◆トレーニングシーケンス
「ただいまー」
学がそう言って玄関で靴を脱いでいると、廊下の奥から母の咲江がひょこっと顔を出した。
「おかえり。あら、買って来たのね。早速使ってるんだ」
咲江は、学の動く肩に腰かけて器用にバランスを取っているライムをみてそう言った。
「晃が『箱にしまうな。お前も肩に乗せろ』ってうるさくてさぁ」
「で、いくらしたの?」
「内緒。俺の貯金で買ったんだから良いだろ?」
「あら、生活費も出してない子が良く言うわ。通信費は自分でバイトでもして稼ぎなさいね。ところで、適性試験にはパスしたんでしょうね?」
「じゃなきゃ向こうは売らないよ。そういうシステムだから」
また嘘をついている。だが、本当の事を言って親に余計な心配はかけさせたくなかった。
学は階段を上り自分の部屋に入ると、まずはライムを座らせる場所を探した。
「まず、部屋の片づけからだな」
学が使っているベッドは、枕元に書籍を置ける棚が付いている。が、情報処理技術関連の専門書や電磁気学や物理の本に交じって、小説や漫画やゲーム攻略本、開けっ放しのノートPCなどが雑多においてあって、他に物を置く余裕がなかった。
とりあえず、睡眠薬代わりの理系の専門書を勉強机に戻し、小説と漫画を本棚に戻した。これだけでずいぶんスペースが空いた。
学は服と一緒に買ってきたオプション品の小さな椅子を置き、肩に座っているライムを手でそっと持って、椅子に座らせた。
「落ち着かない部屋だけどさ。ここが俺の部屋。ちょっとそこで待っててね」
ついでに、雑然としていた床の物や机の上の物を元の場所に戻し掃除機をかけ始めた。新しい友達を迎えるにあたって、少しは恥ずかしくない部屋にしたかったのだろう。
「学さん?」
「なに?」
「太田さんから着信です」
ライムは何度か学を呼んでいたが、掃除機をかけていたのでライムの声が聞こえなかったようだ。今はライムに何も接続していない状態なので、音声のみだ。ライムに「繋いで」と言った。
「もしもし?」
ライムに話しかけると、
「和田さん? 太田です」
ライムに内蔵されているスピーカーから太田の声がした。スマートフォンを使い慣れていた学にとってはちょっと変な感覚だ。
「ライムちゃんは特に問題なく使えてる?」
「えぇ。まだEMRは使っていませんけどね」
「今日は私が専属オペレーターだから、何かあったら気軽に連絡してね」
「了解です」
「ライムちゃん可愛いでしょ? 特にボディラインが素敵でしょ。変なことしちゃダメよ」
「しませんよ。で、何の用です?」
「用は無いわぁ。使用初日なのでご挨拶をと思ってね。じゃあね」
切れた。太田さん能天気だな、と、ちょっと呆れ気味の学ではあった。
学が太田に連れられて山伏と出会った小部屋から出た後、太田は学にE2P特有の初期化手順であるトレーニングシーケンスで何が起きるかや、ユーザーが出来るE2Pのメンテナンス方法などを事細かにレクチャしている。
その過程で、二人(特に最初緊張していた太田)は徐々に打ちとけ合い、先生と生徒あるいは姉と弟の様な立ち位置になっていた。
「呼びやすくて呼ぶと愛しくなれるかわいい名前が良いわよ」
と、初期化作業のひとつとなる、名前設定の際にも太田は親身にアドバイスしてくれ、そして太田との今までの他愛のない出来事を色々と話してくれた。話の端々で、太田がこのフェアロイドを慈しみ育てて来たことが、学には手にとる様にわかった。同時に、姉妹のように離れがたい感情を持っていることも。
