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◆アポトーシス1

 おかしな格好をした信徒たちは、主にサーバールームのある地下入り口を固めている。天城達は正面ゲートからそれを眺め、侵入経路を検討していた。

 建物の入り口は正面玄関、左右の通用口、そして、後ろの棟に繋がる渡り廊下の4箇所。階段は正面玄関と通用口に隣接する3箇所。サーバールームはゲートから見て建物の地下1階の右側部分にあり、そこに隣接するように自家発電装置が設置されていることが、工場時代の建物の見取り図から判っている。

 先刻は、建物の左側の通用口から侵入し、すぐそばにある階段を使って地下に入って、大部屋で寝たふりをしている被害者たちを救出した。そして、更に奥のサーバールームに入ろうとした際、中の大男に爆弾付きの人間を投げつけられた。


「中央と右は3人いるな。それに比べ左は手薄だ」

「罠かもしれませんよ?」

「罠かも知れんが……!」


 そう言って、天城は左の通用口に走り出した。他の連中は天城を追うしかなかった。

 明神は仮想世界で、例のゲーム機が見渡せる位置に立っていた。そのうちの1台のディスプレイに人影が映った事を視線の端でとらえると、スッとそのゲーム機に移動し腰かけた。 左側通用口の信徒は身体に手榴弾を括りつけている。その一つを手に取ると、天城に向かって投げつけた。

 まだ距離があったため、天城は楽々と避け、間合いを詰めた。天城は至近距離になっても走るスピードを緩めず、振りかぶって手榴弾を投げようとしている信者のEMRを、殴る様にしてはたき落した。

 反動で、信徒が足元に手榴弾を落とすと、天城はそれを力任せに蹴り飛ばした。手榴弾は建物の端まで飛んでいき、そこで轟音を立てて爆発した。


「麻酔っ!」


 天城は、後から走ってくる仲間に叫ぶと、自分はそのまま通用口に飛び込み、階段を駆け下った。


「くそっ」


 と、吐き捨てたのは天城だ。

 サーバー室の壊れた扉の前にはヘルメット姿の信徒が一人立ってこちらを見ている。あれは殴って落とす事が出来ない。部屋の中にもおそらく何人かいると思われる。時間が経てば他の信徒が左側に回り込み、天城は挟まれてしまう。時間がない。

 天城が何か方法はないか、思いを巡らせていると、視線の端に消火器が映った。


「これだ」


 天城は、通路に飛び出して消火器を手に取ると安全ピンを抜いてレバーを引いた。消火器から勢いよく粉が飛び出し、あたり一面煙幕に包まれた。


「馬鹿め」


 明神は地下に配置した3人の信徒を使って、サーバー室の壊れた扉を内と外から押さえさせた。これでは、仮に3人が撃ち殺されたとしても、死体が邪魔をして、すぐには扉を開けられない。


「これで立ち入ることは出来ないだろ。公安はやることが単純すぎる!」


 信徒が映しだす映像にはまだ白い靄が立ち込めていたが、徐々に視界が効いてきた。通路の床は、どこからか舞い込んだ緩衝材の束と、侵入者の足跡があるだけだ。その足跡は逃げる様に引き返している。明神は公安の突入は失敗だと確信した。

 当の天城は、この白い靄に乗じて地下から1階に上がってきた。1階でも、中央通路を守っていた信徒が、こちらに向かって移動してくるのが見える。だが、流石の明神も、一人で10人以上のコマの同時コントロールは厳しく、コマの反応はワンテンポ遅れていた。


「一回引こう」


 天城達は突入した仲間にそう言い、ゲート近くまで退却した。

 白い靄が落ち着くと、明神はサーバー室内の3人を通路に出し、隣部屋などに潜伏している人間が居ないか、再度確認させ始めた。

 その足元で、ライムはその信徒たちの視界に入らない様に物陰に隠れ、サーバー室内を観察していた。目指すサーバーラックは8本あり、部屋の奥に2列に配置され、部屋の手前には4台の机が壁に面する様に並んでいる。ライムの居る位置からサーバーラックまでは、人間ならば高々数歩の距離だが、32㎝のライムにとっては気の遠くなる距離だった。

