◆エピローグ
事件は、投票が締め切られる頃には、全て収束した。教団本部、各地の自衛隊駐屯地では、EMRを接続したまま動かなくなっている者すべてに全身麻酔がかけられ、病院に収容された。その一部始終は駆け付けたマスコミによって生で報道された。
後宮を爆破して逃走しようとしていた守衛姿の大男は、明神からの別段の指示もないまま、一気に警察官に詰め寄られ、後宮の爆破も自分の逃走も諦め、VOPEを外し地面に捨てた。大男は、教団本部で全身麻酔を受けずに身柄を拘束された、唯一の存在となった。
犯人組織が最初に狙った選挙は、結果としては少し投票率を引き上げるだけにとどまり、新党明日の日本からの立候補者は、比例代表区も含め一人も当選しなかった。この日の正午頃発生したクーデター騒ぎが、有権者の投票行動に著しく影響した結果だ。
警察は、既に逮捕している一部のBV社員、そして守衛姿の大男を、本件に関し、生存している最重要人物と位置付け、連日取り調べを行った。更に、既に死亡している事件の主犯格と事件当時に接触した、土肥、山伏、学、その他AIC社員への事情聴取も行われた。
また警察は、以前の事件と異なり、今回の事件で犯人組織のシステムを、ほぼそのままの形で証拠品として押収することが出来た。その結果、各人の証言をシステムの分析結果で裏取りする形で、2年前からの事件の全貌を正確に把握出来た。
一方、マスコミは警察よりも早く、このクーデター事件を憶測や、怪しげな<証言者>なども交えて、連日面白おかしく取り上げた。
報道された映像は、BV社にとって致命傷だった。クーデターを起こした人間が必ずと言っていいほど装着していたVOPE端末、さらには教団本部の信徒が装着していたVOPE端末が映像の端々に映っており、自殺前に新党明日の日本の党首が言った「洗脳」という言葉とあいまって、視聴者が描く負のイメージは、VOPEの製品寿命を一瞬で消滅させてまだお釣りがくるほどのインパクトをBV社に与えた。これらの強烈な映像の前では、明神が打ったプローブなど消し飛んでしまっていた。
BV社は、VOPEの全品回収を余儀なくされ、事業損失は会社を精算するに値する規模となった。
BV社から、EMRを供給されていたAIC社も無事ではなかった。プローブが消滅しEMRの安全神話が崩れると、再びフェアロイド依存症と結び付ける自称科学者やIT評論家が現れた。
BV社からのEMR供給も受けられなくなった以上、AIC社は2型の販売を再び停止せざるを得なかった。
事態を重く見た各省庁では、警視庁だけでなく、文科省、経産省が共同で医療チームを立ち上げ、事件で使用されたシステムを分析した。その結果、EMRは、使用方法によっては脳に深刻なダメージを与えると言う事で、そのパーツ製造・輸入から製品販売までが、規制の対象になった。もっぱら医療器具として医師の居る施設でのみ認可され、一般民需製品では使用する事が出来なくなった。
この、国の決定に伴い、AIC社には事業転換補助金が支給され、研究開発援助資金が貸与された。また、微々たるものだが内閣特別プロジェクトに参加した個人に対し、国から、国家的クーデターを未然に防いだ、として報奨金が出た。
学はライムが居なくなった後も、研修生としてAIC社に在籍する事を許され、山伏の研究室に入り浸った。同時に学部内移籍の為の勉強もし始め、大学2年の春にバイオメカトロニクスの研究所のある学科に移籍した。
昼は大学で研究を重ね、夜はAIC社で大学の研究結果を実践し、山伏の意見を聞くと言う様な生活が続いた。大学では、そのまま修士課程、博士課程に進み、AIC社との二足の草鞋を履きながら、バイオメカトロニクスの研究に没頭していた。
そして、事件から8年の月日が流れた。
「ちょっと、ネクタイ曲がってるわよ」
シックなドレスを身に付けた太田が、学を自分の正面に立たせ、ネクタイを直した。
「ありがとう、留美さん。こういう服って慣れなくてね」
太田は、今は柳沢という苗字に代わっている。2年前に医療チームリーダーの柳沢と結婚し、子供も産まれていた。
