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◆ライムの勇気

 ニュース番組は中継を取りやめ、場面は自衛隊駐屯地の映像に変わった。そこには麻酔を打たれて動かないコマ達が、顔にモザイクをかけられて映し出されていた。

 明神は後宮にいる教祖に、再び電話をかけた。


「明神様、党首様はお亡くなりになったようですね」

「そのようですね。私もニュース番組で知りました」


 お互いに白々しいやり取りをした後、明神は本題に入った。


「教祖様、非常に心苦しくはありますが、申し上げます。本日が開眼の日となるはずでしたが、その日を迎えることが難しくなっております」

「まぁ、それで明神様はどうなさるおつもり?」

「教祖様がご無事であれば、教団はすぐに再興できます。ですが、この場所もすでに党から情報を得たのか、公安やマスコミの手が伸びつつあります。ですので、まずは教祖様に落ち延びて頂く方法を考えております」


 明神は、言葉の最後の方で、なんとなく今回の非が党にある様な含みを持たせた。


「判りました。ですが、どうやって公安の囲みを抜け出しますか?」

「またしても信徒の尊い犠牲が必要になりますが、何人か人柱になって頂き、相手がひるんだ際に八方に散ります」

「5人。私の警護にも人が必要ですから、それ以上は出せませんよ」

「今こちらから、逃走用の装備を持った案内役を後宮に送りますので、後宮に招き入れ下さい」


 電話を切った後、明神は守衛の大男に指示を出した。



 新宿のAIC本社では、10階の医療チーム部屋で柳沢が麦草にディスプレイを見せながら説明をしていた。ディスプレイには党首の自殺する直前のシーンが止め絵で映し出されている。


「この時点では、党首はまだVOPEを装着していない。良く見ていて下さいね」


 柳沢は、そう言ってから絵を少し進め、B5サイズのカードが党首に見せられた所で再び絵を止めた。


「麦草さん、このカードがおそらく発火トリガーですよ」

「党首も既にプローブを打ちこまれていたと言う事か」

「いや、党首の場合は、もう少し怖い物かもしれません」


 柳沢は、スロー再生で絵を見せながら、要所要所で説明を加える。


「顔の雰囲気からすると、党首はこの時点でかなり緊張していて、カードを見せられたことで、何か安堵出来る様な行動を思い出したんでしょうな」

「それがVOPE端末だった訳か」

「まぁ、本当に思い出したのか、そう刷り込まれただけなのか……あ、ほら、ここ!」


 画面には、党首が硬直するシーンが映し出された。柳沢は慌てて再生モードをコマ送りに替えた。


「眼球の動きと瞳孔の変化に注意してみてください。一瞬です」

「……ほぅ」

「判りましたか。党首はこのタイミングで脳を焼かれています」


 柳沢はディスプレイから離れて、ホワイトボードの前に移動した。つられて麦草もホワイトボードに視線を移動させた。そこには簡単な脳の絵が描かれていた。


「以前、麦草さんとのミーティングで、身体を乗っ取る方法について意見を聞かれた際に、私は『脳が駄目になっても良いなら』という条件付きで、一つのアイデアを出しました。明神は党首にそれをやったみたいですね」


 麦草の後ろでは、若い刑事が必死に黒革の手帳にメモをとっている。メモを取り終わると上目づかいにチラッと柳沢の顔を見た。それにつられる形で柳沢はホワイトボードに書かれた脳を指差して説明を続けた。


「明神が党首の脳を焼いたのはこの部分。後で検死解剖の際に、注意深く見てください。痕跡が小さいので、雑にやると見逃します」


 柳沢は脳の絵の前の部分、前頭葉の下側を赤のマーカーでマークし、その横に<眼窩前頭皮質がんかぜんとうひしつ>と記載した。


「この部分は、視聴覚や体感、味覚や嗅覚の情報まで集まってくる部位で、大脳辺縁系と密接に結びついています。重要なのはその機能で、人間の意思決定をする為の重要な部位です」

「ここを焼かれても死なないの?」

「えぇ。その代り障害が出ます。ここが損傷すると、ある種の行動抑制がかからなくなるんですよ」

「どういう事?」

「脳に刷り込まれた情動から発生する行動を消去出来なくなる。つまり、自分(脳の他の部位)が精神的に嫌だと感じていても、自分で止めることが出来ないという障害です」


 ディスプレイの方で、コマ送りで映されていた映像では、党首が刀を首に当てていた。そこに長尾が止めに入る。党首の刀さばきはコマ送りでも素早かった。


「この障害、<行動すること>に対しては影響しないのです。ほら、ここで党首は居合術の修行で刷り込まれた刀さばきで、長尾を斬ります。これにこの障害は何ら影響していません」


 血しぶきがあがると、柳沢は画面に向かって手を合わせ黙とうした。


「自殺する手順を、本人に気付かれない様に脳に刷り込むのは、非常に手間がかかることだと思います。明神はかなりの時間をかけて党首の脳にイメージを刷り込んでいたと考えられます」