「太田さんは、なんて呼んでたんですか?」
「ライムよ」
「じゃぁ、この子の名前はライムです。その名前で今まで育って来たんですから」
学は、太田が育てたライムを初期化せず、そのままの形で受け取ることに決めた。
掃除が一通り終わると、学はベッドに寝転がった。枕元の棚にはライムが座っている。暫く寝ころんだまま暫く天井を見上げていたが、むっくり起き上がるとベッド脇を見た。ベッドの脇にはデイパックが置いてある。さっきまで背負っていた奴だ。中にはライムの入っていた箱がある。
学はデイパックからそれを取り出すとふたを開けた。箱の中には分厚くて重いライムの取り扱い説明書が入っていた。
「これ、読む人いるんだろうか?」
何故コンシェルジュサービスを行う装置にこんな説明書が必要なのか、学には正直謎だった。説明書を開かない学は知らなかったが、中身は<してはいけないこと>や<注意すべきこと>の記載が主で、訴訟時などに会社側が不利にならないような記載が中心だ。
説明書の下には付属品のパッケージの箱がある。学はこれを開けた。中にはゴーグルが入っていた。
フェアロイド2s型の外付けディスプレイは網膜投影型のものが標準採用されている。網膜投影型ディスプレイは非常に小型にできていてそれ自体は鼻梁や眉間につけても邪魔にならない大きさだ。
だが、電源と信号線が必要になる。これを顔に這わせるのはデザイン上非常によろしくない。なので、メガネフレームに装置とケーブルを内蔵したものが採用されている。
ユーザーは自分の好みでゴーグル型かメガネ型を付属品として選べた。目の悪い人はメガネ型を選択し、度のついたレンズを入れて本当のメガネとして使っている。
フェアロイド2s型のボディには背中にコネクタがあり、このコネクタとディスプレイをケーブル接続して用いる。2s型についている機械的なコネクタは唯一これだけだ。
学のゴーグルは一見2s型の付属品と全く変わらない。が、これはカモフラージュだ。レーザー式の網膜投影装置も補助装置として付いているが、ゴーグルのフレームの内側、片目に付き眉間付近と耳側と頬の3箇所、計6か所にEMRが付いていて、ゴーグルをかけると顔にぴったりと張り付くようになっている。網膜にレーザーを照射するのではなく、視神経にアクセスする形で映像を見せる仕組みだ。
学は、さらに付属品パッケージの箱の奥からちょっと太いケーブル1本と、それよりは細いケーブルのついた肌色の円盤を取り出した。円盤は4つある。これが首筋に貼るEMRパッドで、接着面は人肌で融着するような仕組みになっている。4つの円盤から延びるケーブルは途中で1本にまとまり、ゴーグルのツル部分に接続できるようになっていた。学はケーブルとEMRパッドをゴーグルのツルの部分にある2つのジャックにそれぞれ接続した。
学はベッドに座りなおしてゴーグルをかけた。首に貼るEMRパッドが耳の後ろからぶら下がっている。少し長くなった髪を掻き上げてパッドを貼った。髪の毛を下すとパッドは髪の毛に隠れて見えなくなった。
「ライム、ちょっとごめんね」
学はそういうと、椅子に腰かけているライムを手に取って背中を上にした。学が購入したライムのドレスは背中側がホックで止まっている。ホックを外すとライムの背中が露わになった。背中にも冷却液は循環されているので、シリコン製の表皮は薄いピンク色だ。 プロトタイプのせいか、肩甲骨の部分に一対のスリットが入っている。ここから検査機器に接続するジャンパ線でも出すのだろうか?
