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◆愛梨の断片

 街は選挙一色になった。下馬評では与党が固いが、新進の政党が頑張っている旨のニュースが流れている。

 特命プロジェクトチームは焦り始めていた。犯人組織の個々の動きを捉えているものの、それが具体的に何を目的としている物か、点と点が繋がらないからだ。

 チームリアルの刑事がマークしている政党党首は、街頭演説や宣伝カーでの政党宣伝の傍ら、ふと行方を眩ますことがあった。追跡しようにも支援者に妨害されて、党首が誰と何処で何の話をしているかが掴めなかった。

 張り込みを続けている教団本部では、教団施設にトラックや、後部座席をグレーフィルムで覆って乗員をみえなくした乗用車が乗り入れている。大方の車は施設の地下の荷物運搬口に車を乗り入れる為、張り込み場所から人や荷物の出入りを確認することは出来なかった。従って、教祖や信徒が、この出入りに乗じて施設の内外に出入りしたとしても張り込み中の刑事には判らなかった。


「俺たち、あまり有効に機能していないな」


 教団を見張る刑事の中には、そう言う者も現れ始めていた。それでも、教団地下に何らかのシステムが構築されている事が、搬入業者の聞き取り調査などによって判明しており、この事から、犯行の本拠地は教団本部施設の地下と推測できたのは、チームリアルの成果だった。

 一方チームバーチャルの方はというと、既に山伏と韮山、そして学が念入りにフェアロイドシステム内をチェックし、犯人組織が構築したとみられるバックドアを3箇所見つけ24時間の監視体制を組んだ。ところが、犯人組織は、そこまで準備しているにも関わらず、それらのアイテムを全く使わなかった。


「バックドアはそのままにしておいた方が良いでしょう。その代り、バックドアに番犬を置いておきます」


 韮山の提案だった。こちらがバックドアを処置すると、犯人組織は新たなバックドアを作る可能性があるし、逆に自分たちのシステムにバックドアが仕掛けられていないか危惧する。ここは愚か者の振りをすべきだという提案だった。

 セキュリティ上、故意に残した甘い部分は人が監視するしかない。なので、韮山と学は、選挙戦が行われている間、ずっとAIC社に泊まり込んでいた。広い視野を持ってシステム全体の状況を見渡せるのは、システム内でデディケートモードになれる2人+2体しかいないからだ。他のオペレーターもディスプレイ上で監視していたが、その視野は狭かった。


「和田君はさぁ、何が一番怖い?」


 仮想世界で学が好きな場所、夕暮れの海辺のベンチに腰掛けた韮山が、隣の学に問いかけた。ライムとセピアは波打ち際で遊んでいる。


「怖いとは?」

「生理的に怖く感じる物。熊とか、ライオンとか、蛇とか」

「そうですねー、スズメバチは怖いですね」

「ちょっと小さいな。他には?」

「他ですか? やっぱり蛇かなぁ。熊とか怖さの現実味がないです。実際に出会ったら怖いんだろうけど」

「わかった」

「今度は、何を企んでるんです?」


 学は韮山を覗きこんだ。韮山は、仮想世界でもパソコンのキーボードを叩いている。このパソコンはセピアが用意した物だ。


「そのパソコン、どこに繋がってるんですか?」

「これ? これは、ここのシステムに繋がってる。この前ライムちゃんが管理者権限にしてくれたでしょう? その時にバックドアを作っておいた。だから僕はいつでも管理者さ」


 韮山は笑った。笑うと甘いマスクが一層映える。だが、学は一緒に行動してバックドアを作る手際の良さなどを見るにつけ、恐ろしい人だな、と思うのだった。

 波打ち際からライムとセピアが戻ってきた。


「韮山さん、何か出来たんですか?」


 パソコンを貸したセピアが問う。


「おぅ。出来たよ。ちょっと見てみる?」


 韮山はそう言うと、パソコンのキーボードをパンっと叩いた。すると一匹の蛇が目の前に現れた。


「うぁ!」


 学は驚いて飛び下がった。韮山は笑っている。


「これはね、相手の攻撃をイメージ化した物。和田君、蛇が駄目だって言ったんで、蛇にしてみた」

「酷いじゃないですか」


 そう言ったのは学だった。


「酷くはないよ。人間は生理的に恐怖を感じる物には敏感だよ。視覚の端でとらえても、すぐ脳にビビっと来る」


 韮山が、キーボードをパタパタ叩くと、蛇は消えた。


「このプログラムをね、環境サーバーに置きます。そうすると、蛇の湧いてくる場所を追いかけて行く事が出来る」

「凄いですね」

「僕の発案じゃないよ。山伏さんと柳沢さんがさ、EMRを使って人にプローブを打ちこむ場合に、脳に構築するループの標準パターンって奴を示してくれてね、これで攻撃を察知出来ないかと言ってきたわけだ」

