◆ブービートラップ
「止めろぉ!明神!」
山伏は叫んだ。山伏の前には警備員以外に4人の男が立っている。皆ゆらゆらと揺れて進路を妨害していた。山伏が彼らを無理やりどかして走り出そうとした時、再び警備員が口をきいた。
「動くなよ。全員殺すぞ。山伏はもうやり方がわかっただろう?」
「くっ」
山伏は動きを止めた。
「良い判断だ、山伏。そのまま突っ立ってろ」
警備員はゆっくり十石の方を向いた。
「十石さんと言ったね。取引をしよう」
「どんな取引でも無駄だ。逃げられんぞ」
「いや、あんたは取引に応じるよ。俺たちはこれからあんた方が追ってきた黒いマイクロバスに乗ってここを出る。だから、門の前の覆面パトカーをどかしてほしいんだ。そうしたら下にいる人間も含めて全員あんたらに生きたまま渡してあげるよ。簡単だろ?」
「一方的な提案だな。第一パトカーをどかそうにも、俺は外の刑事に連絡も取れない」
「ちょっと待ってな」
先ほどの階段から足音が聞こえてきた。今度は上の階からだった。足音は大きくなり3人の人間が通路に現れた。3人とも暗めのスーツを着ている。体格のがっしりした背の高い男と身長が低めの女、そして中肉中背でアンテナのついた装置を手に持っている男。全員バイク用のフルフェイスのヘルメットを被っていた。
「十石さん。あんただけついてきな。下手な動きをすりゃ、こいつで全員死亡だ」
山伏は久々に明神の肉声を聞いた。装置を手に持っている男だ。3人ともヘルメットのスモークシールドの所為で顔が見えなかったが、確かに聞き覚えのある明神の声だった。
「明神、こんな事をして済むと思っているのか?」
「済むかどうかは、これからのお楽しみだよ、山伏」
ヘルメット姿の明神は笑いをかみ殺すように言った。3人は十石と少し距離を取って、学たちがいた場所とは反対側に歩いて行った。通路の突き当たりにはセキュリティドアがあり、そこを開けると黒いマイクロバスが到着した時のままで停車していた。背の高い男が運転席に座り、スーツ姿の女が施設のシャッター昇降ボタンを押してから後部座席に乗り込んだ。ゆっくりとシャッターが上がっていく。
「もうAIC網に繋がるぜ。あんたのスマホで外の警官に車をどかす様に言ってくれ。それと追うなと言っておけよ」
明神は助手席に乗り込みながら十石に言った。十石はスマートフォンで回線を接続すると、しぶしぶ外の警官に対して指示を出し、指示を受けた警官は門をふさいでいた覆面パトカーを移動させた。
「あいつらを死なせたくなかったら、俺たちの車を追うなよ。このリモコンの圏外になるまでは下手な動きをしないのが身のためだ」
明神はそう言い残しマイクロバスを出発させた。外の警官は出ていくマイクロバスを見送るしかなかった。
バスが敷地から出るのとほぼ同時に道路の反対側から医療チームの車が到着した。シャッターの脇に立っていた十石は大きく手を振って医療チームの車を呼び寄せる。
「館内でヘルメットをかぶってうろうろしている奴全員に全身麻酔をかけてくれ。急いで! 奴は自分が安全圏に入ったら必ずこのシステムを消しにかかるぞ。その前に全員に麻酔をかけて眠らすんだ。完全に眠ってからヘルメットを取れよ」
医療チームは各階に散って行った。それを見届けてから十石は本部に電話をかけ、街路カメラのリアルタイムモニターを指示した。
「いいか、大通りに出れば必ずあの黒いバスが街路カメラに映るはずだ。見落とすなよ。見つけたら行先に先回りして網を張っておけ。神奈川県警と埼玉県警、方向によっては山梨県警にも協力を要請しろ。車のナンバーは…」
一通りの指示が終わると十石も応援の為、被害者の多そうな地下に向かった。山伏と学は警察関係者があわただしく働く中、やることもなくその場に立ち尽くしていた。学の目の前にいた男4人も医療チームスタッフに麻酔注射を打たれ、次々と床に寝かされた。指揮者を失ったため特に反抗する様子はなかった。
医療チームのメンバーは意識がなくなったことを確認してからそっとヘルメットを脱がす。4人のうち1人は晃だった。表情をなくしていたのでよくわからなかったが、肩に載せていたのは愛梨だ。今は床に寝かされた晃の脇にヘルメットと接続されたまま転がっている。
