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◆特別プロジェクト

 学はスーツ姿で、緊張した面持ちでそこに立っていた。

 まるで大学の教室のように机が配置され、奥にはひな壇がある。ひな壇には眼光の鋭い初老の男性が立っており、それと対峙する様に、右側に数名の警視庁の刑事と思しき人間、左側に学も顔見知りのAIC社員数名が立っていた。学が立っているのは桜田門にある警視庁舎内の1会議室の末席だった。


「では辞令をお渡ししますので、名前を呼ばれた方は、順番に前に出てきて下さい」


 会議室の一番奥に控えていた事務方と思しき女性が、順に名前を読み上げた。

前に進み出た人間に、先程の初老の男性から一枚の厚紙が手渡される。受け取った人間は一礼して自分の元居た位置に戻った。

 柳沢が作成したプローブに関する報告書は、社内レビューをした上でAIC社から正式文書として警視庁公安部宛に提出された。

 それから暫く音沙汰がなかったのだが、梅雨も真っただ中となった先週末、学は社命により他の社員と一緒に、警視庁公安部が用意したスクリーニングテストを受けさせられた。更にその午後にはAIC社重役との面談が用意されていて、フェアロイド依存症事件を含む一連の事件捜査チームへの参加継続の意思を聞かれた。

 学は意思ありとの回答をしたが、未成年で正社員ではなかったから、その夜には保護者の同意を得るべく、AIC社の重役と警視庁公安部の人間が、わざわざ学の自宅までやってきた。和彦も咲江も突然の来訪で驚いていたが、学が巻き込まれた事件とその成果の話を聞き2度びっくりした。もっとも、事件の秘匿性の観点から、訪問者が学の両親に話した内容は全てではなく、また一部嘘ではないものの脚色して伝えられていた。

 訪問者は、学の技術力、論理性、何よりもE2P型のフェアロイドと同期が取れる、現状唯一の存在である事を説明し、更に、事件解決には学がなくてはならない存在である事や、それが国益に結びつく事など、少々過剰な褒め言葉も含めて両親を説得した。

 最初、和彦は反対し咲江は涙ぐんでいたが、学が今まで黙っていた事を謝罪し、継続して捜査に関わる事を許可してほしいと両親に深々と頭を下げ、公安部の人間も学の安全は最大限確保すると、学にも増して深々と頭を下げると、そこまで言うならと両親は折れ、学は今ここに立っている。


「AIC社フェアロイドシステム開発本部 研修員 和田 学さん」

「はい」


 学は返事をして、前に進み出た。一礼して辞令を受け取り、戻った。辞令を見たが、


──────────────────────────────

 和田学殿 貴殿を内閣府管掌の特別プロジェクトへ編入する。

──────────────────────────────


と記載され、それ以外は事務的な文言が並ぶのみで、事件や固有名詞などは一切記載されていなかった。


「国から報酬が出るのね」

「なんか却って怖いわ。何をさせられるんだろう」


 既に辞令を受け取っている太田と白石が小声で話していた。二人も事件の内情を知る身だ。当然声がかかっている。山伏と柳沢もこの場に居り、辞令を受け取っている。

 学は辞令を受け取る最後の人間だった。学が席に戻ると、先の女性が全員に着席を命じ、辞令を配布した初老の男性が挨拶を始めた。


「公安部の皆さん、出席有難う。また、AIC社の皆さんには、こちらまでご足労いただき有難うございました。さて、ここにお集まりいただいた皆さんは、既に警視庁のフェアロイド依存症事件対策室にご協力頂いている事と思いますが、本件は内閣府の特命プロジェクトとして再編成されました。内閣府より指名された皆さんには、引き続き本プロジェクトに参画して頂く事になります。後は麦草君、よろしく」


 麦草と呼ばれた30代後半のスレンダーな女性が立ち上がり、壇上に上がると早口で口上を述べはじめた。内閣府の特命プロジェクトという言葉で、会議室内は少々ざわついたが、麦草の通る声がそれを落ち着かせた。


「警視庁公安部の麦草 智恵理です。繰り返しとなりますが、昨年3月に発生いたしましたフェアロイド依存症事件捜査、及び、同一犯の類似事件の発生防止対策に関しましては、従前、警視庁管内の刑事事件として十石警部が扱っておりました。本年4月に発生しました横田技術研究所事件におきましては、未然とまでは至らなかったものの実行犯の特定、証拠品の押収、行方不明者の救助等一定の成果を得ました」