「うちの旦那もそうだけどね」
と、太田が言い後ろを振り向くと、着なれていない感じの、スーツ姿の柳沢が苦笑いして立っていた。
「今日は晴れ舞台だからなぁ。そうそう、韮山君なんかもお祝いに駆けつけるよ」
「え?! 恥ずかしいなぁ。皆さん大先輩だから」
「いや、韮山君は別の目的もあるらしい」
「そそ。白石さんとの婚約報告。ちょうど皆集まるから、そこで報告するらしいわよ」
「つまり、俺達はダシって事ですか」
三人は顔を見合わせて笑った。
「さ、時間だ。会場入りしよう」
柳沢は時計を見て、学に促した。
国立アカデミー、先端技術アワードの授賞式、世界的にも権威のある賞だ。学たちは数年前にメカトロニクス部門から細分化された、バイオメカトロニクス部門の最優秀賞受賞者として呼ばれていた。AIC社としては9年ぶり3回目の受賞になる。
学は、バイオメカトロニクス研究の中でも、もっとも制御効率の良い、カルシウム投入量制御と入力電圧制御による方式=AIC方式をテーマに選び、AIC方式の人工筋肉が欠点として持っていた、高負荷時の筋肉内へのカルシウム沈着を防止する研究を続けていた。
AIC社は、無線通信事業を継続する傍ら、前々から医療分野にも事業展開する事を決めていたが、国から事業転換の補助金が支給されると、それを学の研究分野につぎ込んだ。金だけでなく、人も学に付けた。そのメンバーが柳沢と太田だった。これには土肥取締役の意向が少なからず入っている。
学は大学設備と研究生、そしてAIC社からの潤沢な資金をベースに昼夜研究に没頭し、先人の研究者である山伏のアドバイスも参考にしながら成果をまとめた。
学の開発した人工筋肉は、神経信号を直接入力でき、高負荷時にもカルシウム沈着が起こらず、稼働を続けられる特徴があったが、もう一つ、生体への親和性が高いと言う特徴も合わせ持っていた。
この成果は、大小の人工筋肉ユニットとして制御システム毎、AIC社のみならず国内外の他の医療分野の企業にも供給された。そこで義手や義足、さらに先の後者の特徴から移植用部材に応用され、病気や事故で身体の一部を失った全世界の障害者に福音をもたらした。
今回の受賞は、学の研究成果が広く社会に貢献した功績を称えるものだった。
三人は受付を済ませると、受賞者用のリボンを服に付けられ、座席を案内された。先導者に導かれて楽屋裏の様な所を通りカーテンを抜けると、そこは大ホールのステージだった。ステージには受賞者分の椅子が既に設置されており、椅子の上に名前の札がおかれていた。
明るいステージからは会場の椅子が沈んで見える。まだ客は来ておらず、設営準備のスタッフが歩きまわっていた。そのうち、ステージと会場を区切る緞帳が下りてきて、ステージ上は個室然とした感じになった。
ステージ上は、他の受賞者との名刺交換が行われ、お互いの研究成果を説明する歓談の場となった。
授賞式のスタッフから簡単な受賞の段取り説明を受けた後、ステージの幕は上がった。会場には、受賞者の知人や会社の同僚、大学の学生が詰めかけていた。そこには白石と韮山の姿もあった。白石が柳沢夫妻の子供を抱いている。
「山伏さんの姿が見えないわね」
「昼間は研究室で最終調整って言ってたよ」
柳沢夫妻が小声で話す横で、学は緊張して座っていた。賞を受け取り、壇上で挨拶をするのは学だ。しゃべる内容を頭の中で整理するのに手いっぱいだった。
式は、冒頭に文部科学省の大臣が挨拶し、歴代の受賞製品が正面スクリーンで紹介された。その後、「ものづくりコンテスト」受賞者を皮切りに各位が賞状を受け取り、順に受賞の弁を述べていった。学も、噛みながらも訥々と受賞の弁を述べた。誠実な人柄が表れた内容だった。
「さ、堅苦しいのは終了! 会社に戻って受賞祝賀パーティだ! 会社のみんなが待ってるよ」
柳沢は学の肩を抱き、会場に待たせてある車に急がせた。
AIC社の地下駐車場で学が車を降りると、いきなりクラッカーの洗礼を浴びた。筆頭に土肥取締役が満面の笑みで立っている。
「和田学君、受賞おめでとう!」
社を上げての祝賀ムードが賞の権威を物語っていた。
