園遊会 6
「…では…女性は…?
恋人は…いらっしゃらないの?」
やっと笑いが途切れ…マディアンにそう聞かれ…オーガスタスが、目を見開く。
そしてマディアンに顔を上げ、見つめられて、オーガスタスは咄嗟横を向くと、こほん。と口に拳当てて咳払う。
「残念ながらその…一晩程度のお付き合い出来る女性は…結構います」
「では真面目にお付き合いされているお方は?」
オーガスタスはまた、目をまん丸にした。
そしてマディアンに屈むと囁く。
「…私は、近衛では“赤い獅子”と異名を取ってる。
飼い慣らすことの出来ない、野性の野獣。
と言う意味です」
「だからご結婚を、考えた事はいらっしゃらないと?」
オーガスタスは途端、悲しそうな瞳をした。
「…結婚する前に、戦って戦場で死ねたら名誉だと…そう考えてるので」
マディアンは悲しさを通り越して、腹が立った。
「それが…お望みなの?!
家庭や結婚よりも?!」
オーガスタスは怒ってる貴婦人に屈むと、困ったように告げる。
「近衛に進む以上…その覚悟は必要です。
婦人と真面目に付き合うと…未亡人にするのが気の毒で…。
その、未亡人に、成っても平気な女性とは…結婚を、考える気もありませんから」
すっ…と背を伸ばす、長身の立派な体格の若者に、マディアンはつい、喰ってかかってしまった。
「そんなお覚悟は最低だわ!
命を粗末にされるなんて!!!
妻で無くても…その他にもそれはたくさん…貴方の訃報を聞いて、心を痛めるお方は大勢、いらっしゃる筈だわ!!!
絶対!!!」
マディアンは頬に涙が…再び伝うのを感じた。
彼はしまったハンケチを再び…無言で差し出し、マディアンはそれを受け取り涙を拭いながら、すっ…とオーガスタスに、背を向けた。
オーガスタスは…マディアンの予想道理、背を向けた肩に、手を置いて振り向かせたりせず…音を殺しその場から、背を向けてそっと、立ち去って行った。
微かな足音が通り過ぎると、マディアンはオーガスタスのハンケチを握りしめ、頬に涙が伝うに任せた。
“初めてマトモにお喋りしたばかりのお方なのに…!”
言い訳は、無駄だった。
マディアンはもう、認めるしか無かった。
その、ほぼ初対面の相手の、命が失われることが耐えられないくらい、彼に、焦がれてしまってることを…。
帰りの馬車の中で、口を聞かない長女、マディアンを、次女、三女そして四女の妹達は無言で見つめた。
「…どうしたの?
お姉様…」
四女アンローラが小声で尋ねる。
次女エレイスが囁き返す。
「シェダーズ様に、愛想を尽かされたとか?」
三女ラロッタは却下する。
「お姉様がお帰りになる。
と聞いた時のシェダーズ様のがっかりされた顔からして、それは無いわ」
“じゃあ、何で?”
三人姉妹はそっ…と、窓辺で通り過ぎる景色を見つめる、長女マディアンを揃って伺った。
“…もう…あのお方は二度と…私に心を開かれないばかりか、関心すら持たれないわ…”
マディアンは自覚すら無く恋に落ち、一瞬で恋が終わったことをぼんやり感じながら、放心した。
こんな事って無いわ。
いつかは恋に落ちる。
そうは思ってた。
けど、こんなのって無いわ。
マディアンはまだ、脳裏に背の高い…誰よりも立派な体格の…チャーミングにすら見える、屈託の無い笑顔を浮かべ、赤毛で整った小顔の男の姿が脳裏から消えず、心の中で呟き続けた。
“きっととても情のお分かりになるお方だから…私が心配する。
そう思って…きっと距離を取られるに違いないわ…。
ああ私も、ヨーンくらい無神経にぶしつけに、ずかずかと私を避けるオーガスタス様に、突っ込んで行けたら…”
そう、考えるけど、それは出来ない。
と解っていたから…。
目が合い、悲しげに顔を背けられたりしたらきっと、心が凍り付いて一歩も歩けない。
それに思い当たると、また涙が滴るのを感じた。
「お姉様…!」
「どうなすったの?!」
マディアンは手を差し伸べる妹達に、とうとう我慢出来ずに叫んだ。
「失恋したの!!!」
妹達は呆然。と顔を見合わせる。
「だって…シェダーズ様は?」
「まさか…ギュンター様?!」
「ごめんなさい姉様!
例え姉様でも、ギュンター様は譲れないわ!」
慌てる妹達の質問には答えず、マディアンはそのまま、身を折って泣き続けた。




