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◆魂があるという事

「愛梨?」


 晃は等身大の愛梨を凝視した。そして、晃は自分が探していた愛梨を、愛梨の目の奥の光に見い出した。晃は愛梨を強く抱きしめた。横田コア技術研究所事件以来、晃の心の中にぽっかりと空いた穴が埋まっていく事を、晃は感じ取っていた。晃は完全に目が覚めた。


「愛梨! ごめん! ずっと探してた。謝ろうと思ってたんだ」

「晃サン、愛梨は病気で暫く眠っていたみたいですね。でも今は元気ですよ。またいろいろ教えてくださいね」


 フロアでは、そんな被害者の笑い声や嬉し泣きの声が響く。皆、事件以降失ってしまった心の中のジグソーパズルの空ピースを、やっと見つけたようだった。


「晃、久しぶり」


 システム管理エリアからユーザエリアに降りてきた学が、晃に声をかけた。


「学か?」

「そうだ。あまり時間がないから、目覚めた皆を集めてくれないか?」


 ゲーム機でコマを動かしていたのは、横田コア技術研究所事件の被害者や、それ以前に事件としては明るみに出なかった事件の被害者たちだった。彼らは皆、事件現場で体験させられることにより、同時にプローブを打ち込まれ、教団本部に誘導されていた。

 教団本部地下では、さまざまな種類の緊張と弛緩を体験させられた。極度の緊張とその直後の弛緩、これを繰り返すと人間の心は壊れる。被害者は皆、VOPEによって心を壊され、悪夢の中をさ迷い歩いていた。

 この悪夢から覚めるトリガーとして、自分たちが愛したフェアロイドが語りかけることは、必要にして十分の条件だった。


「さ、皆さんはもう目覚めたから大丈夫。このVOPEシステムによる囚われの世界から脱出します。一時的に皆さんのフェアロイドの姿が見えなくなりますが、大丈夫。直ぐに会えますよ。」


 学はそこまで言うと、天井を見上げ、姿の見えない相手に話しかけた。


「ライム。準備はOK?」

「はい。ここにいる皆さんの分は準備できてます」


 その答えを聞いてから、再び学は集まっている被害者に説明した。


「この後、皆さんは現実世界で目を覚まします。おそらく、床かベッドに寝た状態です。目が覚めても直ぐに起き上がらず、寝たふりをしていて下さい。すぐに救助隊が行きます。救助隊が現れたら指示に従って避難してください」


 学は天井に向かって叫んだ。


「ライム、Goだ!」




「山伏さんさぁ、あんた、人間の本質ってのを本当に判ってるかい?」


 VOPEとのゲートウェイ前では、まだ山伏と明神が対峙していた。対峙と言うよりは、すでに勝敗が決まった碁の対局で、勝者が敗者に対局内容を振り返って説明しているような雰囲気があった。


「人間の心ってのは、嗜好によって様々だろうが、その本質にある物はさぁ、嗜好するものの全てを勝ち取るということだ。漁や猟ならば、収獲量を上げることで精神がたかぶり、経済なら人より多くの金を握ることで精神が昂り、戦争ならば、相手を殺し領土を広げることで精神が昂る。必要十分か否か、みたいな自然界の法則は関係ねぇんだよな」


 山伏は、黙って明神の人間論を聞いていたが、時々回転ドアの奥を見た。明神は、すでに勝ちを意識しているのか、それには目もくれず持論を展開し続けた。


「だが、自然界の法則を無視すりゃ人間だって存在できねぇ。自分の首を絞めちまうからな。そこで、さまざまな自己抑制機能が働く訳だ。道徳やら自然保護やら国家間協定やら、自己抑制機能の出方は様々だ。だがこういったくだらねぇアイデアってのは全て人間の本質的な嗜好とは逆方向の物で、ストレスになんだよ」