学は、何かすごくいけないことをしている気分になって、顔が真っ赤になった。ライムがこちらを向いていないのが幸いだったという顔つきだ。
服を少し下げるとコネクタのジャックが見えた。ゴーグルから延びるケーブルを接続するとホックを閉じた。丁度服の合わせ目からケーブルが出ている格好になった。ケーブルは意外と短い。ライムを肩に乗せて丁度良い長さだった。
「さてと、始めるか。ライム」
「トレーニングシーケンスですね?」
「うん」
少し緊張して、それでも意を決したような答えだった。
トレーニングシーケンスは機器類を学と正確に同調させるための導入時プログラムだ。2s型は基本インターフェースが言葉なので特に必要ない。せいぜい網膜投影型ディスプレイを網膜のどこに照射するかを調整する程度だ。
オリジナルの2型の場合は、EMRパッドがセンシングする位置を調整するためにこのプログラムがあった。ライムの場合は更に出力側(人間にとっての入力側)がある。自分の視神経などに直接信号を入力するのである、緊張しないわけがない。
「ライム、コンタクト」
学がそう言うと、ライムの頬が赤くなった。CPUがフルに動いている様だ。学の目の前が急に暗くなった。検査を受けたときと同じ感覚を学は感じた。あのときは外が見えないグラス型のディスプレイゴーグルだった。だが、今回は普通の透明アクリル板のゴーグルだ。現に今までゴーグルをかけたままでも部屋の中が見えていた。
学が目を凝らしていると、やがてもやもやとした映像が見えてきた。最初に見えてきたのは学にとって見覚えのある草原だ。検査を受けた時5人の少女が立っていたあの草原だ。今はそこにライムはいない。やがて、風の音が聞こえ始めた。
「コンタクト終了しました」
「学さん?」
横を見ると等身大のライムがいた。学より少し背の低いライムだ。草原のライムは夏向きのワンピースを着ている。最初に出会った時の姿だった。風がワンピースの裾を揺らしている。同じ風が学の頬を過ぎて行った。
「学さんと私は、今繋がっています。とても幸せな気持ち」
ライムは胸に手を当て伏し目がちの目でそう言った。
「ライム、この世界は…?」
「この世界は私が学さんに見せています。実際の映像データはサーバーの共通認識エリアにあるライブラリーから借りてきています」
ライムは続けた。
「現在私はゴーグルのEMRで学さんの視神経、内耳神経を、首筋のEMRで随意神経信号をターミネートしています。だから、学さんは今、外の世界を見聞きすることが出来ませんし身体を動かす事が出来ません。その代り…」
と言って、ライムは学に寄り添って、その腕を抱えた。ライムの胸のぬくもりや柔らかい感触が腕を伝わって感じる事が出来る。
「ね。身長160㎝の私が本当にいるみたいでしょう?」
ライムははにかみながら笑顔を学に向けた。
「これでフルコンタクト確認は終了です。次にセミコンタクト確認に移りますね」
言うや否や、学の目の前の画像が崩れて自分の部屋が現れた。肩にはライムが座っている。
暫くして視野の中央にウィンドウが現れ、先程の草原の映像が映った。今度の映像は半透明で、映像の向こうに学の机が見える。視線を右に移すとウィンドウは左に移動した。視線を上に移すとウィンドウは下に、視線を元に戻すとウィンドウは元の位置に戻った。ただ、顔を動かすとウィンドウはその位置のままついてくる。
「うまく同調できているようですね」
「これ、どういう仕組み?」
「今はセミコンタクトモードでの確認手順を実行しています。学さんの神経系はターミネートせずに、視神経と内耳神経のうちの蝸牛神経のみに私からの信号を上書きしています。ウィンドウの位置は問題ないですか?」
「ウィンドウの映像を見るのに慣れが必要そうだね」
「ウィンドウ位置は、主に動眼神経の信号をモニタリングして決めています。ウィンドウの中の文字を追ってみてください」
と言って、ライムはウィンドウの映像を今朝の新聞記事に替えた。文字が小さい。
「もう少し文字が大きい方が読みやすいな」と学が言おうとした瞬間に文字が大きくなった。そして、後から自分のまさにその台詞が聞こえてきた。少し人工的な響きだ。
「今度はどうですか?」
「読みやすくなったけど…わかるんだ? 言おうとしていることが」