「現場からは、この映像に映っているカードの他に2枚のカードが出てきたそうよ」

「つまり、党首に刷り込まれた行動パターンは3種類あったってことでしょうね。本人が死んでいるので、もう何が刷り込まれていたのか判りませんが」


 その時、部屋のドアが開き、BV社から戻った山伏が入ってきた。


「柳沢さん、BV社は落ち着いた。後は白石が現場でオペレーションしてくれる。25階には太田を残しておくから、柳沢さんも25階に上がってほしい。所で麦草さんには説明は?」

「大体は話しました」


 それを聞いた山伏は、麦草に顔を向けた。


「と、言う訳で、明神の行動は次のステップに上がったと思った方が良いです。今の明神は人の身体をその辺の道具と同じ感覚で扱っている。そして簡単に壊し、捨てる」

「その元凶が教団本部に?」

「えぇ、だから、間に合うかどうか判りませんが、私もシステムを止めに、これから向かいます」




 教団の後宮と呼ばれる施設の前には、守衛の大男が大きな段ボールを抱えて立っていた。


「お入りください」


 VOPEと自爆用の爆弾を身に付けた信徒がドアを開けて招き入れた。見るとすぐその先にも扉がある。後宮は五重もの扉が用意され、その一つ一つに信徒が控えていた。


「この者たちは、既に旅に出る覚悟は出来ておりますのよ。ただ出立の折り、少しでも苦痛を和らげたいと思い、VOPEを付けておりますの。この者たちを明神様にお渡しください」

「判りました、後ほど明神に。ですが、まずは教祖様、落ち延びて頂きます。その衣装では動きにくいので、この服に着替えて頂きます」


 大男は段ボールの中から一着の作業用ツナギを取り出し、小姓に渡した。小姓は教祖を衝立の向こう側に招き、そこで教祖の着替えを手伝った。


「このような服を着ることはありませんので、少々困惑致しますね」

「申し訳ありません。皆これを着ます。これは公安を欺く為の策でもあります」

「判りました、では参りましょうか?」


 歩き出そうとする教祖を大男が呼びとめ、段ボールからベストを出した。


「その前に、少々重いですが、これを着て頂きたく。これからオートバイで移動致します。万が一転倒した場合でも、この機能性ベストが教祖様のお身体を守ります」


 機能性ベストは救命胴衣の様に分厚く出来ており、エアバッグなどを飛び出させる為なのか、何本かのケーブルが付いていた。

 小姓が慌ててベストを受取り、つなぎ姿の教祖に着せた。ベストの前のファスナーを首元まで締めると、ベストの分厚い襟は教祖の首にぴったりと巻き付いた。

 大男は、明神と約束した5人の信徒を除き、教祖の親衛隊にも教祖と同じ格好をさせた。


「では、参りましょう」


 大男はつなぎ姿の6人を先導して、敷地外の人目につかない様、地下の荷受け施設に移動した。そこには6台のオートバイが置かれていた。


「では、ヘルメットをかぶって下さい」


 大男が一人ずつにヘルメットを渡した。教祖たちがヘルメットを被ると、ヘルメット内部が頭蓋骨に密着した。大男は教祖たちの後ろに回り、ベストから延びるケーブルをヘルメットに接続して行った。


「あの、わたくしね、オートバイと言う乗り物は乗った事がないんですのよ。誰が運転するの?」


 教祖がそう言うと、大男はニヤリと笑って答えた。


「明神さん、かな?」


 教祖は脳天を打ち抜かれた様な衝撃を感じた。

 教祖が衝撃に耐え目を開けると、明神がそこに居た。三畳ほどの和室だが、壁の柱が朱塗りで、教祖の目には、けばけばしく映った。


「私の世界へようこそ、教祖様。やっとお越しくださいましたね。教祖様の場合、事前検査なしだったので、本当に来れるかヒヤヒヤしましたよ」

「なんですか? この女郎部屋の様な下賤な場所は?」

「これはご挨拶。コマの方々は皆ここでVOPEとお楽しみだったんですよ」

「わたくしを騙したのね」

「幾ら誘っても、教祖様は来てくれませんでしたから、少々強引な手を使いました。でもここに追手は参りません。ごゆっくりお楽しみください」


 そう言うと、明神は消え、後には教祖と小姓姿のVOPEのみが残された。教祖はこの世界から抜け出すコマンドを教えてもらってはいなかった。


「明神さん、上手く行きましたか?」

「あぁ。ご苦労だった。教祖は後宮に何か武器を隠し持ってたか?」

「信徒に括りつけたものを除くと、一部屋ぶっ飛ばせる程度の量のプラスチック爆弾と起爆装置、自家製のダイナマイトが数本ってとこですね。信徒と無理心中するには十分な量でしたよ」

「よし。お前は、後宮に戻って吹っ飛ばす準備に入ってくれ。いくつか死体も入れておけば、逃走時間も稼げるな」




 教団本部と対峙する監視用バスの中では、遅れて到着した天城が苛立っていた。先程、信徒の動きが一瞬止った際には、陣頭指揮をとって被害者を救出出来た。だが、基地局やサーバー室、それを動かす自家発電装置の奪取までには至らなかった。

