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◆BV社からの提案

 海水浴の日焼けもすっかり癒えた頃、学はライムを仮想商店街に誘った。


「いいんですか? お給料を、また私の服に使って?」

「秋服が欲しいでしょ? 俺は特に買いたい物はないし」

「嬉しいっ」


 ライムは学の腕をきゅっと抱き締めた。

 仮想商店街のゲートをくぐると、そこは、いつもの雰囲気と若干違っていた。見慣れない人影の所為だった。


「VOPEシステムからのお客様ですね」

「試験接続が始まってから大分経つから、ここもお客さんが増えてきたんだね。そう言えば、あの工事現場はどうなっているんだろう? 買い物の後で行ってみようか?」

「はい」


 肩甲骨のスリットを覆わない服と言うと、どうしてもパーティの際のロングドレスの様な物しかなく、ライムの秋服選びは少し難渋したが、秋色のキャミソール型のワンピースと綿のレースのペチコート、それとアイボリーのニットのカーディガンを選んだ。

 買い物が済んでから、街外れのゲートに向かう。黄色いテープが張ってあったそこは、回転ドアが設置されており、係員が立っていた。

 回転ドアからは二人ひと組で人が行き来している。VOPEとユーザーのアバターのカップルだ。学がライムの手を引いて興味本位で回転ドアに入ると、回転ドアからブザーが鳴り、係員が飛んできた。


「お客様。お客様はフェアロイドシステムのご契約者様ですね?」

「そうですけど」

「申し訳ありません。ここから先は、VOPEシステムご契約者様の専用エリアとなります。お客様がBV社のサービスをご利用になりたい場合には、どうぞ通常のインターネットゲートからお入りください」

「そうでしたか。有難う」


 学は素直に引き下がり、物陰に入るとライムに管理者領域に移動してもらった。

 街を空から俯瞰すると、回転ドアのゲートの先には、太い通路がある。その先には大きなガラス板があって通路を遮断していた。ガラス板の向こうは真っ暗で何も見えない。

 すると、ガラス板の向こう側にカップルが現れた。現れたというよりガラス面にカップルの写真が貼られた様な感じだ。その写真に合わせて、ガラス板のこちら側に3Dの像が形作られて行った。形が整うとカップルは歩きだし、回転ドアを抜けて商店街に歩いて行った。


「運用保守用に、うまくイメージ化していますね」

「なるほど。インスタンス生成をイメージ化してるのか」


 AIC社、BV社の、双方のシステム内には、それぞれ3D環境を構築する役割を持つ機能と、個々の端末に対応したサーバー側AI機能がある。混乱を避けるため、前者を環境サーバー、後者をAIサーバーあるいは単にAIと呼ぶ事にしよう。

 学やライムが仮想商店街を訪れるとき、ライムのAIはAIC社の環境サーバーに、学とライム自身のパーソナルデータを渡す。環境サーバーはそのデータを元に、環境内、ここでは仮想商店街内に3Dアバターを作成する。作成された3Dアバターには、AIがアバターをコントロールし、アバターが得た情報を認識するための情報入出力ラインが接続される。この一連の作業が、学の言っているインスタンス生成だ。

 言いかえれば、環境サーバーがあやつり人形を作り、AIが人形を動かす、その為のあやつり糸が情報入出力ラインだ。

 さて、当然だが、BV社のVOPEシステムを構成するサーバーと、AIC社のフェアロイドシステムを構成するサーバーは、物理的に独立している。AIC社の環境サーバーが作った人形はBV社の環境サーバーに移動できない。逆も同じだ。

 そこで、両者のゲートでは人形の作成・消滅とパーソナルデータの受け渡しという行為が発生する。

 つまり、パーソナルデータと情報入出力ラインを渡して、相手方の環境サーバーに人形を作ってもらい、あやつり糸を繋いでもらうという作業をする。

 大きなガラス板に映し出された画像は、フェアロイドシステム内でオブジェクトを作る(インスタンス生成する)為のパーソナルデータをイメージ化した物だった。


「面白いね。韮山さんにも見てもらおうよ」


 学はそう言って、ライムが用意した仮想スマートフォンを使って韮山に電話をかけた。AIC社の25階で電話を受けた韮山はびっくりした。隣の席で眠っている様に動かない学からの電話だ。