AIC社の展望フロアまで上がると、そこは立食パーティ会場になっており、既に大勢の社員がコップを持って立っていた。
学達三人は急造のひな壇に追い立てられ、無理やり受賞の弁を述べさせられた。そして土肥取締役による乾杯の後は、会社重役へのあいさつ回りとなった。
「お陰様で、良い物を作る事が出来ました。世間にも評価されて技術者としては光栄の至りです」
学は真っ先に土肥取締役に挨拶に行った。
「何を言うんだ和田君。君の開発した人工筋肉で、うちのバイオメカトロ事業部は成り立ってるんだよ? お礼を言いたいのはこっちの方だよ」
「時の人だな、和田君。おめでとう」
土肥の言葉に次いで、遅れてきた山伏が学を祝った。
「山伏さん! 今までご指導有難うございました」
学は山伏の手を取り深々と頭を下げた。
「君の本当の研究成果を発表するのはこれからだろ? もう準備は出来てる。25階で待ってるよ」
山伏はそれだけ言うと、会場に戻って、手近にある食べ物をぱぱっと口に運び、消えた。
「えー、皆様、この祝賀ムードに乗じてしまうのですが、我らがアイドル、白石さんが、ついに! 婚約したことをここにご報告致します」
「やだ、留美ちゃん! 後で25階に戻ってからって言ったでしょ!」
「いいのよぉ、他部署であなたを狙ってた男の子だって居るんだから。知らせてあげなきゃかわいそうでしょ?」
白石は顔を真っ赤にして訴えたが、柳沢夫人は意に介さなかった。会場は受賞とは別の話題で盛り上がった。
「柳沢さん、あ、相手は……?」
「ふふっ、あんたじゃ相手にもならないわ。ほら、今日来てるよ。警視庁公安部の韮山君さ」
白石を密かに狙っていた男子社員が留美に聞くと、留美はこの社員を鼻先であしらった。
それを聞いて、今度は女子社員がざわついた。
「白石さん? やっぱりねー」「お似合いだけどねー。なんか悔しいねー」
「でもー、8年よぉ。なんでもっと早く結婚しなかったのかしらねー」
「なんかね、韮山さんが出世するまで、白石さんの親が許さなかったらしいわよ」
女子社員のじっとりと湿った視線で、その場に居る韮山と白石は脂汗が出た。韮山はとっさに挨拶をした。
「えっと、韮山です。もうずいぶん昔の話になってしまいましたが、事件捜査の際には皆さんお世話になりました。こう見えて公安の刑事です。刑事って何年たっても薄給なんですが、なんとか白石さんを幸せにしたいと思っています」
韮山はペコっと頭を下げ、頭を上げたときには歯を見せて笑っていた。8年たっても好青年だった。
ひとしきり盛り上がると、土肥はこの場を締めた。
「えー、宴もたけなわですが、そして、なんか変な話題もありましたが、そろそろ中締めにしたいと思います。続きはいつもの居酒屋で各人盛り上がって下さい」
「今日は、おめでとう!」「おめでとう」「頑張れよ!」「二次会で待ってるぞー!」
学の近場に居た社員が次々と挨拶するなか、学はそれに答えながら25階に下りていった。
「待ってたよ」
山伏は学の顔を見て微笑んだ。後から柳沢夫妻、そして韮山と白石も降りてきた。山伏は研究室のセキュリティゲートを開け、皆を招き入れた。
研究室の奥にはベッドが設置され、そこに女性が腕を組んで仰向けに横たわっている。
等身大のライムの実像がそこにあった。
「はぁー、白石さんから噂は聞いてたけど、初めてみますよ」
部外者の韮山は感嘆の声を上げた。
「ここまで来るのに8年もかかったんですよ。それも山伏さん初め、皆さんの協力がなかったら、僕一人じゃ実現できなかった」
「まぁ、和田君はライムちゃんとの約束を守るためだけに、この8年を捧げてたものね。よくここまで来たわ」
横たわるライムは、肌の産毛まで再現され、全く人間と区別がつかなかった。
燃料電池は酸素を必要とする。それを取り込むために、定期的に胸が上下して空気を吸い込んでいた。そんなところも人間とそっくりだった。
「山伏さん、今はどういう状態ですか?」
「イニシャルスリープの状態だ。まだ意識はない」
学の問いに山伏は答えた。そして、決まり文句を言った。