 強行突入を試みたが、信徒と思しき人間を投げつけられ、それが爆発したからだ。こちら側に被害は出なかったが、また一人死んだ。人命を考えると、迂闊に近づいて相手を刺激するのは愚策と思えた。

 だが、基地局やサーバーを止めなければ、またVOPEであやつられている人間が死ぬ。いかにして損害なくそれらを止めるか? 考えがまとまらず突入を躊躇していると、再び武器を所持した信徒がわらわらと現れてきた。今度は身体に爆弾を巻き付けた、見るからに危なそうな奴や、妙なベストとヘルメットをかぶっている奴がいる。天城は、先程が突入の為の千載一遇のチャンスで、それを失った事を恥じた。


「天城さん、実はライムから提案があるんですけど」

「おぅ、和田君、なんだい? 提案って」

「それは、ライムからしゃべってもらいます」


 学は、そう言って肩のライムを下した。


「あの、私がサーバー室にこっそり忍び込んで、サーバーの電源を落としてきます。だから、私をサーバー室の近くまで連れてって下さい」

「だけどライムちゃん、フェアロイドの人工筋肉は……」


 天城も知っていた。以前ライム自身も語っていた通り、フェアロイドの人工筋肉は、そもそもバランスをとる程度の筋肉量しか与えておらず、過負荷を長時間かけると筋繊維が切れたり、カルシウム沈着が発生して機能しなくなる代物だった。だが、椅子に腰かけたり、立ち上がったりと、短時間のちょっとした動きであれば、自重を支えられた。

 歩くという行動の経験値は、EMR経由で学から得ている、ライムには成功する自信があった。


「大人の方だと目立ってしまって駄目ですけど、私なら入り込めると思うの。それに、サーバーの電源は通常、ラックの一番下にあるでしょう? それなら32㎝の私でもスイッチに手が届きます」

「電源が落ちれば、そこに置いてあるVOPEのLEDが消灯します。それを合図に突入すれば、相手は反撃する間がないんじゃないでしょうか?」


 ライムの提案に学が補足をした。確かに妙案だった。


「だが、君たちは民間人で、そこまでの危険を冒す義務はない。もし見つかりでもしたら……」

「その時は……今、山伏さんとメランさんがこちらに向かっていますよね。その時はメランさんにバトンタッチです……もう、嫌なんです。これ以上人が死ぬのを見るのは」


 天城は、ライムの真一文字に引き結ばれた口と、小さいが真剣な瞳を見つめ、少し考えを巡らせた後「俺が送って行く」と答えた。

 天城に提案するまで、学とライムは二人で十分に話し合う時間を持ったはずだった。だが、いざ天城が突入の準備を始めると、ライムは少しそわそわし出し、


「学さん、ちょっとだけデディケートモードに遷移しても良いですか?」


 と言って、学を最初に出会った草原に連れて行った。


「だから、立候補しなくても良いって、言ったじゃないか。ちゃんと帰って来いよ。俺、嫌だよ、ライムが居なくなるのは」

「学さん、私、私の事を人間のお友達として扱ってくれた皆さんに、どうしても恩返しがしたいんです。私だって帰ってくるつもりですよ」


 ライムは俯いて嫌々をするように身体を左右に振っていたが、やがて上目遣いに学を見て言った。


「帰ってくるつもりですけど、約束しますけど、その、学さん! 私に勇気を下さい!」


 そう言って、ライムは手を後ろで組み、上を向いて目をつぶった。学は何も言わずライムを抱きよせ、唇を重ねた。




 デディケートモードを解除すると、天城が大量の緩衝材とガムテープを持って目の前に立っていた。


「ライム君の潜入手段を決めたよ。これだ。」


 天城は両手の材料を、学とライムの前に持ってきた。


「ライム、しばしのお別れだね。リストリクションモードに遷移。EMRを外すよ」


 学は、ライムの腰に繋がっていたケーブルを外した。ライムはテーブルの上で、試しに数歩あるいてみた。金属製のテーブルは、銀のラジエターフィンを広げ、つま先立って歩くライム姿を映し、まるで湖面を歩く妖精のように見えた。学はその姿に思わず見とれてしまった。


「さ、じゃぁ、緩衝材を巻くから体育座りをして」


 天城は、ラジエターフィンに気をつけながら、しゃがんだライムに緩衝材を巻き始めた。


「ちょっと試してみよう。ライムちゃん、そのまま手足を伸ばして見て」


 天城にそう言われてライムが立ち上がると、身体に巻かれた緩衝材が緩み、足元にストンと落ちた。


「うん。良さそうだ。現場に着いたら、そうやって出るんだよ」

「判りました」


 天城はもう一度ライムに緩衝材を巻き、ボール状になったそれを抱きかかえた。


「じゃあ、行ってくる」


武装した数人の警察官と共に、天城は教団本部に向かって行った。


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