「和田君? どこから掛けてるの?」

「フェアロイドシステムの仮想商店街の中からですよ。ちょっと面白い物が見られるので韮山さんもセピアと一緒に来ませんか?」


 しばらくすると、商店街の向こうから韮山とセピアが歩いてくるのが見えたので、学とライムは一旦ユーザー領域に戻って二人を迎えた。


「ライム、韮山さんとセピアを管理者権限にして」

「はい。出来ました」

「じゃ、行ってみようか。韮山さんとセピアは手を繋いで下さい。ライムが連れて行ってくれます」


 皆が手をつなぐと、ライムは管理者領域にジャンプした。先程のゲートを俯瞰する場所だ。


「君は、こんなことして遊んでるのか。色々と知ってるわけだ」


 ゲートを眺めながら、韮山が笑って言った。


「ライムちゃんさぁ、これ、情報伝達経路をイメージ化するモードに入れないかなぁ?」

「デバッグ用の制御コードなどは分りますか?」

「私がわかるわよ、ライム」


 セピアが韮山の代わりに答えた。韮山が時間さえあればフェアロイドシステムの仕様書を読んでいる横で、セピアも情報を収集していた。

 セピアが言う制御コードで表示イメージを変換すると、今度は目の前に3Dの幾何学模様が現れた。今度はセピアが説明者になってくれた。


「白く輝く点はフェアロイドシステム内にオリジナルがあるAIのインスタンス。黄色く輝く点はユーザーのインスタンス。オレンジがVOPEシステム由来のAIインスタンス。VOPEのインスタンスは、AIか、ユーザーかの区別はありません」


 確かに、緑色の線画で書かれた3D建築物の内外でオレンジの点が動いている。白い点や黄色い点はなかった。


「ない事はないですよ。ほら。ゲート付近のここに。私達です。そして、それぞれの点から延びる赤と青のライン、これが情報入出力ラインです。下から見た方が見やすいです」


 4人が地下から地上を仰ぎ見る様な位置に移動すると、各点から赤と青の2本のラインが地下を通ってどこかに向かっているのが見える。オレンジ色の点から出るラインを辿っていくと、回転ドアの下に全ての線が集まっていた。そこには金色に輝く魔法陣の様な絵が描かれており、その先で各ラインは集線され太いパイプとなってガラス扉の下まで伸び、そこから先は見えなかった。


「青は出て行く方、赤は入ってくる方の情報です。あの魔法陣は、このイメージ化モジュールを開発した人の趣味ですね」


 セピアは、ちょっと笑いながら説明した。


「ガラスの向こう側を見てみたいねぇ」


 韮山の呟きに、思わず学は頷いた。事件云々もそうだが、好奇心がそうさせていた。

 韮山は「一回戻る」と言って、セピアにこの状態でのリストリクションモード遷移を指示した。

 セピアと韮山の3Dアバターを残し、韮山の意識だけが消えた。


「何がしたいんだろ? セピアを置いていったら、次に入ってくるとき面倒じゃないか?」


 学が疑問に思っていると、先程のガラスに、またカップルが映った。良く見ると韮山だ。VOPEを連れている。3人はユーザー領域に戻って、新たに3Dアバター化した韮山を迎えた。


「モニター用のVOPEを1台借りて、向こうから入ってみた。向こうから見た景色も変わらないね。そして、向こう側にも商店街があったよ」


 さて、と言って、韮山はVOPEの腰を抱きよせた。VOPEの表情は変わらない。韮山は一瞬 ”つまらん” という表情を浮かべ、言葉を続けた。


「後で、色々ツールを作る時に役立ちそうだから、俺とこの娘の情報を、管理者権限でモニターしてみてよ」


ライムとセピアは、再度、情報取得モードを変えながら、様々な二人のデータをとっていった。



 25階で学と韮山が遊びとも調査ともつかない事をしている頃、AIC社の1階受付では、背広姿の男が現れ受付嬢に案内を乞うていた。


「16時から土肥さんと約束している長尾だが、案内してもらえるかね」


 長尾が役員用会議室に通され、お茶を飲みながら待っていると、土肥が現れた。他の取締役も後に続いていた。


「やぁ、土肥さん、久しぶり。3型の売れ行きはどうですかな?」


 会うなり、長尾は皮肉たっぷりに挨拶した。


「よくAIC社の敷居を跨げるものだと感心してるよ、長尾君」

「いやいや、そんなに喧嘩腰にならなくても良いのでは? 今日はAIC社にとって非常に有益な情報を持って来たんだから」


 長尾は横で待機しているBV社員に目配せした。するとBV社員はカバンの中からプレゼン資料を取り出し、居並ぶAIC社役員の前に置いた。


「以前、私がAIC社に居た時に作った仮想商店街と仮想観光地、私の提案を無視して運用した結果、閑古鳥が居ついちまったんじゃないですか? 最近はどうですか?」

「別に3Dや体験機能がなくとも、通販事業は盛況だよ」


 嘘だった。2Dの商品一覧が出るような通販ポータルはインターネット上のいたるところにある。顧客は有名どころのネット通販会社に取られており、最近では加入企業の流出に苦慮しているところだった。


