◆プローブ
その日、東京ビッグサイト周辺は人でごった返していた。世界的にも有名な通信・情報処理関連一大イベントで、日本企業のみならず海外からも出展があり、見学者も国際色が豊かだ。
広大な面積の会場は、事業分野ごとに区画され、更に主な取り扱い製品の分野ごとに区画されていた。各企業のブースは出展料に応じて大きさが決められていたが、AIC社とBV社のブースは、その大きさで双璧となっていた。両者の事業分野は同じなのだが、主催者は双方を気遣って、区画の対角線上の離れた位置にブースを配置した。配置も対照的だったが、集客も対照的になっていた。
AIC社は、広いブースを確保したものの、展示しているフェアロイド3型とそのシステム、サービスには新規性が乏しく、既に7割方のユーザーがフェアロイドを使用している現状では、今更フェアロイドサービスを紹介されても、と言う雰囲気が見学者側にあった。自然、ブースは閑散としたものになっていて、説明員やコンパニオンは手持無沙汰にしている時間が長かった。
それに対してBV社は、ニュースでも紹介されたVOPEシステムを前面に押し出しての展開で、当該システムのコーナーの面積だけで8割も割いており、話題性もあり体験も出来るとあって、連日、集客率は他社を圧倒していた。
最終日も午後になると、ますます人が増え、5月にもかかわらず室内気温は真夏と変わらくなっていたが、BV社のブースはさらに気温が高かった。
そのBV社のブースの楽屋裏に、アイスコーヒーを持って入って行く説明員の女性の姿があった。
「暑いわねぇ。冷たい飲み物を持ってきわ」
「3日間も良くまぁ興味本位で人が入るもんだ。連日暑くて参ったよ」
説明員にコーヒーを差し出された男がキーボードを叩く手を休めて答えた。男は高温の室内にもかかわらずサングラスとマスクをしている。だが山伏や学なら、その男の声を聞けば誰かがわかるだろう。
「だいたい、危険を冒して俺がここに居る理由はあったのか?」
「あら、あなたが居なくちゃ、もしシステムに何かあった時に私では対応できないわ」
女性説明員は地味なスーツを着て化粧っ気もなく髪の手入れもいい加減な、見るからに技術者然とした雰囲気だったが、男と会話するその台詞は妙に艶めかしかった。
「今回のシステムは、せっかく<体験>してもらっても、外から見たら何も変わらないから面白くないわね」
「変わったら困る。それこそ事件だ」
男はマスクを少しずらしてアイスコーヒーのストローを口に含んだ。
「何人<体験>してくれたのかしら」
「総数は問題じゃない。発信力、影響力を持っている人間が何人ひっかかったかだ」
「私は体験コーナーに戻るわ。暑いけど、あと半日だからフォローよろしくね。帰りに美味しい物でも食べましょう」
女性説明員が出て行くと、男は再びキーボードをたたき始めた。
「どうだ、集客の状況は?」
「山伏さん! 今日は講演ですか?」
「いや、若いのを連れて市場調査。……見たところあまり芳しくないようだな」
閑散としたAIC展示ブースでは、山伏が1人の説明員に声をかけていた。昨年まではフェアロイドのAIシステム開発者と言う事で、講演の依頼がひっきりなしに来ていた山伏だったが、事件を境に急激に依頼は減り、今年は声がかからなくなっていた。なので、山伏は一般見学者と同じカードを首から下げている。
「まぁ、見ての通りですよ。フェアロイド3型もサンプル展示してるんだけどなぁ」
「目玉のサービスがないからな。お客は1型の焼き直しだって知ってるよ」
「でも、価格は2s型なんかより、ずっとリーズナブルですよ。もう少し興味を持ってもらっても良いと思うんだけどなぁ」
「さてと、敵さんの状況も見てくるかな、あれ? 和田君と太田はどこ行った?」
山伏があたりを見回すと、学は動態でサンプル展示された3型を手にとっていた。肩に乗ったライムが3型に挨拶をしており、後ろで太田が展示パネルを読んでいる。