「眠れる森の美女を起こすのは、王子様のキスだよ」
山伏のその言葉に押されて、皆が見守る中、学は横たわる緑髪の女性にそっとキスをした。
深緑色の瞳がゆっくりと現れる。
周りを見回し両手を見つめ、そして、学を見た。
「おはよう、ライム」
学の瞳に映る自分を見て、ライムは何を思い出したのか、頬を赤く染めた。
完
あとがき:
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。最後までお読みいただいた読者さまには、感謝の念にたえません。本当にありがとうございます。
本小説は、『ライム・機械仕掛けのフェアリー』というタイトルで、2013年4月から11月にかけて、本サイトに連載させていただいておりました。連載途中に自分の現職が不安定な状況となり、2ヶ月ほどの連載中断ののち、物語の一部を割愛して完結させました。そのため、ライムとセピア以外のフェアロイドの活躍が全くないという冷や汗もののストーリー展開となっております。
本作は、私にとって処女作の小説だったのですが、公開すると、「面白い」「ライムかわいい」などの応援メッセージを頂き、非常に嬉しく思っておりました。また、有識者の方々から、書き方等に関し、いろいろなご指導をいただきました。
連載終了後、せっかくだからと思い、第2回ハヤカワSFコンテストに応募すべく、改稿を重ねていたのですが、これが3月31日の締め切りに間に合わず(笑)、一年遅れでのコンテスト応募となりました。
間に合わなかったのだから、再度熟成させれば良いのに、気が急いていたのか、7月頃にはすでに改稿・改題した『フェアロイド・ライム』原稿を早川書房さまにお送りし、送ってから致命的なミスを見つけて大汗をかいていました。
そんな「ライム」ですが、稚拙な文章表現にもかかわらず、一次審査をパスしまして、早川書房さまのサイトで、自分の名前を見つけた時には、思いっきり舞い上がってしまいました。
この一次審査にパスできたのも、本サイト連載時にご指導いただいた方々のおかげと思っております。厚く御礼申し上げます。
この勢いで二次審査も、と、思わなかったわけではありませんが、やはり地力の違いがあるのでしょう、二次審査をパスすることはできませんでした。早川書房の編集担当者さまからは、講評をいただき、落選理由に納得させられました。
このストーリーの構想は2012年頃ですが、母体となるガジェットの構想は2008年頃に考えたものがベースとなっていて、今となっては少々古く感じる部分もあります。ですので、この小説をこれ以上いじくりまわすのはどうかな? とも思っていて、いただいたご指摘は、次回作に活かしていこうと(今は)思っています。
話の終わらせ方は賛否の分かれるところかとも思っています。私の友人も「フェアリーでかくしちゃダメだろ」と思いっきり駄目出ししてくれました。また、「ライムの記憶は前日分までサーバに上がってるんだろう? それじゃダメなの?」と言った、根幹を揺るがすような(笑)ご意見もいただきました。
個人が「生きている」とは、どのように認識できるか? 私は、環境と矛盾なく同期が取れていることが、生きていることだと思います。小説の途中でも記載しましたが、生きているとは、意識の連続を担保できているということに他ならず、物心がついてから現在まで、連綿と続く意識こそが生きている証だと思います。その意識は、自己と環境(他人や物)から認識されますから、自己と環境が共に矛盾なく連続している必要があります。
ライムと学が共有した時間は、どちらかが欠落すれば、それは共に生きたことにはならない……学はそう考え、ライムの意識の連続性を是が非でも確保しようとしたとお考えください。
フェアリーをでかくしちゃったのは……ライムの夢だったんだからいいじゃんw
ともあれ、これにて『フェアロイド・ライム』完結です。
あとがきまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
2015/9/20 自室のMacBookより 伊藤 浦乃