「そこで、心と身体を切り離すのか」

「人間の身体ってのはさぁ、よく出来てるよな。1日12時間ハードワークをさせても、十分な栄養と8時間の休養を与えりゃ、自己修復して翌日また使える様になる。これを工業用ロボットとして使ったら最高のコストパフォーマンスだと思わねぇか? 山伏さん」


 話疲れたのか、明神はVOPEに仮想コンソールを持たせ、山伏とは反対側の柱に寄りかかった。中の回転ドアは音もなくゆっくりと回っている。


「そこで邪魔になるのが魂だよ。単純作業や緊張を伴う作業は、魂が先に参っちまう。繰り返すと精神疾患を起こす。精神疾患はパフォーマンスを下げちまう。それは、本人にも、その人間を使う側にも不幸なことだと思わねぇか?」

「切り離された魂はどうなる?」

「その身体をロボット代わりに使わせてもらっている間、欲望を満たす体験をさせてやればいい。どうせ仮想世界だ。際限なく欲望を満たし続ける事が出来る。本人に取っちゃ天国だぜ! これがそいつの給料替わりだ。後は石油蛋白でも喰わしときゃいい」

「身体と言うたがが外れ、欲望を追い求めた魂がどうなるか? 明神、俺にはその行き着く先が人間の幸福とは、到底思えない」

「まぁ確かに天国に居続けりゃ幸福感もマヒしちまうわな。そうしたら、また新たな欲望を見つけるんじゃないか? わざわざ地獄を味わうとかな」


 明神は山伏を睨みつけながら下品な笑みを浮かべた。山伏は、その明神の顔を見ながらも、回転ドアのさらに奥で何か光ったのを視線の片隅で捉えた。


「出来るかな?」


 山伏も明神に笑い返してやった。その時、後ろに控えていたVOPEが明神の肩を叩いた。


「長尾様からお電話です」


 明神が振り返って仮想スマートフォンを取り正面に向き直ると、そこにはもう山伏は居なかった。


「明神、貴様何やってる?! コマが次々と自衛隊員に拘束されてるぞ! こっちで対処しようにも、兵隊にも連絡が取れんぞ!」


 各駐屯地では、急に動かなくなったクーデター要員を武装解除し、全身麻酔を打ってから、身に着けているVOPEを外し拘束した。その情報がスーツ姿の信徒から党事務所経由で長尾に逐一報告されていた。

 明神は耳を疑った。つい先ほどまで、膠着状態になってはいるものの、8割の駐屯地ではこちら側が優勢だったはずだ。


「朱里! そっちで何かあったか?」


 明神はすかさず連絡を取ろうとした、が、朱里は応答しなかった。明神はVOPEと共に管理者領域に上がり、兵隊たちの管理エリアに行ってみた。そこには、一糸纏わずVOPEと共に耽美な快楽を貪っている朱里がいた。

 先程まで男女の営みが繰り広げられていた複数の小部屋は、そのほとんどが暗くなっていた。明神がこうして俯瞰している間にも、小部屋の照明は次々と消えて行く。アーケードゲーム機が並んだような、コマのコントロール室に人影はなく、まだ照明の点いている小部屋と接続したゲーム機のディスプレイのみが、コマの目の捉えた映像を映し出していた。それも、注射器を持った救護員姿の男性が映り、暫くするとゲームオーバーとなって消えた。


「朱里! てめぇ、何してやがる!」


 明神は朱里の髪の毛を鷲掴みにすると、VOPEから引き剥がした。


「だって、明神さん! この場所にも私の代わりを寄こしたじゃない!! 私はもう用済みって事でしょ!」


 朱里は泣き叫んだ。髪の毛を掴まれ、いきなり起こされた朱里の下半身でVOPEが朱里を慰めている。

 朱里は既に敵味方の区別もつかなくなっていた。朱里は学の顔に見覚えがあった。だが、それがどこでどういう人間だったかを考える以前に、(あたしはまた居場所を失った)と考えてしまった。そうなると記憶を遡ることも億劫になり、耽美な世界に逃げ込んでしまった。


