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◆小部屋の中の人生

 BV社内のサーバー室で、山伏は忙殺されていた。

 AIC社のフェアロイドサーバーに3箇所もバックドアを仕掛けた明神達だ。BV社のサーバーに用意していない訳がなかった。教団側のシステムとの回線接続は既に切ってあるし、通常のインターネット回線もゲートウェイのセキュリティを強化した。にもかかわらず、サーバーはDDoS攻撃を受けていた。攻撃はVOPE端末自身からだった。


「攻撃してくる端末を片っぱしから切断しちまえ」

「やってます! でも、次から次へと来るんですっ!」


 太田が悲痛な叫び声を上げる。AIC社のオペレーターが忙殺されている後ろで、何も知らないBV社のオペレーターは、おろおろするだけだった。


「奴ら、何が狙いだ?!」


 日本全国で一斉にVOPE端末が起動し、基地局にアクセスをし始めた。しかも延々とコールをし続ける。サーバー接続したVOPE端末は、スパムデータを流し続けた。

 VOPEシステムはMVNOで実現されているから、ネットワーク部分はAIC社の装置だ。基地局は全てAIC社の物で、そこから識別コードによってVOPEシステムにユーザーが振り分けられている。


「私達はまだ何とかなりますけど、このままだと、AIC社の基地局がパンクしますよ」


 その危惧は、AIC本社に居る無線網監視部門のスタッフも持っていた。監視スタッフは、自社のリスク管理マニュアルに従って、輻輳制御ふくそうせいぎょによるVOPE端末の排除設定を行った。

 これにより全てのVOPE端末は、AIC社の無線網に接続できなくなってしまった。


「かかった!」


 教団システムの、何もない仮想世界で一人、VOPEが用意した仮想コンソールを見ていた明神は、ニヤリと笑った。


「長尾さん、ポータブル基地局を稼働させてくれ! AIC社は罠にかかった」


 明神が電話で党本部に居る長尾にそう伝えると、電話口の長尾は後ろを振り返り、手を上げて他のスタッフに合図を送った。

 全国各地に出向いている、スーツ姿の信徒が持つスマートフォンが一斉になった。兼ねてから指示があったのか、信徒は鳴動するスマートフォンを受けもせず、キャスターバッグに電源と有線ネットワークの延長ケーブルを接続しながら、そこにうずくまっている無数の人間に語った。


「では、準備に行って参ります。合図を送ったら、みなさん来てください。凄く気持ちの良い世界が待ってますよ」


 そして接続が終わると、ケーブルを引きずりながらキャスターバッグを転がして部屋を出て行った。そこには自衛隊駐屯地がある。信徒が居たのは新党明日の日本の選挙事務所だった。

 信徒はケーブルの届く範囲で一番見晴らしの良い場所にキャスターバッグを置くと、そのカバーを外し、アンテナを伸ばして電源を入れた。

 通常、無線端末は網の輻輳制御によって自網に接続できなくなると、他に自分が接続できる波がないか無線帯域をサーチする機能を持っている。VOPE端末もこの機能を使って、輻輳のかかっていない無線網をサーチする。これが日本全国で起こった。

 たまたま信徒たちの持つポータブル基地局の近くに位置するVOPE端末は、この基地局の波を捕まえて、接続してしまう。

 明神の見ている仮想コンソールの画面には、各拠点でポータブル基地局に接続した端末数が映し出されていた。仮想コンソールからコマンドを数個打った後、明神は長尾に報告した。


「長尾さんが育てた兵隊達をゲーム機に座らせましたよ。コマも起動済なんで、後の指示はそちらからよろしく」


 暫くして、全国各地の明日の日本選挙事務所からVOPEを装着した人間がわらわらと現れ、それに呼応するように駐屯地のゲートが開いた。


 韮山と学は、一時間少々かけて、教団本部と対面する特別プロジェクトの詰め所に着いた。教団の周りは交通規制がなされ、物々しい雰囲気だった。教団正門近くの壁には何かが飛び散った痕跡と、それを水で洗い流した跡があった。


「お疲れ様、韮山です。状況はどんな感じですか?」


 韮山は警察手帳を見せながら挨拶し、状況を確認した。


「連中、全く降参するそぶりはないですね。ほら、バリケードが厚くなってますよ。既に中の人間が1名死んでいます。我々も3人が軽傷を負いました」

「何があったんです?」

「我々が、強行突入しようとした際に、人がわらわらと出てきましてね。そのうちの先頭一人が爆発しました。現在歯の治療痕から身元を確認中です」


 もともと教団の正門は2重のゲートが設けられていたが、今はそれに加えもう一重、敷地内にバリケードが築かれているのが見える。そして、先程の水で洗い流した跡がある理由と、今が膠着状態である事を韮山と学は理解した。


