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◆雑誌の記事

 部屋の中には応接室にあるようなテーブルとソファーが置いてある。来客用のソファーの中央に学が座り、テーブルを隔てた対面の椅子には山伏と柳沢が座っていた。太田はちょっと離れたところで、折りたたみ椅子に腰かけ膝にノートパソコンを置いて学の方を見ている。

 その太田に向かって山伏が指示した。


「太田君、そのコンソールで例の記事を表示できる?」

「はい。外に繋ぎなおしますのでちょっと待ってくださいね。」


 太田は膝のパソコンのキーボードをパタパタと叩き始めた。


「さっきの和田君の雰囲気だと、フェアロイド依存症の件で我々が警察と共同で捜査を進めていたことは知っているよね?」

「はい。その辺は新聞にも出てましたし、今日ここに来る途中でも友人と話していました」

「実は、今もまだ捜査は続いている。サインまでしてもらって恐縮なんだが、捜査の都合上、和田君に私の口からは伝えられることと伝えられないことがある。そこで、この記事を見てほしい。これは雑誌社が特ダネとして報じた記事だ」


 山伏は「私の口からは」を強調して言った。そして太田からパソコンを受け取ると、学の隣に座って画面を見せた。表示されている記事は、約半年前のものだった。


「本誌独占! フェアロイド依存症は何者かによる洗脳実験の結果だった?!」

「-AIC社内事情通のY氏が語るー」


記事の中身は匿名インタビュー形式で、大体このようなことが書かれている。


------------------------------------------------------

記者 フェアロイド依存症の件で、新聞発表がありまし

  たが、どうも真相とは異なるようですね。実際のと

  ころ、どうなんでしょう。あれは、混乱を避ける為

  の便宜上の回答ともっぱら噂されていますが?

Y氏 そうですね。新聞発表のフェアロイド依存症は、

  確かに要素としてはあると思います。ですが、今回

  の事故の直接の要因ではないです。

   我々は、フェアロイド依存症が個人の病的因子に

  よる物ではなく、人為的な脳の操作によるものだと

  いう事を突き止めつつあります。あれは事故ではな

  く人為的に引き起こされた事件です。

記者 事件ですか。そう考える根拠は?

Y氏 フェアロイドシステムは依存症の事故が起きる以

  前に、何度か外部からセキュリティの脆弱性を狙っ

  たアタックをかけられました。この数度の表面的な

  アタックは、実は囮で、運用サービス部門が対応に

  追われている隙に侵入されてしまいました。

記者 ほう。なにか証拠の様な物をつかんだのですか?

Y氏 侵入の痕跡は慎重に消されており、現時点でも侵

  入経路が分っていません。

記者 現状わかっている所で構わないので、順に起きた

  事を説明して下さい。

(下記にY氏の説明を時系列に記載)

------------------------------------------------------


 事情通のY氏との見出しだが、Y氏は明らかにAIC社員で、内容は社内機密事項のリークだった。

 パソコンのカーソルを下げていくと、その記事の後ろに、時系列で何が起きたかが書かれている記事が見えた。要約するとこんな感じだ。


------------------------------------------------------

23時頃 社外からAICゲートウェイへのDDoS攻撃。

    ⇒AIC運用サービス部門が対応に追われる。

23:45  フェアロイド端末に次々とEMR装置アラームが発生。

    ⇒端末監視コンソールがアラームで真っ赤になる。

    ⇒AIC運用サービス部門はウィルスの侵入を疑う。

00:15  EMR装置アラーム発生のフェアロイド端末が増加。

    ⇒フェアロイドシステム全体のシャットダウンを決断。

00:20  バックアップシステムも含めた全シャットダウン決行。

00:25  システムを制限モードでシステム起動。

    ⇒アラーム発生端末に対しリモートでウィルススキャン

     と、異常動作検証。1体ずつ順次確認。

05:35  すべてに異常がないことを確認して商用システム再開。

08:07  最初の被害者が自殺!

