園遊会 4
「あの…。
私も、そちらの男に困っております。
私だけで無く、妹が三人もこの場に来ていて、女性ばかりなのでつきまとわれると本当に困るんです」
ヨーンはそれを聞いて、真っ赤な顔をして怒鳴った。
「つ、つきまとってなど…!」
遅れてやっと、その一群に辿り着いた三女ラロッタが、咄嗟叫ぶ。
「自宅までいらした上、ここに来る私達の馬車の後を、ずっと付いて来たわ!」
オーガスタスがヨーンを、無言で睨み付ける。
ヨーンは必死で、言い訳をつぶやく。
「別に道筋が同じだし、その………」
「他の女性からも、苦情を聞いてるが?」
「そ…その女は何か勘違いしてるんだ!」
「女性達。と言うべきだったか?
苦情を言いに来た女性は一人じゃない」
ヨーンは歯ぎしりした。
オーガスタスは入隊二年目で自分より年下とはいえ、左将軍補佐。なんて高位にいて、左将軍を“ディアヴォロス”と平気で呼び捨てするような男。
更にその抜きんでた上背と年に似合わぬ余裕で、近衛の中でも目立ちまくり、喧嘩自慢がかかって行っても、伸されて終わる程、喧嘩も強い。
実際あの体格で目前を防がれると、恐怖すら覚える。
女にモテる為に、戦いが大嫌いだったけど、大公家のコネを使って戦闘免除で近衛に居続けたのに、甲斐も無く女も釣れない。
流石の大公家のコネも、ギュンターのような身分低い新兵なら簡単に処分出来るだろうが、左将軍補佐なんて高位の身分のオーガスタスには、手も出せない。
歯ぎしりしながら思案してるヨーンを見、金髪美貌のギュンターが、とうとうまどろっこしくなって呻く。
「…だからさっさと俺が殴り倒し当分起き上がれないようにすれば、この男だって自分の無礼さ加減を少しは思い知るだろう?」
オーガスタスは言った連れのギュンターを、ジロリ。と見る。
「だからそれをしたらお前が処分されるから!
俺に付いて行けとディアヴォロス(左将軍)は命令したんだ!」
マディアンは横にシェダーズが付いて、顔を傾け見つめ
“自分が何とかするから”
と覗き込むのを見た。
が、オーガスタスに囁く。
「…何とか、して頂ける?」
マディアンのその言葉に、オーガスタスは視線を彼女に向けると、にっこり。と微笑った。
マディアンはその、屈託の無い大らかな笑顔に見惚れた。
オーガスタスは女性をかき分け、ヨーンに近づくと言った。
「ちょっと、俺と話をつけようか」
シェダーズが、マディアンの横に並びそれを見つめる。
自分のする筈だった役割を、左将軍補佐に取られ、その表情は悲しげに歪んでいた。
オーガスタスがヨーンを連行し、その場から背を向け遠ざかり、ギュンターに振り向き、頷く。
金髪美貌の近衛騎士は頷き返し、周囲の呆然としてる女性達に言った。
「俺に、きっと幻滅したと思うから…」
「お顔がお綺麗なだけで無く、喧嘩もお強いのね?!」
一人の女性が叫ぶと、他の女性達もはっ!と気づき、再び思い返したように競争相手を少しでも出し抜いてギュンターの側へ寄ろうと、争奪戦を再開させた。
その騒動の横で、マディアンは…遠ざかるとても背の高い…赤毛の男を見ていた。
いつ迄も。
頼もしげな広い背。
長い足。
しなやかなその足運び。
そして記憶に残る、向けられた優しい、大らかな笑顔…………。
先日の園遊会で、初めて彼を見た時の事がぼんやり、思い起こされる。
最初はあんまり背が高くて、誰よりも長身の彼から、暫く目が離せなかった。
その背の高い人は陽に照らされた赤い髪を揺らし、ゆったりと歩を運んで、挨拶に来る人々に笑顔を見せ…。
その笑顔が、遠目からでも素敵だと…そう、思った。
こんなに間近で見つめられて微笑まれると…もっともっと素敵で、マディアンは彼の笑顔が心に残り続けて消えないのを感じていた。
シェダーズが覗き込むように顔を見てるのに、マディアンは気づき、振り向いて咄嗟に口開く。
「やっぱり…左将軍補佐となられる御方だけあって、お姿だけで無く器がそれは…大きいのね?きっと」
「でも、大して年上ではありませんよ?
近衛二年目で私より…うんと、後輩だ」
マディアンは、横で必死でそう言う、シェダーズをびっくりして見た。
「そんなに、お若いの?」
そういえば…お顔はとても、若々しかった…。
「入隊したての1年目で既に…左将軍が彼を補佐に据えた時、どれだけ凄い反発があった事か…。
隊の者で無い貴方にはおわかりにならないでしょうが…」
「まあ…!
じゃあ…そんなにお若いのに周囲に認められなくて、随分ご苦労されていたのね?」
そんな…苦労は微塵も無い、屈託の無い笑顔だった………。
思い返すマディアンに、シェダーズは尚も顔を寄せ、覗き込むと必死に告げる。
「噂では、南領地ノンアクタルの元、奴隷だったとか…。
つまり荒っぽい事には慣れている。
だからと言って隊長ならともかく、将軍補佐にはとても向かないと…。
左将軍は彼を贔屓している。
と方々で散々、言われています」
「それであの…お方は?」
シェダーズはそこで、肩竦めた。
「あの…体格をご覧になったでしょう?
何言われても、動じる様子がありません」
「堂々と…していらっしゃいますものね…。
そんな…大変な過去をお持ちなのに」
「…っ」
シェダーズは、次の言葉を言いそびれた。
つまりオーガスタスは人の気持ちに、体格同様、愚鈍だ。
と言ったつもりだったのに。
マディアンは彼の事をとても…とても好意的に、受け取っている。
シェダーズは自分こそが彼女から、嫌な男ヨーンを遠ざけ、彼女の関心を引きたかった。
そうがっかりして、二度、深い溜息を吐き出した。