「どうだい? 3型は」
山伏は学に歩み寄り声をかけた。
「う~ん、正直なところ姉が持っている1型と違いがわかりません。サーボモーターの音するし」
「まぁ、その辺は安普請だからな。高級機の2s型とは違うよ。それでもAIの容量はアップしてるそうだよ。AIの中身で勝負って感じだな」
「3型開発は隣の部署だから、山伏さん冷たいわよね。運用保守側の私はこれだって可愛いフェアロイドよ」
突っ込みを入れたのは太田だった。
「さぁ、そいつは置いて、VOPEシステムを見に行こう」
図星を突かれたのか、山伏はそそくさとAICブースを後にした。学と太田は人をかき分けながら山伏を追いかけた。
先に気付いたのは女性説明員だった。混雑した体験コーナーの後方に山伏の顔を認めた。その後ろにも見覚えのある顔がある。女性説明員は山伏には1回も顔を見られていない自信があったが、念のため自分の顔が山伏に見えない様、展示柱の陰にそっと移動し、一呼吸おいてから楽屋裏に入っていった。
「ねぇ、山伏が来たわよ。あと、この前の坊やも」
「あぁ、ブース内のカメラで確認した。面白い事になったな。一応お前はもう出るな」
「あの山伏がシステムを<体験>しちゃうのね。後の事を考えるとワクワクするわ」
二人がブースカメラのモニターを見ていると、待ち行列が徐々に進み、それに従って山伏達が体験コーナー前列に移動してくるのが見えた。
「ふぅ。体験するのも一苦労だな」
「まさか、あの事件の様な事はしてこないですよね?」
「これだけの公衆の面前では、流石に何もできないだろう」
山伏の目は笑っていなかった。むしろ、何かあるのであれば我が身をもってそれを知りたいという決意を秘めた目だと学は感じた。
体験コーナーは入れ換え制だった。コーナーには体験客が腰掛けられる様な簡易ベンチが何台も、ブースの簡易ステージに向かって弧を描く様に並べられており、体験者は前から順に座らされた。100人の体験希望者が全員座ると、数人の説明員が例のU字型をした機械を順に首にかけて行った。ライムを肩に乗せていた学は、それを一旦外す様に説明員から言われた。
「俺の表情とか何か変なところがあったら記憶しておいてね」
そう言ってから、学はライムに接続されるEMRケーブルを外し肩からおろし、膝の上に対面で座らせた。EMRを使っている事は知られたくなかったので、学はすばやく首筋のパッドを外し、ゴーグルと共にかばんに仕舞った。
学がU字型の機械を首にかけてもらうと、首筋に何か粘着質のものが貼りつく感覚を覚えた。さらにカチューシャを頭に付けてもらった時、頭皮に軽くしびれるような感覚を覚えた。
「カチューシャの方もEMRですかね?」
「新開発のものの様だな、物理的に指向性を持たせているのかな。それにしてもEMRの数が多そうだな」
山伏は一旦装着されたカチューシャを自ら外し、しげしげと眺めていた。カチューシャは横から見るとV字型をしていて、孤の内側に歯の短い櫛のように何本もの突起物が出ていた。前頭葉と頭頂葉をカバーするEMRと想像できた。
全員の機器装着が終わると、ブースの簡易ステージにテレビでも見たことのある滑舌のよい女性タレントが現れた。
「皆さん。本日はBV社のVOPE体験コーナーにお越しいただき、有難うございまーす。さて、体験して頂く前に、BV社が見据える未来を簡単に紹介させていただきます」
女性タレントが台本も見ずにBV社の企業理念や業務分野に関する説明をし始めた。よくもまぁ覚えられるものだ。プロはやはり違うな、と学は感じた。
「では本番です! ここに100体のVOPEが現れます。ご覧ください」
すると、今まで見ていた風景に、いきなり制服を着た女性が100人現れた。それぞれVOPE体験者の横に立っている。もっとも近い女性が学に声をかけた。