「あの、彼は俺の友人で正丸晃と言います。どこの病院に連れて行くんですか?」
学が医療チームのスタッフに伝えると、そのスタッフは学にすぐには答えず、無線で本部に晃の照会のためのやり取りを行い、ついで学に氏名を尋ねた。
「俺ですか? 俺は和田学です。被害者確認のため十石警部に連れてきていただきました」
「ありがとう。本部も正丸晃君が今回のリストに含まれていたことを確認できた。正丸君は念のため新宿の専門病院に連れて行くことになっている。正丸君のご両親にも連絡する必要があるので、連絡先を知っていたら教えておいてほしい」
学がスタッフに晃の住所と家の電話番号を伝えると、スタッフは手持ちのタグにマジックでメモし、それを晃の服のボタンに括り付けた。更にごみ袋大のビニール袋を広げ、慎重に愛梨と愛梨が接続されたヘルメットを抱え袋に納め、マジックで大きく<正丸晃所持品>と記載した。
「ここに居ても邪魔になるだけだから、駐車場に出ていようか?」
「そうですね」
学の足元では医療チームの別のスタッフが、持ってきた担架に晃を乗せ駐車場に運ぼうとしており、山伏と学はこれに付き添うような形で外に出た。すでに駆けつけた救急車が2台停まっている。
学は晃が救急車に運び込まれるのをじっと見守っていた。
しばらくして、ハンカチで鼻と口を押さえた十石が施設から出てきて山伏と学のところに歩いてきた。近寄ってきた十石の服から、少しアンモニアとメタンの臭いがする。
「下には12人ほど被害者がいたよ。今回連れてこられた被害者以外に、年初から行方不明になっていた人間もここにいるようだ。所長やそこで寝ている警備員もおそらく行方不明者リストに載っている人間だろう。あ、今行かない方がいいぞ。下は酷い状態だ。衛生的にも最悪の状態だ」
建物内に入ろうとした山伏に十石は自制を促した。
2台の救急車に晃たちを運び込んでいる間に、更に複数台の救急車が到着した。地下からは麻酔を打たれた人間が担架で運び出され救急車に載せられ、次々と病院に搬送された。十石は駐車場でその作業を見守りながら山伏と学に地下の状況を話した。
「地下の部屋は3か所に分かれていた。一番手前の部屋には今回の会合に参加したメンバーのうち、上で見つかった残りがいたよ。次の部屋は男6人と女2人が入っていた。言っちゃ悪いが糞尿が垂れ流しでな、ものすごい臭気が立ち込めていたよ。最後の部屋も似たような感じだったが、ここは誰もいなかった。男物の服が2着脱ぎ捨てられていたので、ここに所長と警備員の男が監禁されていたのではないかな?」
「明神の奴、システムを止めませんでしたね」
「自分も逃げるのに必死だからな。人質を殺したら即座に捕まると思ったか、あるいは、そもそもリモコン装置なんてハッタリだったのかもしれないぞ?」
山伏は、十石が考えるほど明神は甘くないと思っていた。何か裏があるのではないか? と考えていた。
「ところで和田君、君はどうしてこの施設に目を付けたんだ?」
一通り指示を終え、作業進捗を確認するだけの立場となった十石が学に質問した。
「そうですね、自分なりの推理の結果なんですが…電波を遮断できるマイクロバスに乗っているせいで松姫刑事から定時連絡がないとすれば、松姫刑事自身それを自覚しているはずでチャンスがあれば連絡をしようと試みるはずと思ったんですよ。ところが、連絡はなかった。あの時すでに4時間くらいたってましたよね。さすがにその時点でもバスで移動しているとは考えにくい。それに移動していればどこかの街路カメラに写っていたはずです」
「確かにそうだなぁ。幹線道路に出れば、街路カメラがある。一旦見失っても特徴のある車体だ。すぐに再追跡できるなぁ。でも、なぜ建物を絞り込めたんだい?」
「松姫刑事はリアウィンドウに警察の備品のフェアロイドを置くような機転の効く人です。バスを降りれば必ず犯人の隙をついて連絡を取ろうとするはずです。一方、犯人はわざわざ展示住宅でプロモーションして自発的にバスに乗せた様な連中です。被害者を脅して従わせるような事はしなかったと思います」