------------------------------------------------------


 学には分からない単語があった。


「EMRって何ですか?」

「あぁ、記事の下の方に注記がついてるんだが……オリジナルの2型にセンサーパッドが付いているのを知ってる? 額と首筋に貼るやつ。あれのことを我々はEMRパッドあるいは単にEMRと呼んでいる。」


なるほど、と理解して先に進む。

更にカーソルを下げると、インタビュー記事の続きがあった。


------------------------------------------------------

Y氏 最初に異変に気付いたのは運用サービス部門です。

  フェアロイドのEMR装置アラームが次々と発生し、

  コンソールが真っ赤になりました。

   以前にもEMR装置アラームが点灯することはあり

  ましたが、1度に発生するのは多くても5~10件程

  度で、散発的に発生してはすぐに消えたんですよ。と

  ころが、この日は違った。

   EMR装置アラームは短時間の間にどんどん増えて

  いきましたので障害を食い止めるため、システム全体

  をシャットダウンせざるを得ませんでした。

   この時点では、何故EMR装置アラームが連続して

  発生したのか、それにより何が起こっているかは分っ

  ていませんでしたが、直前のアタックがあったので、

  社外からのウィルス侵入と端末へのウィルス感染およ

  びウィルスによる異常動作を我々は疑いました。

   もし、ウィルスがフェアロイドの端末側の不揮発エ

  リア(電源を落としてもプログラムやデータなどが消

  えないエリア)に侵入しているとすれば、システムを

  再起動するとまたウィルスが活動を始めてしまうので、

  サーバー側を制限モードで立ち上げて、手作業のリモ

  ート操作で装置アラームが発生した端末のみを1台1

  台立ち上げて異常動作確認とウィルススキャンを実行

  しました。

   ところが、そのどれにも異常はなかったのです。当

  然サーバー側もウィルススキャンしたが特に異常は見

  られませんでした。

   全ての確認が終了してからサーバー側の商用サービ

  スを再開したのですが、その3時間後にまさかこんな

  ことが起こるなんてその時には思いもしませんでした。

------------------------------------------------------


 インタビュー形式の記事はここで終わり、記者がまとめた内容がその後に記載されていた。その記事はミステリー小説仕立てで語られていた。


------------------------------------------------------

   そして、ユーザーの連続自殺が始まった。

   最初に警察からAIC社に連絡が入ったのは、最初

  の自殺者が出てから丸2日経った後だった。年間3万

  人が自殺する世の中だ。警察も個々に自殺者が出てい

  るうちは事件とのつながりを意識していなかった。

   ところが1日経って統計情報を見ると明らかにその

  日の自殺が多い。そこから警察は調査に入って自殺者

  の内58名がフェアロイド2型のユーザーであること

  を突き止めた。統計情報からの異常数値部分にほぼ該

  当した。

   そこで警察は事件と事故の両側面でAIC社に連絡

  を取った。

   AIC社内にはEMR装置アラームが発生したフェ

  アロイドのリストがあったので、所有者と自殺者の付

  き合わせを行ったところ、52名が該当したのだ。

------------------------------------------------------


 学は紙面の表示されたディスプレイを食い入るように見ていた。


------------------------------------------------------

   警察はAIC社や部品メーカーを巻き込んで捜査チー

  ムを編成した。

   捜査チームはまず自殺者の持っていたフェアロイド

  を検査したが、EMRは正常に機能していた。そこで

  EMRが装置異常になる様な状況となるパターンを探

  る為の様々な実験を行った。

   その結果、捜査チームは部品メーカーも気が付かな

  かった部品の使い方にたどりついた。部品の将来機能

  の為に用意されていたポート(プログラムから操作で

  きるスイッチ)に特定の値を入れると、本来電気磁気

  測定のためのEMRが反転出力するようになったので

  ある。

   もともと脳の特定位置の電位などを測定する為の部

  品で、測定位置を厳密に設定するため指向特性を高く

  した部品なのだが、反転出力した電気磁気特性はレー

  ザーの様に指向性が鋭かった。かつ、3個以上のEM

  Rによりその交点を厳密に測定するような仕様だった

  のだが、これを反転出力することにより、脳の特定部

  位、それこそ細胞レベル並みにピンポイントで特定の

  電気的磁気的刺激を与えることが出来ることが分かっ

  たのだ。

------------------------------------------------------


「反転出力って?」

「本来なら、モニターした脳の座標点と電気的磁気的信号レベルをフェアロイド内のバッファに書き込むのが正常な動きなんだが、この状態は逆にフェアロイド内のバッファに書かれている内容をEMR経由で脳に向かって出力してしまうということだ」

