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◆起動

 向かいのマックでは晃がランチを摂っていた。テーブルの上には向かい合わせで童顔のフェアロイドが座っている。晃はフェアロイドに愛梨と言う名前を付けていた。その愛梨に向って甘ったるい言葉で話しかけている。


「愛梨ちゃん、俺お昼食べるからちょっと待っててねー。食べ終わったらゆっくり話しようねー」


 晃はハンバーガーを食べながらあたりを見回していた。大体のテーブルにはフェアロイドがユーザーと向かい合わせで座っている。フェアロイドはユーザーの顔を見て表情をうかがっていた。

(みんなデザイン古いじゃん。最新2sを持ってるオレ優越感)

 と思っていると、肩に人型のフェアロイドを乗せたサラリーマン風の男が、晃のテーブルのわきを通り過ぎた。よく見ると首筋にコードの付いた丸いパッチを4つ貼っている。パッチのコードはフェアロイドに繋がっていた。


「あ、あれ2型じゃね?」


 晃にそう促されて愛梨はサラリーマン風の男の後ろ姿を見た。


「そうですね。さすが晃さん、良くわかりましたね」

「ていうか、良いのか? 今使ってて」

「既存ユーザー様はご本人が承諾していれば継続使用は問題ないそうですよ」

「まだオリジナルの2型オーナーは居るんだなぁ。ちょっとうらやましい」

「でも、私だって晃さんの事を良く見てますから、コンシェルジュ機能としては負けませんよ」


 愛梨は負けないと言っているが、2型と2s型では2s型の方が圧倒的に不利だ。2型はEMR経由でユーザー情報をモニターできる。ユーザーが何を見聞きしどの様な感情でいるかEMR経由で知る事が出来るから、フェアロイド自体はユーザーの肩に乗ってユーザーと同じ方向を見ながら更にユーザーの欲する情報を提供する事が出来た。

 一方2s型はEMRを持っていないため、フェアロイドのカメラマイクでユーザー感情を把握しなければならず、肩に乗っていても視線は常にユーザーの顔に向けられていた。なのでユーザーが位置する場所に関する情報収集の観点から言えば圧倒的に不足する。2型をユーザーが使い続けるのは、その理由もある。


「さ、何から話しよっか?」


 新しいガジェットを手に入れた晃は嬉しくてたまらなかった。ハンバーガーを食べ終わるとランチトレイを脇に追いやり、愛梨を汚さない様に手を拭いてから手元に引き寄せた。


 ヌルい雰囲気で晃が愛梨に自分の事を色々と話している頃、AIC社内の小部屋では学が雑誌の紙面を読み終えたところだった。

 紙面を読み終え、一呼吸おいてから学は山伏に尋ねた。


「つまり、この記事が正しい、あるいは大体合っているというものだとすれば、書き込み結果あるいは中途半端な書き込みによる脳障害が、フェアロイド依存症の正体と言う事ですか」


山伏はこぶしをぎゅっと握りしめている。


「この記事が出たのは半年前、フェアロイド依存症の報道があった直後だった。その時は各方面から問い合わせが嵐のように来てそれだけでAICの回線がパンクしそうだったよ。

問い合わせへの回答は、『匿名報道の為当社からのコメントは差し控えさせていただきます』だ。記事の内容には根拠がない。あくまで状況からの推測でしかない。憶測と言ってもよい。『今は』君に対しても、同じ回答になる」


山伏には言いたくても言えない話がまだまだあるようだった。

 やがて、山伏は明るい顔になり、現状の対応を説明した。


「しかし、仮にこの記事の内容が正しいとして、この問題の対処は簡単だ。新聞報道されているフェアロイド依存症への対応と全く変わるところはない。依存症が心配なユーザー様には、少し感情表現を抑制したタイプ0というフェアロイドを用意して交換させて頂いたし、依存症になるか確認したいユーザー様には検査を受けて頂くと同時に、コンシェルジュ機能の反応抑制の為という理由でEMRパッドを排除した2s型への交換を推奨した。もう一つ、依存症とは関係ないが、セキュリティ強化の一環で現在フェアロイドシステムに繋がっているフェアロイド端末には修正プログラムをダウンロードしてある」


最後の部分は明らかにEMR反転出力防止のための修正を匂わせていた。

山伏は「この」と言いながら箱を押さえ、学にE2Pを薦めた。


「E2Pも、フェアロイド本体ハードウェアに市販品よりも効果的な対策を打ったし、ソフトウェアも別物を用意している。安心して使えるよ」


 山伏は明らかにフェアロイド依存症の真相は記事の通りで、それにはハードソフトともに対策を打ってあるので安心しろと言っている、学はそう理解してほっと胸をなでおろした。が、別の疑問が湧いてきた。


「そうなると、これってEMRというセンサーが付いているだけで2s型と同じ機能しか持っていないのでは? 何を実証実験する為のプロトタイプなんですか?」


 実はここからが本題だった。


「本体ハードウェアの対策や別物のソフトウェアは入っているが、冒頭に言ったように、これはオリジナルの2型と同じEMRの構成部品、厳密にはそれを若干進化させたものを使っている。つまり、和田君の頭脳や神経を介したフェアロイドとの双方向インターフェースが可能な状態になっている。AIC社はこの事件を経て、双方向インターフェースが開く未来の可能性も知ることになった。それは夢のような世界だ」