「はじめまして、私はID0601787と申します。本日はコンパニオンとして参加しております。どうぞよろしくお願いいたします。さて、VOPEシステムとは……」
コンパニオンとしてのVOPEからシステム概要を聞き、逆にVOPEから質問や要望を求められ、質問するとVOPEがそれに対応するという流れだった。体験自体は5分ほどで終了し入れ換えのため学たちはブースを後にした。
「見ていて、なにか変わったところはあった?」
学はライムを肩に乗せると、早速訪ねてみた。
「特に変わったことはありませんでしたが、何か印象深い映像などを見せられたのですか?」
「いや、あんまり面白くなかった。いつもデディケートモードでライムと繋がっているせいかな」
「実はVOPEの女の子が可愛くて学さんのストライクゾーンだったとか、ありませんでした?」
「何言ってんだよライム、そんなのないって」
「それは、ちょっと変ですね」
ライムは考え込んだ。
「学さんが私との接続を回復した後、私は学さんの記憶領域を広域スキャンしたのですが、その時、明らかに新皮質で真新しい記憶ループが活性化してたんです」
「記憶ループが活性化?」
「学さんと一緒に読んだ本に書いてあったでしょう。通常、短期記憶はいきなり新皮質の長期記憶領域には書き込まれないって。生死に関わるとか、そこまで行かなくても心臓がドキドキするような印象深いものは別ですけど。だから聞いたんですよ?」
「え? そんな後に残るような体験なんて、してないよ、やだなぁ、相手がBV社だけに。もう一度スキャンしてよ、ライム」
「はい」
暫くしてからライムが答えた。
「今は、さっき活性化していたところは静かですねぇ」
「勘違い、ってことはないんだよな?」
「広域スキャンなので、誤検出というのはあります。それに、この領域が活動したとしても、何かを思いだす程度だと思いますよ」
ライムとそんなやり取りをしていると山伏と太田が話をしながら近寄ってきた。
「まぁ、これならパーソナルユースのユーザーは繋ぎとめておけるかな。ビジネスユースでは顧客を取られるかも知れないがね」
「うちもBV社みたいに、仮想フェアロイドを用意すればいいんじゃないですか? 技術は既存の物で出来るんでしょ?」
「うーん、2s型までは出来る。けど、E2Pでは出来ないなぁ」
山伏は学が浮かない顔をしているのを見咎め、声をかけた。
「どうした和田君?」
「いや、ライムがですね……」
にこやかに聞いていた山伏だったが、話が進むと顔が真剣になった。
「つまり、ライム君のスキャンが正しいとすれば、我々は奴らにプローブを打ち込まれたことになるな。」
「えー、止めてくださいよー山伏さんー」
太田が身もだえしながら訴える。
「いいじゃないか。これで奴らが何をしてくるのか実際に掴むことが出来る。プローブを打ち込まれた事が分かっていさえすれば、何も怖いものはないさ」
山伏は太田を励ますように言った。
「山伏さんは、どんなものだと想像していますか?」
「社に帰ってから柳沢の意見も聞きたいところだが、一種のサブリミナル効果を狙っているんじゃないかな?」
「サブリミナル?」
「そう。潜在意識に訴える刺激だ。本人に意識はないが身体が欲する様に誘導する刺激だよ。これ自体はかなり昔から知られている。映画とか音楽とかで」
「眉唾でしょ? サブリミナル効果って」
学の質問に山伏が答えていると、太田が横から口を挟んだ。太田はサブリミナル効果が何かを知っているらしい。
「昔の報告は確かに眉唾だよな。映画でコーラが売れたとかポップコーンが売れたとか。でも、EMRを使って直接潜在意識を埋め込めるとしたら、それは眉唾じゃなくなってくる」
「何それ怖い」
歩きながら話をしていたため、学たちは会場の出口近くまで来てしまっていた。
「ま、心配するな。潜在意識下に何かを埋め込まれたって、前みたいに人間を意のままに操る様な事は出来ないよ。さ、帰って仕事仕事」
言うや山伏は早足で歩いて行った。