「それから、連中はシステムとして基地局まで持ってますよ」

「何?」

「AIC社の波とは別の波を捉えていたので麦草さんに報告したんですが、その後、AIC社で網輻輳がかかりましてね、確信しました」

「波はここまで届いている?」

「えぇ。そこのVOPE端末を見て下さい。あ! 被らないで! 危険です」


 韮山がVOPE端末を持ち上げてみると、小さいLEDが接続中を示す緑色で点滅していた。


「信徒の身体を乗っ取って、自爆させたってことか。厄介だな」

「爆発したのが信徒かどうかは、身元が確認できるまで保留ですが、身に着けていたVOPEによりコントロールされたとすると、時間的に言っても網輻輳がかかる以前、最初から教団のシステムに繋がっていたと推定できます。問題は、今は普通のVOPEも教団のシステムに繋がってしまう、ということです」

「この近辺の人間も、VOPEを装着していたらコントロールされてしまうという事か!」


 その時、全く別の方角から雷鳴の様な音が聞こえ、振動が伝わってきた。詰め所に居た刑事達が驚いて外に出ると、自衛隊の立川駐屯地の方角から煙が見えた。




 桜田門にある公安本部には全国各地からの報告が上がってきていた。既に首相、内閣、防衛省幹部にも報告が上がっている。全国の自衛隊駐屯地近くでクーデターが発生し、武器庫が狙われた。

 およそ8割の駐屯地の武器庫ではクーデター組織が武器庫を占領したが、それを手持ちの武装のみの自衛隊員全員が囲む形になり、クーデター組織は駐屯地を制圧できず膠着状態になっていた。

 残り2割は武器庫内で戦闘となり、大量の死傷者を出しながらも自衛隊側がクーデター組織を制圧した。死傷者が大量に出ているのは、クーデターを起こした人間が自爆するからだった。


「人数の違いがあるとはいえ、制圧にこれほど時間がかかり膠着状態とは……だらしない事だ」


 明神は歯噛みした。

 信徒が守衛を取り込み、女の信徒には枕営業までさせて、駐屯地の面々にVOPE端末を<体験>させてきた。複数台の端末も置いてきた。パーソナル基地局が起動し、守衛のVOPE端末が、守衛に気持ち良い夢を見させた。後は、長尾が訓練した兵隊と党側が用意したコマの仕事だった。それがこの膠着状態とは、少々教育訓練が足りなかったようだ。駐屯地を制圧し、残りの自衛隊員を拘束して洗脳しなければ、次の作戦を実行できない。 


「朱里、武器庫を奪取した駐屯地では、兵隊に車両を調達させろ。朱里、朱里?」

「もぅ、聞こえてるわよぉ」


 明神が耳にあてたスマートフォンからは、朱里の気のない返事が聞こえていた。明神が通話を終え、VOPEにスマートフォンを投げ返すと、背後から肉声が聞こえてきた。


「明神、お前は何が目的なんだ?」


 明神がゲートの階段に座ったまま視線を向けると、明神が使っていた3Dアバターが、回転ドア脇の柱に寄りかかって立っていた。


「なんだ、あんた韮山とか言ったよな。また繋いだのか?」

「私は韮山君じゃない。山伏だよ」


 明神はその名前を聴いて立ち上がった。


「久しぶりだなぁ。どうやって入ってきた?」

「お前の使ってたVOPEの識別コードを使って、普通にゲートウェイを通ってきたよ」

「丸腰でお供も引き連れず……敗北宣言か?」

「まぁ、今のところは、お前の作戦勝ちの部分が多いなぁ」


 山伏は頭を書きながら言った。


「明神、俺は知りたいんだよ。お前が何故そんなに2年前の事故を引きずるのか。恨みか? そうじゃないよなぁ」



 そんな光景を、学は、二人を俯瞰する位置で見ている。隣にはライムが居た。学はここに潜入する際、韮山から言われた事を思い出していた。


「和田君、いいかい? セピアがああなってしまった以上、僕はもう仮想世界には入れない。後は君とライム君で頼む」

「でも、どうやって?」

「さっきシステムに入った時に盗んだ2つの識別コードは、ライム君が登録済だ。バックドアも1個だけど仕掛けておいた。多分まだ見つかってないはず。普通に教団の基地局からシステムにログインして。ここで見つかったらすぐ帰って来なよ。上手く行ったら、ライム君にバックドアを開けてもらって管理者エリアに行くんだ」


 そして今、学とライムは、その管理者エリアに居る。


「学さん、気付かれないうちに移動しましょう」

「あぁ、とにかく晃を探さないと」

「それと他の方々もですね」


 管理領域でコードエリアをサーチしていくと、該当しそうなプログラムが動いていた。


「ちょっと3Dイメージに直して見てみましょう」


 ライムはそう言うと、眼下に3Dイメージを展開した。


「きゃ」


 展開した映像を見て、ライムは思わず目を覆ってしまった。小さく区切られた無数の部屋の中で男女の営みが映し出されたからだ。部屋は歯抜け状態だったが、明るく映し出された部屋は、押し並べてその様な状況だった。