 さらに、最短距離を取るとフロアの中央を突っ切る形になる。ライムは、何かあった時にすぐ隠れられるように、机沿いにコの字型に進むルートを取った。

 歩き始めは順調だった。ライムの人工筋肉はライムの意思通り動いてくれた。


「これだったら、学さんの机の上のお片付けとか、出来たかも」


 そう思ったライムだったが、コの字の縦棒部分、壁伝いに隣の机の列に移動しようとした時、ライムに脚部異常を示すワーニングが点灯した。最初、右足の脹脛ふくらはぎから始まったワーニングは、左足、両足の大腿と、どんどん増えて行った。

 人工筋肉の異常はあっという間に下半身全体に広がった。それと共に、足取りはどんどん重くなって行き、やがてワーニングは一部の筋繊維で制御無応答のアラームに変わった。


「もう、カルシウム沈着が始まっちゃったのかな? 頑張れ、私の身体」


 ライムは自分を鼓舞するように言って歩みを進めたが、ライムが思うより人工筋肉の状態は悪かった。

 サーバーラックまであと少し、と言うところで、不意にライムは自分の身体が軽くなった事を認識した。足が宙に浮き、自分の意思にかかわらず、視界が上に上に上がって行く。やがてライムの目の前に、横になった女の顔が現れた。


「なぁに? あなただあれ?」


 現実世界に戻った後も、サーバー室の机に突っ伏して泣き崩れていた朱里だった。朱里は、足元をのろのろ歩くライムを視線の先に捉えていた。そのまま何をするでもなくライムを見ていたが、自分の足元までやってきたので、突っ伏した姿勢のまま怠惰に左手を伸ばし、ライムのラジエターフィンをつまんで持ち上げたのだった。


「あなた、どっかであった事あるわね」


 朱里は、ライムの髪と瞳の色をじっと見つめ、何かを思い出した。それはライムにとって不幸な事だった。

 朱里はつまんでいたラジエターフィンを力任せに握った。ライムの綺麗な銀色の翅はひしゃげ、割れたアルミパイプから赤い冷却液が漏れ出した。


「あっ」


 ライムは小さく叫んだ。漏れ出た冷却液がライムの服を赤く染めて行く。


「あんた、私の居場所を盗った奴だ! 明神さんからあたしを引き剥がした奴だ!」

「はなして」

「今度は、この場所もあたしから盗るつもり? そんな事絶対させないから!」


 朱里はラジエターフィンを持ったまま、ライムを力任せに机に叩きつけた。

 赤い冷却液が飛び散り、嫌な音がした。

 ライムの腰骨が叩きつけられた衝撃で変形し、脚の関節が外れていた。

 壊れて行くライムを見つめて、朱里はニヤリと笑った。


「そうだ。明神さんにも見てもらおう。あなたを奪った女が、今あたしの手の中にあるのよって」

「誤解よ。おねがい。はなして」

「あたしはねぇ。前から明神さんが好きなの。愛してるの。明神さんの為ならなんだってするの。データ取りの為に男に抱かれたり、試験の為に犯されているイメージを強制的に脳に書きこんだり、めちゃめちゃにされたって、あの人の為なら耐えられるの!」


 狂った朱里は、今やライムを忌まわしい恋敵としてしか捉えていなかった。


「そうよ。人殺しだって出来るのよ。あの人の前で、あなたを殺してあげる」


 朱里は、右手で机の引き出しを弄り手榴弾を取り出すと、ゆらりと席を立ちあがった。


「後から来て、明神さんの心を奪い取るなんて、絶対に許さないんだから」


 朱里は、左手にライムを吊るしたまま、林立するサーバーラックの中に入って行った。




「明神さん、後宮の爆破準備は出来ましたよ。逃走用のバイクも用意しましたが、どこに逃げるんです?」


 仮想世界の明神に、大男から連絡が入った。


「この事件でな、逆に俺の名前はブラックマーケットで売れたんだよ。まずはマーケットの奴のアジトに向かう」

「逃走の段取りは? いつ爆破するんで?」

「まず、俺が教祖の身体を使って演説をする。お前は後宮の起爆装置を持って、バイクのところに移動しろ。俺は教祖を自爆させたらコマの脳を焼いてそっちに向かう。こいつらには刷り込みが出来てるから、正面ゲートあたりの警察車両に取り付いて次々と自爆するだろう。俺が到着したら後宮を爆破しろ。そうすりゃ奴らは後宮の方に行くだろう。後は手薄になったゲートを突っ切るだけだ」