「で?」
「なので、バスを降りたその場所も通信を出来る環境じゃなかった、と考えたんです。つまり、バスごと通信のできないエリアに入ったって判断しました。そこで大規模に電波をコントロールできる施設、つまり電気通信系の実験・研究施設で絞り込んだんです」
学の説明はいつも論理的だと、十石は感心していた。
「でも、今考えるとたまたま当っただけですよ。俺は、なんとなく電波暗室を連想してしまって2軒を選び出しましたけど、実は外の電波を入れない、外に波を出さないというだけの仕組みであれば、それほど難しくないです。電子レンジみたいなものですから」
「まぁ、でも、そうなのかもしれないが結果は当たってたじゃないか」
「十石さんこそどうして? この施設を最初に見た時には変な感じはしなかったですけど?」
「刑事の感って奴かな? 長年やってると、口には表せないが雰囲気でおかしいというのがわかるんだよ。建物や駐車場や守衛室の雰囲気が経験上ちぐはぐに見えたりするんだ。そしてここは怪しいと教えてくれるんだ」
「それこそ凄い能力ですよね」
学にそう言われて、十石はまんざらでもなかった。
かなり遅れて、鑑識チームと対策本部の情報処理専門チームが到着した。チームは十石とショートミーティングを行った後施設内に入って行った。すでに被害者は搬出済みで、警察による現場検証と証拠集めのフェーズに移っており、山伏も学もすることがない。山伏はサーバールームでの調査を希望したが、これは警察の仕事と十石に止められた。
学が、晃は大丈夫なのだろうか? 脳を破壊されていたりしないのだろうか? と思っていた時、それは起こった。
駐車場から見て施設の左半分、研究棟と呼ばれていた2階部分の窓ガラスが一斉に光り、耳を劈くような爆発音とともにガラス片が飛び散った。少し間があって室内が明るいオレンジ色に光り、窓ガラスがあったところから火が見えた。
驚いて施設の方に向かおうとした刑事たちを十石は一旦制止した。もしかしたら2度目の爆発があるかも知れないと判断したからだ。まだ残っている救急車とパトカーから車載の消火器を持ってこさせ、それから十石を先頭に施設内に入って行った。
サーバー室にはハロン消火設備が設置されていたが、爆風で部屋のはめ込みガラスが四散しており意味をなさなかった。それでも施設内の消火器と持ち込んだ消火器で何とか火は収まった。
十石は更に救急車を動員しなければならなかった。情報処理専門チーム3名全員とたまたま居合わせた鑑識チームの2名が重傷を負ったからだ。担ぎ出される負傷者から十石が現場の状況を確認したところ、情報処理専門チームがサーバー室を発見し室内に入ってコンソールを立ち上ようとした瞬間、サーバーラックが吹き飛んだらしいことが分かった。
「十石さん、明神がシステムを止めなかったのは、これをやりたかったからですよ。つまり我々がサーバー室でシステムを何とかしようとした瞬間に爆発を起こさせ、我々に危害を加えると同時にシステムを破壊する。もし、被害者たちが麻酔で眠っていなかったらシステム異常で1年前と同じ結末になる。明神は我々に肉体的だけでなく精神的にも更なるダメージを与えようとしたんですよ」
「ブービートラップか。それにしても、これだけの爆薬を用意できるとなると、明神という奴の属する組織は意外とデカいかも知れんな」
十石は悔しそうにつぶやいた。
「君らはもう帰った方が良いだろう。あとは警察に任せてくれ。誰かに送らせるよ。
…ところで和田君、君のフェアロイドは面白い形になるんだねぇ。知らなかったよ。最初はそんな翅はなかったはずだが…」
ライムはまだエンハンスドモードのままだった。すでにAIC網に入れる状態になっていたので、学はライムをノーマルモードに遷移させた。
翅が器用に折りたたまれ、自動的に肩甲骨のスリットに収まって行った。今まで翅で隠されていたが、学が破いてしまった服から背中が見える。
「学さん、やっぱりあの服、買ってください」
ライムは背中の破れた服がずれ落ちないよう、腕を組むようにして押さえながら、恥ずかしそうに言った。