 十石警部の名前が出てきて、学の脳裏には、ふと地べたを這いずるように遺留物を探している十石が現れた。この場に居ないことが学には残念だった。


「一方、公安部では、全く別件の捜査案件において、捜査線上にある政治団体と民間企業が浮上し、それが本件と強い関係性を持っていると思われる、いくつかの証言を得ております。むしろ公安部が捜査中の案件の各種犯行結果が、フェアロイド依存症事件を初めとする事件として表れていると公安部では推測しております。」


 民間企業とはBV社のことだ。それは伏せなくても皆知っていた。


「さて、今般AIC社の柳沢医療チーフから、コミュニケーションワールドトーキョー参加者が、当該民間企業の製品体験コーナーにおいて<体験させられた>直後の脳機能に関する、詳細なレポートを送って頂きました。柳沢さん、有難うございました」


 急に名前を出され礼を言われたので、柳沢は、目線はそのままでちょこんとお辞儀をした。麦草は、お辞儀をした人間をちらっと見て、あぁあれが柳沢か、と認識したようだった。


「実は、公安部においても当該民間企業が何かを行う旨の情報を得ていましたが、それが何かが判っておりませんでした。事後においても何がなされたのかを掴むことが出来なかった訳ですが、公安部は我々の情報と柳沢レポートを総合して判断する事により、犯人の狙いがどこにあるかを推測できました」


 麦草は再びAICの社員にお辞儀をした。ライムのあの時の気づきが、事件の大きな進展に寄与しているということが、学には肌で感じられた。


「本特別プロジェクトにつきましては、今後、私、麦草が主管となりますのでよろしくお願いいたします。特にAIC社の皆さんにおかれましては、これが内閣府の特命プロジェクトであり、なぜ公安部がスクリーニングテストを用意したかを想像していただけると、事件の重要性、秘匿性をご理解いただけるかと思います。本件で接した情報は、くれぐれも公開しないよう予め申し上げておきます」


 弾幕の様に言葉を吐いて麦草が着席すると、事務方の女性から今後のプロジェクトのスケジュールが説明された。プロジェクトチームは大きく2つにわかれている。「チームリアル」と「チームバーチャル」と、ベタな名前がつけられていた。

 学を含むAIC社員は全員チームバーチャルで、チーム本部もAIC社内に作るという事になっていた。

 プロジェクトの期間は今から約一年となっている。ただし延長の可能性もある旨の説明があった。

 事務方の説明が終わると、全員起立し、一礼して会議は解散となった。出席メンバーは或る者は即座に会議室を出、ある者は他の参加メンバーと挨拶をしていた。


「麦草さん、取締役の土肥です。ご説明有難うございました。よろしくお願いいたします。明日からご一緒させていただく私どものスタッフをご紹介いたします」


 恰幅の良い初老の男性が挨拶をした。学と面談し、学の両親にも挨拶をしたAIC社取締役が、この土肥だった。


「こちらに居りますのが、フェアロイドシステム開発責任者の山伏です。その隣が、フェアロイドシステム医療チームリーダーの柳沢です。」


 土肥は山伏と柳沢を呼び寄せて麦草に紹介した。


「では、私もうちのメンバーを紹介しましょう。天城、韮山、ちょっとこっち来て」


 麦草に呼ばれて、二人の男性が麦草の所に歩いてきた。山伏が移動してくる二人を眺めているとその後ろに所在無げに立っている学が目に入った。

「おーい、和田君。和田君もちょっとこっちに来てよ」


 ちょっと離れたところでその光景をぼんやりと見ていた学だったが、山伏に呼ばれてそちらの方に行くと、二人の男性を紹介された。

 天城と名乗った男性は、30台前半の短髪でがっしりとした体形の体育会系で刑事としては頼もしい感じだった。一方、韮山と名乗った男性は、他の人間とは雰囲気が違った。歳は20代後半だろうか? 眼が優しく鼻筋の通った長身の美男子で、カールした長髪を肩口近くで切りそろえている。


「2人は今回の様なIT関連事件では、解決の為の様々なITスキルを発揮してくれています。」


 麦草の紹介後、山伏が学を紹介した。


「もう一人紹介しておきますよ。当社研修員の和田です。先日発生した横田技術研究所事件で、発生初期に犯人につながる重要情報を取得致したのが彼です。そして柳沢レポートの脳波も彼の物です」

「君が最近良く名前の出てくる和田君かぁ。よろしく頼むよ」


 長髪の美男子がにこやかにお辞儀をした。


「では、明朝9時に伺います。とはいっても、最初は資料や機材の搬入、ネットワーク系の動作確認になりますので、ミーティングは夕方4時からとしておきましょう」


 麦草が明日のスケジュールを簡単に山伏に伝え解散となった。一行はそれぞれ取締役と警視庁の重鎮に挨拶をしてほぼ同時に会議室を出たので、エレベーターには先ほど挨拶をした面々が同乗している。