 その未来を潰すことはユーザーにとっての損失だ、と山伏はいうのだ。


「ファンタジーな言い方をすると、フェアロイドとのテレパシーを実現している」


 2型を含む従来のフェアロイドは、基本インターフェースが「言葉」だった。そして電車の中や、聞かれたくない場面などの為に、バーチャルキーボードが補助インターフェースとして用意されていた。また、映像は、網膜投影型ディスプレイを使用していた。

 網膜投影型ディスプレイとは、微弱なレーザー光線を直接網膜に照射するディスプレイで、鼻梁か眉の部分に小型のレーザー照射装置を付けるだけで液晶などの画面が不要になる。眼鏡をかけている人間は、眼鏡のフレームにこのレーザー照射装置を付けていた。


「E2P型では、これらがすべて補助インターフェースになる。つまり、和田君が頭の中でフェアロイドに指示を出すと、フェアロイドが頭の中に直接語りかけたり、映像を見せたり、音楽を聞かせたりするんだ」


 学は、にわかには信じられなかった。自分が実現したい世界なのにかなわない、そんな夢物語だと思った。

 実は、すでに君それを適合試験で経験しているんだよ、とは山伏は言わず、


「技術はそこまで進歩している」


とだけ言い、さらに言い訳を付けくわえた。


「もっとも、この機能は現段階では非常にセッティングが難しくてね、使用者を選ぶんだ」


 ちょっと嘘が入っている。難しいのではなく、どうすれば使用者に合わせた設定が出来るのか、まだ解決策が見えていないのが真相だ、と黙って聞いている柳沢と太田は思った。

 そこまで聞いて、再び学は不安になった。


「あの、本当に大丈夫なんですか? 使って。依存症とかにはならない? 脳を壊されたりしない?」


 学の不安は当然だろう。先ほどウィルスによる脳への強制書き込みが自殺の要因だったという記事を読まされたばかりだ。


「大丈夫。君が何かアクションを起こさない限り、このシステムが書き込み方向でアクセスするのは短期記憶のもっと前段の視神経などだけだ。脳のコア部分に一方的にアクセスしないようセキュリティプログラムと本体側のハードウェア対策が入っている」

「でも、人間が作るものだから間違いだってあるかも…」


ひとり言のように学が呟くと、太田が初めて喋った。


「あのっ、私、山伏の開発チームで試作品評価からプロジェクトに参加しています専属オペレーターの太田留美と申します。よろしくお願いします」


ちょっと顔を赤らめている。緊張しているのかもしれない。


「和田さんがこのモニターに参加して頂く場合は、24時間、専属オペレーターが付きます。私と、他に2名が交替で対応させて頂きます」


太田はぺこりと頭を下げた。それに続けて山伏が話を補完する。


「専属オペレーターは、常にフェアロイドの動きをモニターする。あ、プライバシーに関する問題は、フェアロイドの中でフィルターされるので心配しなくても大丈夫だよ」

「和田さんが、例えば気分が悪いとか頭痛がするとか、何かあった場合にはフェアロイド経由で私や他の専属オペレーターにすぐ連絡を取る事が出来ます。わからない事も気軽に質問して下さい」


太田の言いっぷりは、もう学がE2Pを使うと決め付けた様な言い方だ。

 学は決めかねていた。気持ちは完全にE2Pに傾いている。ものすごく使ってみたい。だけどちょっと怖い。そんな気分だったのだろう。それを察した山伏が、箱を開けながら自慢げに言った。


「まずは、プロトタイプを見てよ。絶対の自信作だから」

「あっ!」


 学は中身を見て驚いた。30㎝程度の身長しかないが、箱の中で緩衝材をクッションにして横たわっていたのが、まぎれもなく検査の時に映像に出てきたあの娘だったからだ。


「人工筋肉や内骨格以外にも2型には凝ったところがあるんだ。表皮はシリコン系の薄膜で構成されているが、ここにも一工夫してあってね、人工筋肉の稼働抵抗を低減させるため半透明の表皮の間に先の冷却液を循環させるんだが、この冷却液の色を赤く染めたのさ。これで、半透明のシリコン系被膜は透き通った薄桃色に見える。冷却液の量が増えるとその色が濃くなる。より表情が人間のそれに近くなるんだよ」


 山伏のそんな説明を、学は全く聞いていなかった。学の表情に、してやったりと得意満面の山伏は、更に冗談めかして話しかけた。


「眠れる森の美女を起こすのは王子様のキスだけど、お姫様はちょっと小さいからな。太田君、起動してあげて」


 太田が手持ちのコンソールでキーを叩く。コンソールから「ピッ」と短い音がすると、緩衝材の上のお姫様はゆっくりと目を開けた。

 学が映像で見た、深緑色の瞳だった。


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