
マディアンが掴まると、ギュンターは優しく地上に降ろす。
「(…ギュンター様って…長身の割に、身軽なんだわ…)」
ギュンターが振り向くから、マディアンは頷いてギュンターの後に、付いて行った。
中央玄関ホールは広く、焦げ茶が基調の重々しい内装で、マディアンはその広さに思わず、きょろきょろした。
ギュンターが気づいて、手を握り引く。
ホールの左右に階段があって、右の階段へと導かれる。
高い高い天井。
大きな、飾りの少ないシャンデリア。
けれど手すりは茶色でぴかぴかで艶があって、階段も横幅が広く、焦げ茶の、金に縁取られた絨毯が敷かれている。
階段を上がって右の廊下の床もぴかぴか。
扉も飾りが彫り込まれてる。
ギュンターは気にせず扉を開ける。
丁度、オーガスタスが笑ってるところで、ディングレーが笑われて凄く不機嫌な顔をしていた。
ローフィスが、姿を現すギュンターを見、グラスを差し出して言う。
「お前も飲むか?
丁度、開けたところ…」
そこ迄言って、ギュンターは横にどく。
途端、マディアンの美しい姿を見て、オーガスタスが目を見開いて、笑い止む。
マディアンが、駆け出す。
オーガスタスは椅子から立ち上がりかけ、肩が痛んでくっ!と眉間寄せ、が、椅子の手乗せを掴み、そのまま立ち上がって両腕広げる。
マディアンが胸に倒れ込み、オーガスタスはそのまま、彼女を両腕で抱きしめた。
ローフィスはとっくに、グラスを持ってギュンターの居る戸口へと歩いていたが、惚けて見つめるディングレーに気づいて囁く。
「行くぞ!」
ディングレーはローフィスに振り向く。
ギュンターが、美貌のすまし顔で言った。
「俺達は邪魔だ」
そこまで言われてディングレーは慌てて歩き出し、椅子の脚に足先ぶつけて
がっ!
と音立ててヨロめく。
マディアンを抱きしめるオーガスタスがチラ、と視線を送るから目が合うが、慌ててローフィスとギュンター待つ、戸口へと、歩いて行った。
マディアンは懐かしい…温かい腕に包まれて、感激で言葉が出なかった。
何度も…何か言おうとしたけれど、無理だった。
オーガスタスの広い胸に抱き止められて…嬉しくて…嬉しくて。
けど…オーガスタスが、少し肩を動かした時。
何か…感じて、マディアンは顔を上げる。
オーガスタスが眉をしかめていて、マディアンは囁く。
「お怪我を…?」
オーガスタスはそれを聞いて囁く。
「大した事無い。
ローフィスが、手当てしてくれたから」
マディアンは顔を離して、オーガスタスの胸元を見回す。
オーガスタスは少し青ざめながらも微笑んでいて…。
「…肩…?」
「左肩だ。岩にぶつかって」
マディアンはそっ…と白い華奢な手を添える。
オーガスタスはその温かさに、微笑を浮かべた。
が、瞳は潤んでた。
「…やっぱり貴方の手は…癒やしの力がある。
ずっと…思い浮かべてた」
「私…私…も」
“切なかった。
ずっと会えなくて”
けれどその言葉を、マディアンは飲み込んだ。
彼の負担になるまいと。
オーガスタスの顔が、傾き寄せられると、マディアンは唇で、彼の唇を受け止める。
温かい…彼の唇の感触に、マディアンはとうとう涙を頬に、滴らせた。
唇が離れると、マディアンは掠れた声で囁く。
「お会いできて…本当に…嬉しい」
オーガスタスは頷く。
そして返答の代わりに、再び彼女に口付けた。
ギュンターとローフィスは階段を降りる。
ギュンターは背後に続く、ディングレーがまだ、慌てふためいてる様子を見る。
が。
玄関からいきなり…華やかな一群が、長身のディンダーデンを伴って現れる。
「凄い…素敵!」
「広いわ!」
「豪華よね?!」
エレイスとアンローラははしゃいでいて、ラロッタは俯き加減。
ディンダーデンはローフィスとギュンターを見上げる。
「…オーガスタスは手負いか?!」
ローフィスは顔を背け、ギュンターが呟く。
「肩を痛めたそうだ」
