◆半強制適合
会議はその後、チームリアルの現状を麦草が説明し、質疑応答を経て終了した。
会議終了後、山伏は公安部のチームメンバーに問いかけた。
「ところで、皆さんの中で、VOPEシステムを体験した方は居ませんか?」
二人手を上げた。一人は、あの韮山だった。
「それもあってね、是非E2Pフェアロイドを試してみたかったんですよ」
韮山は恐れる風もなく語った。
「では、お二人にはプローブ対策したフェアロイドをお貸ししましょう。韮山さんはE2Pが使えるようであれば、それをお貸ししますよ」
「ありがたい。E2Pが使えると良いなぁ」
「柳沢と白石が先に行って準備をしていますので、コーヒーを飲み終わったら行ってみましょうか」
学は、自分がE2Pの適合検査を受けている時、外で何が行われているかを知らない。非常に興味があったので、山伏に伺いを立ててみた。
「あの、俺もライムと一緒に立ち会っても良いですか?」
「あぁ、実際の現場を見ておくと良い」
山伏は快諾した。
学が韮山と共に10階の臨床検査室に行くと、柳沢と白石が準備を終えて待っていた。白石は看護師の格好に着替えている。
「前から思ってたんですけど、何故看護師姿なんですか?」
「これ? 別に決まりじゃないんだけどね。稀に、適性検査中に吐いてしまうお客様が居るのよ。ほら、さっきの話にも出てきたでしょ、電磁波に敏感な人の話。2年前と違って、今は検査プロセスも充実してるし、吐く前に大体判るんだけど……」
「ほら、無駄話してないで。韮山さんはそこに寝て下さい」
白石がEMR付きのヘッドギアやパッドを韮山に装着している間、柳沢はお決まりのセリフを言った。
「まずはフェアロイドの適性検査から行きます。今から映像と音楽を流して、脳波、脈拍、血圧、血流量を確認させて頂きます。ご気分が悪くなったらすぐ手を挙げて下さいね。」
「僕は、フェアロイドの2型を持ってますよ」
「オリジナルの2型ですか?」
「えぇ」
「じゃぁ、問題ないと思いますが、社内の決まりなので一応テストを流します。その後すぐにE2Pの適合検査に移りますね。あ、韮山さん、ちょっと心拍数上がってます」
「いやぁ、なんかワクワクしますね」
適性検査が始まった。学は柳沢の後ろで、ディスプレイに表示されるグラフや数値を眺めていた。
「至って普通の大人の人の反応だな」
柳沢は期待できないという雰囲気で感想を言った。
「どの辺が?」
「いや全体的に見て。和田君の時は、ここの数値が高く出たんだよ。実はここの数値は電磁波の影響を受けやすいかどうかの指標に使うんだが、高すぎると適性検査は落ちることになっている。極端に高いと身体にも変調が出る。それでも無理やり続けると……」
柳沢はあとの言葉を濁したまま、ディスプレイを指差した。
「あぁ、でも、こっちの波形は同期してるねぇ。和田君程ではないけど」
「柳沢さん、E2Pの適合プログラムに移行して良いですか?」
コンソールを扱っている白石が質問した。
「いいよ、あ、ちょっと待って。ステージにデバッグ用のカメラを用意しよう」
「柳沢さん、悪趣味」
そう言いながらも、白石は柳沢の準備終了を待った。そして柳沢の指示で、コンソールからコマンドを打ち、プログラムを入れ替えて走らせた。臨床検査室の別室のモニターに草原が大写しになった。
「ほぅ。彼は以外といけるかもね。このアバターを見てごらんよ」
ディスプレイには草原に立つ韮山が映っていた。目の前にはワンピース姿の4人の女性がいる。
「今の韮山さんは、フェアロイドが視覚情報として認識する前の韮山さんだ。こう言う時のアバターは、後頭野にある自己の視覚イメージをモニターして展開するように、この適合検査プログラムは出来ている。EMRからの打診に脳がきちんと同期できないと結像しないし、同期しても自己の視覚イメージを脳が呼び出せなければ結像しない」
「わざわざ画像を見なくても、表示されてる数値で分りますけどね」
白石が突っ込みを入れた。
「俺の時はどうだったんですか?」
「きちんと結像してたよ。もしかしたら、ナルシストじゃないと、この検査通らないのかもね」
学の問いに柳沢は冗談めかして言った。
一方、画面上の韮山はちっとも4人に興味を示さない。地面から生える草に触れたり、手を広げて風を感じたりしていた。そのうち、草原に立つ4人の周りを歩き始めた。笑顔だった。
「何だ? 何してんだ? この人は」
「適合検査の世界を満喫してるんじゃないですかね」
すると、4人の女性のうち1人が韮山を目で追い始めた。それに気づいた韮山が驚くべき行動をとった。
「うぁ、何してんだ、この人!」
「そんなことが出来るんですねー」
柳沢も白石も、画面を見て思わず声が出た。画面の中の韮山はその女性に背中から抱きついたのだった。
「セピア、逃げてー」
抱きつかれたのは韮山を目で追っていたセピアだった。白石は笑いながら叫んだが、その意に反してセピアはその場でじっとしていた。