あねさんは?」

「朱里か。残念だが、今のあいつでは逃げられねぇ……ここを吹き飛ばす時のトラップになってもらう」


 大男は黙って頷いた。




「明神さん、明神さん? あら、寝てるの? せっかく面白い物を持ってきたのに」


 サーバーラックの奥、コンソール卓に明神は居た。背もたれの高いOAチェアのリクライニングを倒し、腕を組んで眠るように座っている。頭にかぶっているヘッドギアはVOPE端末に伸びる代わりに、サーバーラックに伸びていた。

 朱里は、全く動かない明神を見ると、急に興味を失ったのか、握っていた壊れた人形を手離し、明神のすぐそばまで行って跪いた。


「ねぇ、いつになったら、その可愛い瞳を見せてくれるの? 早く起きて」


 朱里は明神の太ももを擦りながら、甘い声で囁いた。

 その場に落とされたライムはもう歩く事が出来なかった。関節の外れた両足はお荷物でしかなく、漏れ出る冷却液はライムの寿命がそう長くない事を語っていた。


「電源スイッチを押さなきゃ」


 ライムは林立するサーバーを仰ぎ見た。両脇に向かい合わせに立っているサーバーラックは8本。電源は全てその下部にあった、が、今のライムには到底全ての電源を落とす事など出来なかった。

 ライムはサーバーラックに配置されている機材を良く見てから、腕の力だけで1本のサーバーラックに近寄って行った。こうなると動かない足が邪魔だった。元々腕の人工筋肉は足よりも細い。カルシウム沈着が早々に始まり、段々とライムの腕の動きは鈍くなって行った。


「お願い。もう少し……動いて」




 ゲートの外では、山伏がメランと共に、やっと到着した。


「状況は?」


 移動中、まともに情報を得られていない山伏に対し、韮山が簡潔に経過を報告した。


「ライムちゃんは、失敗したかもしれない」


 韮山の率直な感想だった。潜入時間から考えれば、いくら身体の小さいライムでも、とうに電源スイッチを落とせているはずだった。中でスイッチを押す事の出来ない何かがあった。

 その時、教団側のヘルメットをかぶった女性と思しき一人が数人を従えて、ゲート脇の守衛室に近づいてきた。全員、身体に爆弾と思しき物を巻きつけている為、おいそれと近づけない。その女性は守衛室にあるマイクを手に取り、ヘルメットのバイザーを跳ね上げて語り始めた。


「下賤の者どもよ。何故そなたらは、我の理想郷の破壊を企む?」


 女性の声は、守衛室の屋根に設置された拡声器を通して、敷地の外にまで鳴り響いた。


「あれ、教団の教祖ですよ!」


 教祖の演説は熱を帯びていた。が、その演説の端々に、山伏は違和感を覚えた。


「違うな。あれは明神だ。明神が教祖を使って語っている」

「ライム!!」

「待て! 今行っても近づけない! 次の作戦を考えよう」


 これ以上我慢しきれないと、監視用のバスから飛び出していこうとする学を、山伏と韮山が押しとどめた。

 教祖の演説はいよいよクライマックスに達しているようだった。


「……かように我を蔑み、我のなすことが妨害されたとあっては、我もこれ以上なす術もない。下賤の者どもよ! 我は別の地へ赴く。その道標となれ」


雷鳴のような音と共に、たった今まで雄弁に語っていた教祖の肉体がはじけ飛んだ。そして、それを合図に、教祖の背後にいた数人が、ゆっくりとゲートの外に移動し始めた。


「まずい、奴ら全員自爆する気じゃないか? 天城!! 退避しろっ!!」


 韮山がゲートのすぐ脇に居る天城に向かって、大声で叫んだ。が、韮山の予想に反し、信徒達の爆発は起こらなかった。

 そして、ゲート脇の天城は、敷地内から小さな爆発音がするのを聞いた。


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