ヨーンの襲撃 1
再び園遊会に出かける妹達の仕度を、マディアンは手伝いながら、ぼんやり考えてる。
妹達が
「今日はギュンター様、絶対いらっしゃるわ!」
そう叫び、はしゃいでいたから。
“ギュンター様がいらっしゃるなら…あのお方もいらっしゃるのかしら…”
マディアンは一瞬で恋に落ち、一瞬で敗れ去ったオーガスタスを思い返す。
ああでも…。
“ヨーンが来なければ、いらっしゃらないわ…”
そう気づいた時、溜息がもれた。
ヨーンはきっと、閉め出しを食らってる。
だってあのお方が
“あちこちから苦情が来てる”
そうおっしゃっていたから…。
馬車に乗り込もうとした時、今度はシェダーズが、馬に乗って駆け込んで来た。
妹達はひらりと馬から飛び降りる彼に、一斉に振り向く。
シェダーズは誠実で端正な顔を俯け、そっとマディアンに寄ると囁く。
「…ヨーンが…あちこちから閉め出され、不穏な動きをしていると…。
つまり、気のあるご婦人の、お宅の近くでウロついてるそうです。
それでつまり…貴方の事が心配になって…」
妹達は、ヨーンとの時とはうって変わって、シェダーズのその心配に、一斉に嬉しそうに顔を輝かせる。
「まあ…!
それでわざわざ…?」
「嬉しいわ!
ねえ…?マディアン姉様。
これで安心よね?」
マディアンはまだ、失恋で呆けていたから、ただぼんやりシェダーズを見つめ、頷いただけ。
でもシェダーズに振り向くと、咄嗟叫んだ。
「貴方も、近衛騎士ですわね?
もし、結婚されてご自分がお亡くなりに成ったら…妻が不憫だと、思われません事?!」
シェダーズはびっくりして、その剣幕に背を僅かに後ろに下げ、目を見開いてマディアンを見た。
マディアンに殆ど睨み付けられて、シェダーズはごくり。と唾のみ込んで告げる。
「…確かに…。
けれど、待ってくれるご婦人が…妻が居れば…。
ましてや子共がいれば、這ってでも戦場から、生きて戻ろうとするでしょう…。
現に、妻帯者より独身男の方が、死ぬ確率が高いと」
マディアンはそれを聞いて、目を見開く。
「…そうなの?」
シェダーズは少し、ほっとしたように囁く。
「…だから私の両親も、早くに結婚しろと。
その…絶対その人を残して死にたくない。
そう思える女性と」
“それは貴方だ”
そう言いたいシェダーズの言葉を言わせず、マディアンはさっさと背を向けて、馬車に一番先に乗り込む。
妹達は肩を竦めると、呆然。
と横に立つ、シェダーズに囁きながら馬車に乗り込み始める。
「お姉様、ここ少し変なのよ」
「失恋されたそうだけど…」
ラロッタが、ジロジロと横に突っ立つシェダーズを見つめる。
「貴方にじゃ、無さそうね…」
全員が馬車に乗り込み、動き出してようやく、シェダーズが裏返った声で叫んだ。
「…失恋?!」
シェダーズが馬に乗って、走る馬車の窓の横に並ぶと、窓辺のマディアンに叫ぶ。
「どなたに失恋されたのです!!!」
マディアンは馬の蹴立てる音にも負けず響き渡るその声に、口を滑らせた妹達を、じろり…。と見る。
そして、馬を馬車に併走して走らせながらもまだ、こっちを必死で伺うシェダーズに叫ぶ。
「貴方に何の関係があるの?!」
「ありますよ!
だって私は…」
シェダーズは叫ぼう。として、馬車の中に同乗する妹達。
木がまばらに生えた道と周囲の草原を見、告白に相応しくない。と思って口を閉ざす。
園遊会の催される屋敷に馬車が乗り込み、止まってマディアンが降りて来ると、シェダーズは一気に馬から飛び降り、素早く馬丁に手綱を預けて駆け寄る。
「貴方に、お話があります…!」
妹達はとうとう、シェダーズが正式に申し込むのだと解って、固まって笑いながら囁きあった。
だがマディアンはシェダーズを見返すと
「ここで出来ないお話なの?!」
ときつい口調で言い返すものだから、シェダーズの言葉が詰まる。
妹達が長姉のその返答に、顔見合わせていると、邸内に馬が駆け込んで来る。
その騎乗してる金髪の騎士を見て、四女アンローラが叫ぶ。
「ギュンター様!!!」
ギュンターは速度は落としたとは言え、走ってる馬の前に飛び込んで来る若い婦人に、手綱引き一気に馬を止めると、横に駆け込み見上げるアンローラに囁く。
「危ない…怪我は?」
アンローラはもう、見下ろすその美貌の金髪の騎士に、見惚れて言葉も出ない。
マディアンはギュンターの背後から…あの人、オーガスタスが馬で駆け込んで来ないかと…暫く門を伺うが、誰も来ない。
次に入って来る馬に、はっ!と顔を上げるけど…その人は若い貴公子で、大柄な赤毛の騎士ではなかった。