「山伏か! あいつ、分かっていて、俺を釘付けにするために現れたのか!」


 明神は掴んでいた朱里の髪の毛を放り投げる様に離すと、現実世界に戻って行った。残された朱里はその場で泣き崩れた。

 明神は、教団地下のサーバー室で目を開けると、そのまま部屋を飛び出そうとした、が、守衛の大男に停められた。


「明神さん、一歩遅かった。公安に踏み込まれました。洗脳を解かれた兵隊が次々と外に連れて行かれてます」

「なぜ踏み込まれた!」

「こちらのガードもコマに頼ってましたからね。動かなくなったところを狙われました」

「お前は何をしてたんだ?」

「私は、このサーバー室で、サーバーと明神さんをお守りしてました」

「やつらは?」

「私が手榴弾付きのコマを投げつけたので、驚いて今は退却しています。ただ、コマや手榴弾の手持ちが、もう幾つもありません」


 明神がドアのガラス越しに部屋の外を覗くと、天井灯がいくつか破損し暗くなった廊下に、おびただしい血と肉塊が転がっているのが見えた。良く見るとこのドアも下半分に大穴が開いて歪み、鍵が閉まらなくなっていた。


「そうか。ご苦労だった。俺はもう一度向こうの世界に上がる。これからはVOPEを使って連絡を取りあう。装着しとけ。それから、朱里はもう使えねぇ。VOPEをシャットダウンさせて、こちらの世界に引き戻しとけ」


 明神はそれだけ言うと、教祖の持つスマートフォンに電話を掛けた。


「教祖様? 明神です。今どちらにいらっしゃいますか?」

「あら、こちらから明神様にお電話しようと思っていましたのよ? 丁度良かったわ。私は、後宮におりますよ。先ほど、明日の日本の党首様からお電話がありましてね、私たち光の翼を糾弾すると言うのよ。おかしいでしょ?」


 電話口で教祖は笑った。

 各地の自衛隊駐屯地でクーデター騒ぎとなったことは、当たり前だが、事件発生後すぐにマスコミに知られた。

 マスコミは、特に都心に近い座間や立川に記者を急行させるとともに、クーデター犯が党事務所から現れたという情報を元に、犯行声明がないにもかかわらずクーデターは新党明日の日本が起こしたモノだと決めつけ、赤坂にある党本部に大挙して押しかけた。

 ここで、党首がクーデターの目的や自分たちが掲げる日本の未来について、演説を打てば、この党首や党の行く末、更には日本の行く末までも、もしかすると変えることが出来たかもしれない。

 だが、残念ながら明日の日本党首の底は浅かった。ハードランディングに作戦が移行した段階でも、まだクーデター組織側が押しているうちは威勢が良かった。事前に党戦略室長が長尾と考えた台本を、早くマスコミに語らせろと長尾にせっついていた。

 ところが、マスコミを広報室に呼び、座らせ、いよいよ党本部から発表と言うところで状況が一転した。

 クーデター犯が次々と自衛隊の手によって拘束されると、党首は、ハードランディングの作戦は自分が考えたものではない、BV社の長尾と光の翼の教祖が党戦略室長を洗脳してでっちあげたものだと言い出し、広報室に居るマスコミ連中にも、この論を捲し立てた。


「先ほどから教団の外線が鳴りっぱなしなんですのよ? わたくしのスマートフォンにも知人から連絡が入っておりますし」

「表向き、教団名を出さないというのは、元々党側の意向だったんですがねぇ。てめぇらからおおやけにしちまうとは」

「明神様の方で、党首が金輪際教団名を出さないように処置できますかしら?」


 物腰は丁寧だが、教祖の言葉は語尾に殺気を伴っているように、明神には感じられた。それはそうだ。今まで、舞台裏で散々金を使い汚れ仕事を請け負ってきた教団だ。党が光の当たるところで政権を取り、その闇の部分で、国民を洗脳し、国民の魂を騙して身体を利用する。その構想を党首自らがぶち壊しにしたのだ。