「……本当なんですか? この記事」


学の問いに山伏は黙っている。学は記事を読み進めた。


------------------------------------------------------

   その後、捜査チームは他の装置アラームの可能性を

  探って実験してみたが、装置が正常動作する限りアラー

  ムは発生しなかった。唯一の例外は反転出力だった。

   従って捜査チームは以下の結論を出した。

  「フェアロイドの本体側はEMRが誤動作し反転出力

  している間装置アラームを上げ続ける」

------------------------------------------------------


 記事は一旦ここで終わり、続く記事の前にサブタイトルがついていた。「仕組まれた装置異常!」というサブタイトルだ。

 記事はインタビュー形式に戻っていて、今度はEMR部品メーカーの担当者と思しき人間の発言になっている。途中で出てくるAIC社の従業員の名前は隠されていた。


------------------------------------------------------

記者 AさんはEMR部品供給側の開発をご担当されてい

  たと聞いていますが?

A氏 はい。その通りです。

記者 捜査チームのある方から、EMRの仕様にはない使

  われ方が今回の事件の引き金になったとの見解と聞き

  ました。

A氏 私もその捜査チームに協力していますが、今回の部

  品の使用実験結果を見て本当に驚いています。その様

  な使われ方は全く想定していなかったのです。

記者 責任回避ではないのですね?

A氏 AIC社内では、あるタイミングまでフェアロイド

  との相互インターフェースという企画があったと聞い

  ています。ですが、それはうちみたいな部品メーカー

  に話が降りて来た段階ではなくなっていました。

記者 相互インターフェースの企画を何故知っているので

  すか?

A氏 AIC社のMさんが教えてくれたのですよ。Mさん

  はEMRのハードウェア・ソフトウェアの開発を担当

  していて、企画段階から入っていると言ってました。

  EMRの構成部品でうちを選定してくれたのもMさん

  でした。

記者 Mさんとはどんな方ですか?

A氏 非常に熱心な研究者気質の方で、うちに足しげく通っ

  ていて私にも色々とご指導下さいました。EMRの回

  路設計にも様々なアドバイスをして頂きました。

   実は今回話題になった部分は実際の所Mさんの設計

  に従った部分なので、うちは実のところ動きを良くわ

  かっていなかったのですよ。

------------------------------------------------------


「部品メーカー側の技術者の人は、本当にそんな使い方を知らなかったんですかね? 責任逃れくさいなぁ」


 学の疑問はもっともだ。話の流れとして、部品メーカーは将来機能として出力機能を計画していたはずだ。今回の事件の責任回避の為に知らなかったと言っているのではないか?


「いや、本当に知らなかったようだ。少なくともその部品メーカーの技術者たちのレベルはそこまで高くなかったんだよ。何せこの会社は研究開発の最初から入っていたわけではなくて、途中で変更になった部品供給メーカーだからね」


 学は山伏のこの回答で、この記事は事実を語っていると確信した。


「仮にこの記事の通りだとして、事件のカギを握るMさんは何も言わないんですか? この会社にいるんですよね?」


M氏が犯人と言わんばかりの記事の流れじゃないか。従業員として抱えるAIC社の責任追及は免れないだろうと学は思った。


「M氏は実在の人物で明神というのだが、フェアロイド2型発表前に会社を退職した。現在は行方がわかっていない。記事の真偽は疑わしいにせよ……」


山伏の言い方がわざとらしい。


「……明神が行方不明と言うのは事実だ。少なくとも我々は明神の行方を追っている」


山伏の回答に唖然としながらも、学は記事の続きを読み始めた。


------------------------------------------------------

   物的証拠は今のところ何もない。ただ状況からM氏

  が最重要人物に上がっている。そして、現在の捜査チー

  ムの認識はこうだ!

1.EMR入出力を反転させるための設定を行う何らかの

  プログラム、ウィルスと言っても良いかもしれないが、

  そういうものが存在した。

2.そのウィルスは何らかのルートで自殺者のフェアロイ

  ドに侵入し活性化した。活性化したウィルスはEMR

  を反転出力させたため、EMR装置アラームが発生し

  た。

3.ウィルスは自殺者の脳に何らかの書き込みを行った。

  この書き込みが成功していたとすれば、ウィルスが自

  殺させるための固定観念を植え付けたという事になる。

  すなわち洗脳だ!

4.仮にウィルスが書き込みを失敗していたとしても、脳

  がどの様に反応するかは全く想像ができないので自殺

  の引き金になりうる。

  これはわが国始まって以来の危機的な事件の始まりか

  もしれない!

------------------------------------------------------


 紙面の最後は読者を煽る文章で終わっていた。


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