「やっぱり、こういうものを作るのは、大人の人には敵わないな」


 学は頭を掻きながら下を向いてしまった。


「いやいや、和田君は十分力を発揮してると思うよ。この前だって、君の友人のことが発端になって、過去の被害者の状況がわかったりしたじゃないか。……そういえば、その事でビッグデータから何か拾おうとしてるんじゃなかったっけ?」


 学はライムに手伝ってもらいながら、膨大な量のバックアップデータの中から、横田技術研究所事件直前のフェアロイドAIのパーソナルデータを拾い集める作業をしていた。

 愛梨がもうこの世にはいないと、うつろな瞳で言っていた晃の姿が、学の目に焼き付いて離れない。プローブの影響があるのかも知れないが、晃を元に戻すには愛梨のあの愛らしい笑顔が必要だと学は信じていた。愛梨は眠っているだけだ。再び目を開けて晃に話しかけてくれれば、晃も目を覚ますことが出来るのではないか。そして、他の被害者も同じようにして犯人組織の間の手から救うことが出来るのではないかと考えていた。そのための作業だった。

 だが、実際にバックアップデータを入手すると、改めてその作業の困難さに直面し、眩暈がする思いだった。

 サーバーAIのデータはすべてのユーザーの物がコンテナという形式のフォーマットでぐちゃぐちゃに混在して存在している。おまけに1つのコンテナが複数のブロックに分かれリンク情報で繋がっていたりした。

 おまけに、バックアップデータは、そのまま同じシステムにストアすることを前提にしており、コード領域データ領域ひっくるめで、頭から尻まで一塊のダンプ形式となっていた。

 愛梨ひとり分の、その日までのパーソナルデータを抽出しようとすれば、まずPBペタバイトクラスの、とてつもなく大きなデータ塊からKBキロバイトクラスの小さな可変長コンテナをすべて切り出し、その上で切り出したコンテナのパーソナルタグが<愛梨>となっている物をすべて抽出する必要がある。TBテラバイトレベルの量の愛梨の断片を一つも残らず。

 抽出ツールを作ってやり始めはしたものの、その処理時間の長さに学は頭を抱えてしまった。

 韮山に言われた時、学はそれを思い出して、ますます小さくなってしまった。その姿を見たライムが学の隣に寄り添い、そっと肩を抱いた。


「なんか、悩んでるみたいだなぁ。そういう時こそ経験豊富な大人に相談すべきだよ」


 その言葉を聞いて、学は顔を上げ、実は……と、自分の思いと今までの経緯を韮山に説明した。


「うーん。そのやり方は無謀だなぁ。少なくとも友達を助ける前に時間切れになりそうだ」

「えぇ。もうじき選挙日だというのに、まだ終了時期のめども立たないんです」


 韮山も打開策がないか思案した。そして、一つ妙案を閃いた。


「これは、フェアロイドシステム全体に関わることだから、山伏さんにも了承をもらわないとだめだけど、簡単確実な方法がある。それに、もしかしたら、それは事件解決の為の我々の強力な武器になる可能性もある。まずは、麦草や天城にも意見をもらおう」


 学と韮山は、一旦仮想世界から抜け出し、関係者を集めて早速ミーティングを行った。


「韮山君、VOPEシステムは、フェアロイドシステムの焼き直しって言ってたわよね?」


 話に最初に興味を持ったのは、麦草だった。


「えぇ。もう、あちこちフルコピーという感じでしたよ。違うのは端末識別コードの類だけですね。商用システムの試験接続が日程より遅れてましたが、あれなら技術的に遅れるはずがない。理由はどこか別の所にあったんですよ」

「私も、韮山さんが落としてくれたダンプデータを逆コンパイルして検証しましたが、コード領域(=稼働プログラムが静的に入っている部分)については、2年前のコードがそのまま使われていましたね。それ以降に発見されたAI内のバグについても、そのまま残ってました」


 韮山の回答に山伏が補足した。


「でも、VOPE端末の、あの感情を殺した様な表情はどうやって作っているの?」

「フェアロイドでもあの性格付けは、やろうと思えば出来るんですよ。端末バリエーションを豊富にするための性格付け用のパラメーターを、オール0にしているだけですよ。フェアロイドの場合、それじゃ売り物になりませんがね」