「えぇ。頸椎と耳の近くのEMRで学さんの言語野をモニタリングしています。実は私にとってはフルコンタクトの時よりも難しくて、同調に少し時間がかかってしまいました。でも、成功です」
(もしかして、これを話そうと思うだけで伝わるの?)と学は声に出さず暗証した。またしても後からその台詞が聞こえてくる。
「はい。伝わってます」
ライムは嬉しそうに微笑んだ。そして、実は私の声は私の身体のスピーカーからはすでに出ていないんですよ、と、付け加えた。コンタクト終了時点から無音状態になっていたらしい。
学はちょっぴり不安になった。ライムに心を読まれているのではないか? でも、この思いにはライムは反応しない。明確に言葉を発しようとした際の言語野の活動をモニタリングしているのかと考え、(ライム、俺の心を読んでる?)というセリフを暗証した。
「いいえ、思考自体は言語野ではないので、学さんの心の中までは覗けません」
学はほっとしたが、肩の上のライムは少し悲しげな顔だった。
「これで、トレーニングシーケンスは終了です。私は初期状態からアイドリング状態に遷移しましたので、今後はこの状態が通常の状態です。ノーマルモードと言います。
ここで学さんにモードの説明をしておきますね。EMRデバイスを接続していない状態をリストリクションモードと言います。このモードの基本インターフェースは言葉です。ゴーグルを接続すれば補助インターフェースの網膜投影型ディスプレイを使用することが出来ます。
首筋のEMRデバイスまで含めてすべて接続すると自動的にノーマルモードに移りますが、何らかの事情でノーマルモードを使いたくない場合は<リストリクション>とご指示ください。
また、先程二人で草原に立っていた時のモードはデディケートモードと言います。デディケートモードは学さんの随意神経をターミネートしてしまうので、安全なところで、安全な姿勢でお使いください。私も使用前に確認して危なそうなら遷移しないよう心がけます。
モードを移る際には、ノーマルモードで<コンタクト>あるいは<デディケート>とご指示ください。またノーマルモードに戻る際には、<セミコンタクト>あるいは<ノーマル>とご指示ください。
メンテナンスモードやエンハンスドモードなど特殊なモードもありますが、日常的に使うことはありませんので、これらについては必要になった時にご説明します」
ライムの、ちょっと業務的な長い説明が終わった。
「じゃあ早速…ライム、デディケート」
「はい」
二人は草原に戻った。
「草原も良いけど、ちょっと殺風景だなぁ。ライムはどこか行きたい場所はない?」
「私ですか? そうですね…」
意地悪な質問だと学は思った。コンシェルジュに対してコンシェルジュ自身の好みを聞く質問だ。処理上は、おそらく学の嗜好の偏りを評価して、1/f揺らぎAIシステムが学の好む場所を選定し、後は多数決処理をして決める、そんな感じだろうと考えていた。
「夕日が沈みつつある浜辺のベンチなんてどうでしょう?」
おぉ、かなりピンポイントで自分の好きな場所を指定してきたと学は感心した。まだ逢って1日目なのに、もうそんなに俺の個人情報データは溜まっているのか? とびっくりした。
「うん。ライムが良いならそこにしよう」
「ではライブラリーから拾ってきますね」
一拍おいて、あたりの風景が一変した。
周りがオレンジ色に染まり、波の音が聞こえ始めた。間もなく沈む夕日に照らされて学の顔もライムの顔もオレンジ色に染まっていた。二人は目の前に浜辺の広がる道路の広めの歩道に立っていた。少し遠くに逆光で青紫色に染まった島が見える。島からはこの道路の延長線上に繋がる橋が架かっていた。島の上には灯台が見えた。
「あそこのベンチに座ってお話ししましょう」
ライムはそういうと学の手を握って先に歩き出した。つられて学も歩き出す。学は繋いだ手のぬくもりを確かに感じていた。二人はベンチに座った。座ったところからベンチの固さを感じることが出来る。学は現実に自分が経験しているこの状況を受け入れてはいたが、その一方でどの様に実現しているのかを冷めた目で見ようとする自分がいた。
「すごい技術だよね」
学は繋いでいたライムの手を胸の高さまで持ち上げて言った。この世界のライムの手は、半透明のシリコン被膜ではなく、血の通った本当の皮膚に見える。3Dポリゴンで実現するとしたら、その処理量は半端なものではないだろう。反応速度を考えると、これをサーバー側で処理していたのでは間に合わない。これはライムの身体の中のCPUで処理しているはずだ。