 明神は長尾に電話をかけた。長尾が受話器に出るのを待つ間、明神は手元のディスプレイにニュース番組を表示させた。番組は、画面の左肩に<リアルタイム>の文字表示と共に、党首の上半身を映し出している。


「長尾さん、いまどこ? 教祖が怒り心頭なんだが」

「俺は知らん! 党首が血迷って世迷言をぶちまけただけだ!」

「長尾さん、あんたがそこにいる以上、BV社との繋がりは否定しようがない。だが教団に繋がるものは、信徒以外は何もない。そうだよな」

「あぁ」

「長尾さん、あんた今党の広報室に居る? そこから党首は見える?」

「あぁ。見える」

「済まないが、パターンBの札を党首に持って行って見せてくれねぇか? 昨晩俺が信徒に指示して長尾さんに渡した奴だ」


 そう言って、明神は電話を切った。

 電話を切った後、明神がニュース番組映像を見ていると、画面の隅から党首に向かって手が伸びた。その手はB5サイズのカードを持っている。それを見た党首が、少し不思議な行動をとった。党首のコメントの最中だったのだが、その言葉をぶった切って、「ちょっと失礼」と言って、VOPEを装着したからだ。

 それだけなら、まだそれほど不自然ではなかったのだが、党首の身体はVOPEを装着した直後、明らかに硬直した。何か電気が走った様にも見えた。

 硬直が解けると、党首はVOPEを外し、再び各メディアの記者を見た。が、その眼は明らかに先ほどと異なっていた。居並ぶ記者が不思議に思い、先ほどのカードに何が書いてあったのか確認したが、カードにはカラフルな幾何学模様が描かれているだけだった。


「党首、ご様子が……」


 記者の一人が声をかけると、党首はいきなり広報室を飛び出していった。広報室から通路を隔てて斜向かいには、党首が良く使う応接室がある。党首は応接室に飛び込むと、飾り棚にある日本刀を取り上げ抜刀した。

 党首を追いかけ応接室に入った戦略室長は、日本刀を持ち仁王立ちする党首の鬼気迫る表情に気圧されたが、このままでは党の存続に関わると考え、他の党員と共に制止に入った。


「党首、それはいけません。お仕舞いになって下さい」

「仕舞い? そうだ、終いだよ」


 党首はそういうと、居並ぶ党員を袈裟切りにして、応接室を出て広報室に入った。

 広報室は大騒ぎになった。折しもTV中継中だ。画面には党首が血塗られた刀を持ち、返り血を浴びたまま広報室に入ってくる姿が日本中に流された。

 悲鳴と共に逃げ去る記者がいる一方で、勇敢な記者は党首にマイクを向けた。


「儂は、儂は日本を憂いておる。このような日本にした過去の政治家を恨んでおる。儂は死にたくない。儂は死にたくないが、こうなっては仕方がない」


 党首は震えだした。


「死にたくはない。助けてくれ。儂は日本を憂いておる。た、助けてくれ」


 党首は震えながら刀を自分の首元に持って行った。


「党首!」


 応接室での光景を見ていない長尾は、党首の自殺を止めさせようと間合いに入ってしまった。その瞬間、党首は目にもとまらぬ速さで刀を大上段に構えなおし、一歩踏み込んで振り下ろした。TVには崩れ落ちる長尾と、そこから吹き出す血が鮮やかに写しだされた。

 もう、誰も党首を止めることが出来なかった。党首が震えながら、じっくりと刀を首に押し付け、自らの手で刀を前に引いた。


「たすけ…… ひゅっ」


 断末魔の声の後、党首の頸動脈から夥しい血が吹き出し、辺り一面は赤く染まった。


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