 乗りこむと韮山が学に再び声をかけた。


「和田君、そういえばフェアロイドは持ってきてないの?」

「重要な公式行事と聞かされていたので、会社に置いてきました」

「そういえばE2Pフェアロイドは君しか使えないんだって?」

「はい。その様ですね」

「ふぅむ。僕もちょっと試してみたいなぁ。山伏さん、明日のミーティングが終わったら試させてもらえませんかね?」


 韮山に声を掛けられて、山伏は振り返った。


「良いですよ。柳沢さん、白石君、今日帰ったら準備しておいてくれ」

「はい。分りました」


 二人は快諾したが、そこに背を向けていた麦草が割り込んだ。


「韮山君、あんた、AICさんのシステムで変なことしないでよね」

「やだなぁ、麦草さん。いくらなんでもターゲット以外には手を出しませんよ」


 麦草はそれには答えず、山伏の方を見て言った。


「彼ね、ネット上のハンドル名は明かせないけど、元は名の知れたハッカーで、システムの脆弱性を突いてバックドアを作る天才なのよ。まぁ、それで私たちも色々とね……」


 麦草は口籠った。それを見た山伏達は、公安が表には出せない逸材を抱えていると言った印象を受けた。



 翌日のチームバーチャルのミーティングは、予定通り午後4時から始まった。元対策室の小部屋は、すでに公安部が荷物を搬入して手狭になってしまったため、山伏は別の会議室をセットアップしていた。

 チームバーチャルに任命された公安部の刑事と、山伏以下、学を含むAIC社員、全員が出席していた。今日はライムも会議に参加している。ライムどころか、プローブを打ちこまれたAIC社員全員が、フェアロイドを会議に持ち込んでいた。

 フェアロイドが幾ら日本を席巻したと言っても、旧態依然とした体制下の警視庁公安部では、こういう光景は見られないだろう。


「AIC社の会議は、いつもこんな感じなの?」


 別に馬鹿にしているわけではないが、文化の違いの様な物を見せつけられた麦草は、思わず質問してしまった。


「持ってくる人間は持ってきますよ。記録をとるのに便利ですからね。フェアロイドに仕事をさせている社員もいるくらいです」


 山伏は冗談めかして言った。が、その後に言葉を続けた。


「ですが、今日持ってきている理由は別の所にあります。柳沢レポートは読んでますよね」

「なるほど。会議中でもカナリアが鳴く可能性はあるわね。」


 麦草は、山伏が「カナリア」と言っていた事を知っている。だが柳沢レポートには、そんなことまでは載ってない。さすが公安部、情報網は侮れないと山伏は感じた。


「さて、本日はお忙しいところ集まって頂いて有難うございます。今日は上役も居ない事だし、ざっくばらんに行きましょう」


 ミーティング開始に先立って麦草が言った。それを受けて、AIC社側では実行責任者である山伏が口を開いた。


「麦草さん、我々は、公安部が何を押さえていて、なぜ内閣府プロジェクトなんていう大それたものになったのか、全く知らされていないのですが、まずその辺から教えてもらう訳にはいかないですかね」

「そうね。双方の認識を合わせないとね。何から話そうかしら」


 麦草は少し考えてから話始めた。


「公安部が出した現状の結論から先に言うわね。犯人組織には新進の政党「新党明日の日本」と、そのバックにカルト教団「光の翼」がいるわ。今の所、どちらが真のトップかはわからない。党は政権の早期奪取が目的。教団は信者の獲得が目的。お互いの利害が一致しそうなので、手を握っている模様。ちなみに手を握ったのは約1年半前。」

「BV社は?」

「BV社は部分的に関与しているみたい。党と教団の手を握らせたのもBV社の幹部だった様よ。『部分的に』の部分はVOPEシステム事業本部。本部長は別にいるけど、この本部の事実上のトップは長尾氏。だけど彼は表には出てこないわ」

「長尾?」


 山伏は、思わず腰を浮かせた。柳沢も思わず唸った。


「長尾氏が犯人組織に与する目的は、AIC社への復讐。長尾氏は約1年半前にAIC社を退職してるわね。長尾氏のAIC社在籍時の肩書は<フェアロイドシステム戦略事業部長>。その後半年ほど個人コンサルタントをやってからBV社に入社してる。明神氏が退職したのは約2年前……何かあったのよね、ここで。1年半から2年前に」


 山伏は当時の話を語らざるを得なかった。


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