「ライム、こっちだ。こっちに晃がいる!」


 学が指差したのは、全く別の大部屋だった。まるでゲームセンターのアーケードゲームコーナーの様に、ディスプレイとコントローラーの付いたゲーム機が幾台も設置され、晃達はそこに座って、コンバットゲームをしていた。後ろにはVOPEが立って、無表情にゲーム画面を見ている。

 どのプレイヤーのゲームも膠着状態の様に見えたが、痺れを切らして、一人のプレイヤーが敵陣に飛び込んで行った。結果は、無残にも敵方のライフルでハチの巣にされ、ゲームオーバーとなった。と、同時に、学の視線の横で、小部屋の電気が消えた。

 他のプレイヤーは、逆に敵に攻め込まれ、反撃もむなしくゲームオーバーとなった。すると、また小部屋の電気が一つ消えた。 ゲームと小部屋の営みは同期しているようだった。


「学さん、これ、大変な事が起きています」


 ライムが眉をしかめて言う。


「小部屋の二人のうち、一人は実際の人間です。一人の人間が脳と身体にわかれて、脳は小部屋に繋がって、身体はゲーム機に繋がっています!」

「じゃぁ、晃達は、小部屋の人(脳)が持っている実際の身体を操作しているって事? そして、ゲームオーバーって……」

「そこ、あたし達の特等席なのにぃ」


 艶っぽい女の声が、学の背後からした。振り返ると服装の乱れた女が二人立っている。そのうちの一人に見覚えがあった。大分前に見た、ピンク3D動画のモデルだった。と言う事は、もう一人が犯人組織の一員であることは確実だった。

 学は身構えた。ところが、女は特に気負う事もなく、その場にぺたんと力なく座って、眼下の光景を眺め始めた。


「いぃ光景よねぇ~。男女の営みが黙々と続けられる。繰り返し絶頂を迎える者もいれば、道半ばで事切れる者もいる。そして、その運命は他人に握られている」


 そこまで言うと女は、学の眼前に、急に自分の顔を持ってきた。顔が近い。

「ね。人生に似てるわよねぇ」


 学はその女の目に、口元に、狂気を感じた。女は、元の姿勢に戻って再び眼下の光景を見始めた。そして、無口でいる学に、訥々と話をし始めた。


「あたしね、振られちゃったのよぉ。好きだった男に」

「……」

「あたしは、男の為に出来ることは何でもしたわぁ。自らモルモットになったりして傷つけられもした。でも、そうやって傷ついて行く、あたしから、あの男はどんどん離れて行ったの」

「……」

「今日も、お前はもう来なくて良いって言われたわぁ。だからあたし、ここに来たの。でも、ここにもちゃんと人がいるのね。そしたら、あたし、もうこの子とこうやって遊んでるしかないじゃない?」


 女がぽろぽろと涙を流すと、例の女モデルが四つん這いで近づき、それを舌でなめとった。学とライムの隣で、二人が赤面する様な情事が繰り広げられようとしていた。


「学さん、とにかく晃さん達は見つけたので、作戦を実行しましょう」


 唖然として見ていた学を、ライムが駆り立てた。


「あ、あぁ。俺も作戦の計画以上の成功を確信したよ。やろう!」


 二人は、手分けして行動し始めた。ライムは階下に潜り込み、それぞれの3Dアバターに繋がる入出力情報ラインを確認した。そこを流れるデータを拾い出し、識別コードを確認すると、仮想コンソールに表示されたリストに、それを書きこんだ。

 一方、学はBV社とのゲートウェイ近くまで移動した。そこには魔法陣越しに太田のアクアが待っていた。

 学はアクアから情報入出力ラインの束を受け取ると、ライムの所に戻って行った。


「まずは、ゲーム機に取り付いてるVOPEから始めよう。ライムは向こう端から」

「はい」


 二人は、晃達の背後に立って無表情にディスプレイを見つめているVOPEの下にもぐって、入出力情報ラインを切り替えた。


「よし。じゃぁ環境サーバーに行こう」


 ライムが先導して、教団システムの環境サーバーに着くと、学はあらかじめ用意しておいたユーザーリストに従って、VOPEの3Dアバターを差し替え始めた。

 すると、晃達ユーザーの後ろに立っていたVOPEの姿がフェアロイドの姿に書き換わった。晃の後ろに居るのは、見覚えのある愛梨の姿だ。

 学はそれを確認すると、再度ゲートウェイの下に移動し、アクアに伝言した。


「準備できたよ。起動させて」


 アクアはそれを受けて、ダミーヘッド経由で太田と白石に合図を送った。

 BV本社のサーバールームで待機していた太田と白石は、AIC社のフェアロイドシステムにリモートアクセスし、次々と晃達被害者たちが持っていたフェアロイドのサーバー側AIを起動していった。

 起動情報が入出力情報ラインを経て、教団システムに接続するVOPE端末に届く。愛梨が、そして被害者のフェアロイド達がVOPEハードウェアの中で次々と目を覚ました。


「晃さん?」


 聞きなれた懐かしい声が、晃の後ろから聞こえた。晃が後ろを振り返ると、そこには晃が初めて見る、等身大の愛梨がいた。


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