ローフィスが横で
「マディアンの顔を見れば、痛みはふっ飛ぶさ」
そう言った時。
ディンダーデンが手に持つ丸めた書状を、差し上げる。
「そこで使者がお前にと」
ローフィスは階段を降りて来る。
ラロッタはディンダーデンが話し始めると、いっぺんに静かになるエレイスとアンローラを見た。
ローフィスが階段を降りきる前に、ディンダーデンは書状をさっさと開けると、ローフィスに告げる。
「…ディアヴォロスから。
オーガスタスは手負いだから、あっちに戻るのを引き留めて、治療に専念させろと」
ローフィスは階段を降りきると、ディンダーデンの前に居るエレイスとアンローラに微笑んで会釈した後、ディンダーデンの手からディアヴォロスからの書状を、引ったくたった。
そして読むと、ディンダーデンに頷く。
「言った通りが書いてある」
ディンダーデンも頷く。
ローフィスは背後から来るギュンターに囁く。
「俺はまだ色々とあちこちに顔を出してくるから、お前とディンダーデンと…ディングレー、良ければお前も。
ラロッタとエレイス、アンローラの案内を頼む」
ギュンターは頷く。
ローフィスは言った途端、皆に背を向けて、階段を駆け上がって行く。
「ギュンター様!!!」
「お会いしたかったわ!」
背後でエレイスとアンローラの、歓声が上がった。
ローフィスは部屋の前で、ノックする。
「ちょっと…いいか?
マディアンに話がある」
そう言うと、中から
「入れ」
と声がする。
ローフィスが扉を開けると、椅子にオーガスタスが座って、マディアンを抱き込んでいた。
マディアンは恥ずかしげに、オーガスタスの腕の中から、立ち上がろうとしたけど…オーガスタスの腕は彼女を抱き寄せたまま。
ローフィスは僅かに眉間寄せて言う。
「…俺はマディアンに、話があると言ってるんだぞ?」
オーガスタスは仕方なさげに、腕を解いた。
マディアンは立ち上がり、戸口にいるローフィスに寄る。
ローフィスは部屋の外へ出ると、マディアンも彼に続いた。
「…扉を閉めて」
ローフィスに言われてマディアンは頷き、扉をそっと閉めると、廊下でローフィスに向き合う。
ローフィスは低い声で囁く。
「…オーガスタスの怪我は?」
「肩を…」
ローフィスは頷く。
「…折れてる」
マディアンが、目を見開いて口を手で被う。
「…で、相談なんだが…あいつ、向こうの連中が気になって、放って置くと怪我を押しても戻りかねない。
だがそれでは怪我の完治は遅れる。
それで…出来ればあいつをここに、引き留める手伝いを、お願いできませんか?
俺も四六時中見張ってる訳には行かない。
相手はオーガスタスだ。
生半可な相手じゃ、動き出したあいつを止められない」
マディアンは、頷く。
「側で…お世話致しますわ」
ローフィスは、温かく微笑む。
「暫くは貴方を放さないでしょう。
きっととても、寂しかったから。
が、痛みが減って来たら補佐の責任感で、出立して東領地ギルムダーゼンへ、取って戻らないとも限らない。
例えディアヴォロスが“来るな”と釘を刺しても」
マディアンはローフィスを見上げる。
ローフィスはマディアンを見つめ、囁く。
「…部下が岩の下敷きになる所を…庇って自分が代わりに肩を骨折した。
つまりあいつに命を救われた男が居る。
あいつがあっちに居れば…救われる男はもっと増える。
あいつはそれを知っているから…怪我を押しても出向こうとするんです」
マディアンは感激に瞳を濡らし、ローフィスを見つめる。
けれどローフィスは言葉を続ける。
「…だがディアヴォロスが釘を刺すと言う事は…これ以上あいつが無茶すれば、あいつ自身が今度は危ないと言う事です。
だから…」
マディアンは素早く、二度頷いた。
「わたくし、見張っています!」
ローフィスは微笑む。
「お願いします」
マディアンは、しっかり頷く。
ローフィスは背を向けかけて、振り向く。