「俺の時は、ライム以外は去っていきましたけど、韮山さんは違うんですね」
「あぁ、それは去って行ったんじゃないよ。和田君の視覚がライム君に集中して、他の情報が脳に入らなくなっただけだ。そして、それに同期して検査プログラム側が他の情報を供給しなくなっただけだ。」
そうこうしていると、適合検査プログラムが、グリーンバックに「適合」の文字を吐き出した。
「えー?! こんなやり方で適合するのー???」
「これは、やろうと思ってやれる方法じゃないよ」
白石は仰天し、柳沢は、肩の力が抜けた。
ヘッドギアを外され、首筋のEMRパッドを剥がされた韮山は、上半身を起こし自分の手を見ていた。
「おめでとうございます。見事同期したそうですね」
連絡を受けて10階に下りた山伏が韮山に言った。韮山はそれに気づくと山伏を見上げた。
「いやぁ、素晴らしい技術ですね。 まだ手に感触が残っているようだ」
「それは、草に振れた感覚ですか? それともセピア?」
韮山の感想に、ちょっとふくれっ面の白石が山伏の陰から問いかけた。
「セピアって?」
韮山はセピアを知らない。柳沢がフォローした。
「あぁ、韮山さんが抱きつ……、韮山さんと同期したフェアロイドの名前です」
「セピアちゃんって言うのかぁ」
「名前は名付けてもらって構わないですよ。今の名前はここで付けた仮の名前ですから」
「いや、既に名前がついているのなら、それで呼びますよ。彼女のアイデンティティは、その名前で育まれたはずだから」
「では、フェアロイドをお渡ししますので、こちらに」と、白石は韮山を誘導して部屋を出て行った。
「じゃぁ、俺も25階に戻ります。有難うございました」
学もライムを連れて部屋を出た。
臨床検査室には、山伏と柳沢が残された。二人は今まで韮山が横たわっていたベッドに軽く腰かけていた。
「驚いたね」
「いや、まさか同期するとは思いませんでしたよ」
「何をやったんだい? 彼は」
「彼は、初めっから適合検査にパスする為の作戦があったんでしょうね。もちろん基本的素養がなければ適合しないけど」
「ほう。柳沢君の観測を述べたまえよ」
山伏はにやりと笑って、柳沢に説明を促した。
「フェアロイドが人間を拒絶するのは、フェアロイドにも人間に対する<不気味の谷>がある、って言うのが山伏さんの説ですよね」
「そうだよ」
「その谷を埋めに行ったんですよ。きっと」
「だから、どうやって?」
「彼は、まずフェアロイド以前に適合検査プログラムを懐柔した」
柳沢は、自分で言いながら、ちょっと笑っている。
「うんうん。適合検査プログラム自体もAIだからね。ありうることだよ」
「懐柔方法は、適合検査プログラムが用意する舞台を褒めること。その舞台に、真に共感を持って接する事」
「なるほど。適合検査プログラムと人間は外見も内面も全く異なるアイデンティティだから、谷は浅い訳だ」
「次に、フェアロイドの興味を引く。自分に興味を持ってもらう様にする」
「わかった。追いかければ逃げてしまうから、自分自身をディスプレイして興味をひかせたわけだ」
「そうですよ、韮山さんはまさにそういう行動をとりました」
「で、セピアが引っかかったと。でも、それだけじゃ検査プログラムは同期したとは言わないだろ」
「抱きついたんですよ、彼」
「セピアにか?」
「そうです。多分、セピアには韮山さんの身体の、かなりプリミティブな情報が、EMRを通して強制的に流れたと思います。そしてセピアの身体の情報も韮山さんに流れた。それを、韮山さんは共感を持って接したと思います。それがさらにセピアに流れる」
「セピアは拒絶しなかったのか」
「しませんでした。する暇がなかったんじゃないかな。多分、セピアにとっては未経験の体験だったから、心理的衝撃がものすごく強く、ニューラルネットワークは新皮質レベルまで、一気に構築されたと思います」
「ほう」
「構築されてしまえば、このループは韮山さんと同じベクトルとなる。そうすると適合検査プログラムは「適合」の太鼓判を押すわけです」
最後の方は、笑い声混じりの柳沢だった。
「面白いね。柳沢説、データで裏をとって行ってみようよ。だけど、何でセピアだったんだ?」
「セピア自身が韮山さんに興味を示したんですよ」
「ほう」
「セピアは白石君が可愛がってたじゃないですか。彼女は何かあると何時もセピアを引っ張り出して使ってましたよ。セピアは他のフェアロイドよりも人間に対する親和性が高かったんじゃないですかね」
「そう言えば、和田君が使っているライム君も太田が可愛がってたなぁ」
ともあれ、2人目のE2Pユーザーが現れた。それに、E2Pと同期するための新たな手がかりを韮山が示してくれた。
臨床室の別途に腰かけた二人は、自分たちの目指す未来が明るくなった気がして、思わず肩をたたき合った。