「3Dアバターは?」

「もともと2年前に2型で用意した機能ですよ。2s型でも網膜投影ディスプレイの隅っこに出てきます」

「端末側に入っているわけではないの?」

「髪形を変えたり、服を着せかえたり、色々変わりますからね。2型ではサーバー側の個人情報エリア、つまりユーザーのパーソナルデータの一環として入ってますよ」


 山伏の回答を、下を向いてしばし咀嚼していた麦草だったが、顔を上げると山伏に言った。


「我々が先手を取る為の切り札になるかもね。ほとんど日数がないけど、準備できるかしら?」

「サーバーの切り離しと書き換えは1日で済みますが、システム矛盾の検証は3日程度必要。ぎりぎりかなぁ。」

「韮山君の作業は?」

「僕の方は、作業なんてないですよ。山伏さんとの連絡を密にするくらいかな」


 夜遅くまで議論を重ねたが、韮山の提案を採用することになり、その準備は投票日前夜まで続いた。




 投票前夜午後8時を過ぎると、選挙活動は一切できなくなる。赤坂にある党本部の応接室では、立候補者のサポート演説で全国を回り、自身の選挙区でも街宣車で駆け巡っていた党首が、やっと仕事を終えてくつろいでいた。党首は、背もたれの高い革張りの椅子に腰かけ、目の前に控えている長尾に相対していた。


「まぁ、君たちが旨くやってくれるんで、儂が特に演説等せんでも過半数が取れる訳だが、そりゃ不自然だし、党員に示しもつかんからな。儂が出張る意味もある訳よ」

「お疲れ様でございましたな」


 長尾が愚痴とも自慢とも取れる党首の言葉に相槌を打つと、党首は立ち上がって部屋の奥に行き、飾ってある日本刀を取り上げ、抜いた。


「党首、それは業物ですな?」

「わかるか。備前長船よ。疲れた時にはな、これを素振りすると、精神が研ぎ澄まされ、疲れが吹き飛ぶ」


 長尾の横で、党首が刀を振る。居合は免許皆伝の腕前だと、以前党首は長尾に自慢していたのだが、確かになかなかの腕前だと長尾には見えた。だが、その素振りはそう長い時間は持たず、息の上がった党首は刀を鞘に納め元の位置に戻すと、先ほどの椅子に、どっかりと腰を落ち着けてしまった。

 その光景を静かに見守っていた長尾だったが、党首の息が整うと、ちょっとした提案をした。


「党首におかれましては、身体の方がお疲れのご様子ですので、ここはひとつ、身体を使わないリラックスをされてはいかがですかな?」


 長尾が、カバンの中に入れてあったVOPEを取り出すと、疲れてたはずの党首が背もたれから身を乗り出した。


「おぅ。待ってたよ。儂はそれが好きでな。身体の言うことが効かなくなってきた儂の年代には良いぞ! 翌日、変な身体の疲れも残らんし、満足できる」

「今日は、どの娘になさいますか? 今晩は特に予定も組まれていませんし、明神に少し長めの、濃いプログラムを用意させました。何か新しい趣向もあるようですよ」

「おう、おぅ、それは楽しみ」


 初老の党首は下品な笑みを浮かべてヘッドセットを頭に掛けた。



 その同じ頃、特命プロジェクトチームでは、麦草が、天城、韮山と向き合っていた。


「天城君、チームリアルの方は配備完了?」

「はい。BV社の全国5拠点と、赤坂の党本部、それに教団本部には、気付かれない様に既に人を配置しています」

「武装は?」

「全員2種装備。抜かりないですよ」

「韮山君の方は?」

「僕と和田君が前衛で、システム内で待機します。山伏さんと太田さん白石さんはバックアップです。本作戦に対応するフェアロイドは、ライム、セピア、アクア、メラン、そしてブランの、E2P5体です」

「ブランって、誰のフェアロイド?」

「白石さんのですよ。フランス語の<純白>を名前にするなんて、彼女らしいですよね。本当は男性型のフェアロイドが欲しかったらしいですけど、E2Pは全部女性型だから、そこは男性名詞の『ブラン』でカバーするんだそうです。その辺も白石さんらしいでしょ?」


 韮山に饒舌に語られ、「でしょ?」と、問いかけられても、天城は白石のことを良く知らない。ニコニコ顔の韮山に見つめられて、天城は困惑した。麦草は、その雰囲気を察知したのか、場を締めた。


「明日は長い一日になりそうだけど、これで終止符を打つからね」

「えぇ、麦草さん。終わらせましょう」


 三人は互いに握手をし、それぞれの持ち場に散って行った。


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