「…ラロッタと…エレイスとアンローラが来ている。
が、ギュンターが相手するので…」
マディアンは頷く。
「お願い致しますわ」
ローフィスは微笑んで頷く。
「では」
言って、背を向ける。
ローフィスを見送り、マディアンは扉を開ける。
けれど椅子に座ってるオーガスタスは、不機嫌だった。
「あいつ…何だって言ってました?」
マディアンは、椅子に座るオーガスタスにそっと寄る。
そして肘掛けに乗せたオーガスタスの腕にそっ…と触れる。
「私に…貴方を頼むって…」
オーガスタスは一瞬…目を見開いて、次に顔をくしゃっ!と歪め、俯く。
マディアンは言った。
「ええそう…。
貴方の事、とても心配していらっしゃるわ。
態度に出さなくても」
オーガスタスは涙を頬に伝わせ、口を手で被って囁く。
「…顔合わせると悪態しか言わない…」
「ええでも…」
マディアンは泣く、オーガスタスの前で腰を屈め、そっ…とオーガスタスを見つめる。
オーガスタスは泣き笑いの表情で囁く。
「…泣く…代わりに悪態をつく。
けど貴方の前だと…変だな。
涙が止まらない」
「………ローフィス様を、呼び戻しましょうか?」
マディアンが言うとオーガスタスはぎょっ!として、目を見開く。
マディアンはくすくす笑うと、言った。
「ローフィス様の目の前では…どれだけ心配されて嬉しくても、泣かないのね?」
「ローフィスの前で泣くことは滅多に無い!
あいつも湿っぽいのは苦手で、俺もだ!」
マディアンは優しい表情で頷く。
「そうやって…涙を我慢していらっしゃるのね…」
オーガスタスは困った様に微笑った。
「貴方の前だと…その我慢が効かない」
マディアンが囁く。
「嬉しいわ…」
彼女が顔を寄せて傾けるから…オーガスタスはマディアンの、薔薇の花びらのように甘く香る、その唇を唇で、受け取った。
優しい感触に夢中になり…腕を回して彼女を抱き寄せ、けれど腕に包み込む、前に肩に痛みが走って、顔を歪める。
マディアンは、くすっ。と笑う。
「私が、貴方を抱きしめるから」
オーガスタスは残念そうに囁く。
「…怪我を負ってこれ程悔しいのは…初めてです」
マディアンは、オーガスタスを見つめた。
「だって…怪我してる時、敵に囲まれたりしたら?」
オーガスタスは青ざめていたけれど…笑った。
「覚悟はいつでも出来てる。
怪我を負おうが蹴散らせなければ…俺はそこ迄の男。
死んでも…仕方無い」
今度はマディアンが辛そうに表情を歪める。
「私は違うわ…。
貴方が死んだりしたら…きっとキチガイみたいに泣き叫んで、取り乱すわ…」
オーガスタスがそれを聞いて、辛そうに顔を背ける。
マディアンはつい、本心を言ってしまった自分を、叱咤する。
「…貴方の足枷には成りたくないけど…」
囁いて、わざと大袈裟に声を上げる。
「私のいない所でお亡くなりに成ったりしたら、貴方のお葬式で思いっきり悪態ついて、私、軍のお歴々の参列者達に、大顰蹙を買いますから!」
オーガスタスは、ようやく笑う。
「貴方に恥をかかせないよう、肝に銘じておきます」
マディアンはつん!と顔を、上げて言った。
「お願い致しますわ!」
オーガスタスに笑顔が戻り、マディアンはほっとする。
そしてオーガスタスに囁いた。
「お薬は?」
「飲んだけど半端無くマズいので、口直しの酒を飲んでた」
「お台所は?
何か…美味しい、体にいいスープを作ってきますから」
けれどオーガスタスはマディアンの、腕を引く。
「お願いだ…。
弱音を言わせて貰うなら、あっちでずっと貴方の事を思い浮かべてた。
もう少し…貴方を眺めさせて下さい。
スープより…よっぽど傷に良いから」
マディアンは少し笑うと、オーガスタスの頬に両手を添え、額に額を当てて、顔を見つめ…そして再び、そっ…とオーガスタスの唇に、口付けた。
オーガスタスはうっとりと…ご褒美のような彼女の甘い唇に、浸りきった。