「そうですか。じゃぁ、別にこの話に乗って頂かなくてもよいのですがね。おい」


 長尾がそう言って、BV社員に促すと、彼は説明を始めた。


「今日お持ちしたのは、VOPE端末供給のご提案です」


 現在BV社はAIC社の網を使用してMVNOによるサービス展開を行っており、その回線使用料は加入者の増減に応じて月極めで支払う形式をとっている。

 BV社員の説明する提案を要約すると、BV社はAIC社に対し月々の回線使用料を支払う代わりに、VOPE端末、もしくは、フェアロイド端末に接続可能なEMR装置の供給に替えさせてもらうのはどうか? 相殺額はBV社の仕入れ額である定価の6掛けで構わない、という提案だった。


「弊社側といたしましては、加入者数の増大による膨大な回線使用料の削減というメリットがございますし、御社におかれましては、大変失礼ながら、現在シェアを落としているフェアロイドの販売数の底入れに寄与するとともに、先程、弊社長尾が申しておりました、仮想商店街・仮想観光地の有効活用に繋がります」


 AIC役員に対し、資料の次のページを開けさせ、説明を続けた。


「これは、弊社側で記録した御社仮想商店街でのVOPEユーザーの購買履歴です」

「おぉ、こんなに」


 同席した他の取締役から感嘆の声が出た。グラフは加入者数と購買額の折れ線グラフだった。感嘆の声が出たのは、1加入者当たりの商品購買額の大きさからだった。


「このグラフが示す様に、お客様は手軽に手に取って商品を確認できる仮想商店街が有用である事を、良くわかっていらっしゃいます。グラフの後半の著しい伸びは、それを理解されたお客様が、より多くの商品をここで購入するリピーター層になっている事を証明しています」


 長尾は、湯呑のお茶を飲みながら、にやにやと笑っている。


「そうやって、また犠牲者を出すつもりか?」


 土肥は、苦虫を噛み潰したような顔で長尾を睨みつけた。


「土肥さん、馬鹿言ってもらっちゃ困る。犠牲者を出したのは、あんたんところのシステムだろう? うちのEMRは完璧だよ」

「AIC社から技術を盗み出したな?」

「知りませんなぁ。少なくとも私がここを出て行った時の事は、あなたも良く知っているでしょう?」

「盗み出したのは明神か?」

「明神が今どこで何をしてるか、そんなことは知らんが、土肥さん、あんた、うちの会社を泥棒扱いしてますか? 何か証拠でもあるんですかね? ドブネズミのようにうちのシステムに入り込んで、何か探り出しましたか?」


 長尾は誘いをかけている。そう、土肥は睨んだ。長尾は、AIC社、更にはそれと繋がる公安がどこまで情報を掴んでいるか、自分を煽って引き出す作戦と見た。それには乗るまい、と、土肥は黙り込んだ。土肥が黙ると長尾は追い打ちをかけた。


「土肥さん、うちの会社の開発力や運用力を見くびってもらっちゃ困るなぁ。優秀なエンジニアと医療スタッフがBV社にも居るんですよ。導入時の適合検査だって、申し訳ないがAIC社より厳密にやってる。そちらで言うデディケートモードに遷移可能な個人ユーザーには、『特に』ね。」


 適合検査にかこつけて、プローブを打ち込んだのか?! と、土肥は口から出そうになったが、必死にこらえた。犯人組織の出先機関である長尾に、こちらが知っていることを悟られてはならない。


「なるほど。だが、おいそれと提案を受け入れるわけには行かんな」

「どうぞ、存分にご検討なさってください。でも、私は受け入れると思いますよ」


 長尾はそう言って帰っていった。

 残ったAIC社の役員は顔を見合わせている。自分からは意見を言い難いといった表情だった。


「麦草さんと話したい。電話が繋がったら呼んでくれ」


 土肥は、自分の秘書にそれを伝えると、役員室に入っていった。


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