「ふふっ、すごいでしょう? でも私はすごいって言われるよりも。綺麗とかカワイイと言われた方が嬉しいです」
そうライムに言われて、学は自分の心臓が急に存在を主張しだしたのを感じた。鼓動が聞こえるようだ。
「技術的なことは、私も知らされていないんですよ? でも、一般的に使われているような3Dモデルをカメラワークで見せるような技術ではないそうです」
あぁ、そうだよなと、学は自分の思慮の浅さを思った。人間が人体の構造を知っているのは自分自身を解剖したからでなく、先人がそれを行った文献を見たからだし、内蔵の機能を知っているのは、先人の実験や分析結果によるものだ。
ライムが自分自身の構造を知るには開発時の実装設計資料を見なければ知ることは出来ないし、それは社内機密情報なのでフェアロイドシステムの外にあって、ライムは見ることが出来ない。仮にライムがそこにアクセスできるとしても、ライムにその欲求が発生しなければ、そこにアクセスしようとはしない。
今ライムが言った話は、学が言った「すごい技術」に対して、フェアロイドシステム内の情報、更にはインターネット内の情報を検索して出した答えなのだろう。公式情報ではないので「ないそうです」という不確かな伝聞の形式で回答したに違いない。
「人間の処理系は、実は結構シンプルにできているそうですよ。意識の集中している部分は詳細に見ますけど、それ以外の部分は案外アバウトに処理しているそうです。だから、私も学さんの意識が向いている部分を細かくお見せするようにしています」
「それって、俺の脳の活動領域をモニタリングしてる感じ?」
「そうですね。10個のEMRでほぼ脳の全域をモニタリングしています。ただ、ここでのモニタリングはざっくりしたもので、大体どんなことに興味を持っているか位しかわかりません。モニタリング時に使用する電磁波は微弱なもので、常にモニタリングしていても人体に影響することはありません」
取扱説明書に記載されているような内容は詳しく説明できるのな、と、学はちょっと可笑しかった。同時にEMRとは何の略だろうと学は思っていたのだが、これがElectric Magnetic Resonance = 電気的磁気的共鳴のことなんだろうと察した。
「私が学さんと繋がることが出来るのは、視覚、聴覚、触覚の領域です。なので、提供できる世界も、色や形や音はあって触ることは出来ますけど、匂いを感じたり味わったりすることは残念ながらできません」
確かに海辺に居るのに潮の香りはしない。おそらく、嗅神経をターミネートして電気信号を送ることはできるのだろう。問題はその電気信号だ。どのような匂いでどの様な電気信号が発生するかのデータが収集しきれていないに違いない、学はそんな風に想像した。
「むしろすごいのは学さんです」
「なんで?」
「全国高校生モノづくりコンテスト優秀賞。リストの中に学さんの名前がありましたよ」
学の部屋に雑多なものと一緒に飾られていた中で一番大きいトロフィーのあれだ。公式コンテストなのでインターネット上には受賞者の名前が掲載されている。
「『モノの気持ち』っていうタイトルがついてましたけど、どんな物だったんですか?」
「大したものじゃないよ。加速度センサーとスピーカーを組み合わせた小さな装置で、おもちゃとか人形とかに張り付けるんだ。そのものをぞんざいに扱っているのか大事に扱っているのかを加速度センサーのデータで拾って、統計情報を取る」
「それで、どうなるんですか?」
「加速度センサーの値が大きい時はぞんざいに扱っていると判断して、『もっと大事にして』とか、しゃべるんだよ。逆に大事にしてくれていると判断すると、『いつも大切にしてくれてありがとう』とか、しゃべる」
ライムはじっと学を見つめている。
「モノに気持ちがあると思うと、人はぞんざいにそれを扱えなくなるでしょう? モノを大切にする気持ちをこの装置で表現したかったんだ」
「きっと、その学さんの優しい気持ちが受賞の大きな要素になったんですね」
素敵です、とライムは言い、そのあとは言葉を発せずそっと学の肩に頭を預けた。
夕日がだんだん沈んでいく、オレンジ色だった景色が赤みを強くしてきた。