◆横田コア技術研究所
学たち一行が車の中で対策本部からの連絡を待っていると、十石のスマートフォンが鳴った。
「はい、十石。…おう、御坂か。…分かった。もう少し三国アットホームの人に話を聞いてくれ。後、鑑識のサポートを頼む。深夜だし期待は薄いから近所の聞き込みは明日にしよう」
十石は後ろの席の山伏に顔を向けた。
「展示住宅に鑑識と三国の人間が到着したらしい。今日は18時に営業を終了して19時には担当者があの家を施錠して帰宅したそうだ。今は鑑識が指紋採集と遺留品チェックをしている」
「十石さん、このまま対策本部の連絡待ちで良いんですかね?」
「うむ。俺もそれを考えていた。対策本部とは別のアプローチはないかな?」
学も一緒に考えていた。
映像に写っていたマイクロバスは電波を遮断する処理がされていた。だがマイクロバスから降りれば受信可能な状態になる。犯人が何かしようとするなら、位置が特定されるのは絶対に避けるはずだ。となると…。
学の思考を遮って再び十石のスマートフォンがなった。
「はい、十石。…あぁ、会合のメンバーが判ったのか…何?! …わかった残り1名の身柄確保も頼む! …あぁ、わかった」
「どうしたんですか? 十石さん」
「どうもな、会合のメンバーは全員マイクロバスに乗ったわけではないらしい。2名は展示住宅からそのまま家路に着いたようだ。その途中で1名が駅のホームから飛び降り自殺を図った。残り1名は家にも帰らず付近をウロウロしているらしい。GPS情報をオンにしてくれているのですぐ確保できるはずだ。今近くの派出所の人間に確保を要請している」
山伏と学は凍りついた。展示住宅で何が起こっていたのか? 1年前の事件の再燃か?
「これは、早く残りのメンバーの行先を突き止めないと」
「あぁ、わかってる」
十石は自分に言い聞かせるように言った。
暫くして亀石刑事がノートパソコンを持ってやってきた。
「十石さん、対策本部からこの付近の街路カメラ配置情報を送ってもらいました」
「おぉ。助かるな。見せてくれ」
「あんまり参考にはならないかもしれません。この付近一帯は、大通り以外は街路カメラが付いてないんですよ。さすがに各施設の監視カメラ映像は明日朝にならないと確認できないです」
亀石は言い訳をしながらパソコン画面に地図を表示し、ドア越しに十石に見せた。
「亀石さん、僕のライムにもそのデータを送ってもらっても良いですか?」
「あぁ、このデータは特に送っても問題ないかな。いいよ」
「ライム、デディケートモードに遷移して」
「はい」
学とライムは、何もない空間に移動した。
「亀石さんからデータが届きました」
「ライム、まずこの付近一帯の3D地図を僕らの前に展開して、それにもらったデータを重ね合わせてみよう」
二人の前にミニチュアの街が現れた。街は丁度学たちの腰のあたりに表示されたので、街頭から見れば学とライムの上半身がにょっきり立っているような感じだ。
街路カメラの位置が青白く光っていた。その光の点から水平方向に、扇方に光が伸びている。青白い光は徐々に暗くなっており、街路カメラの向きと映る距離を示していた。
「街路カメラの記録だと、この地点が最後にマイクロバスの写った場所だね。その時バスは北に移動していた」
学は3D地図の道を指でたどりながら言った。
「この辺でバスはカメラの視界から外れる。ここからわき道にそれるとしたら…ここと、ここと、ここ。こっちは別の大通りに出ちゃって、この街路カメラに映るはず」
ライムが気を効かせて、街路カメラの死角にあたる道路を色塗りした。更にその道路に面する建物も別の色で表示した。
「ありがと。分かりやすいよ。でも広いね。とても全部は回りきれないなぁ」
視覚の面積は約3km四方。工場なのでそれぞれの敷地面積は広いが、それでも3km四方あれば相当量の数があった。
「どうやって絞り込もうか?」
「学さん、さっき何か考えてましたけど、私にも教えてもらえますか?」
「あぁ、GPSやフェアロイドシステムネットワークから逃れてバスから降りる方法を考えてたんだよ」
そこまで言って、学は気づいた。何も外でバスを降りる必要はない。電波を遮断している建物の中にバスごと入ってしまえば良い。
「ライム、この中で無線通信系のメーカーかその関係会社の建物をピックアップしてくれる?」
「はい」
「OK。まだ結構あるね。じゃぁ、その中から建物に大きな入口のある建物を探してくれる?」
「ストリートビューで分かる範囲しか判断できませんけど、それでも良いですか?」
「しょうがないよ。まずはそこからあたってみよう」
「はい」
「おぅ。3か所に絞れたね。研究所っぽいのってどれだろう?」
「この中ですと、立石無線科学工業の研究所と横田コア技術研究所ですね」
「ありがと。ノーマルモードに遷移したら、その2地点のマップを亀石さんと十石さんのスマートフォンに送って」
目の前の3Dマップが崩れ、現実の世界が目に飛び込んできた。車はゆっくりと移動していた。
「あれ? どこに向かうんですか?」
「お、起きた? ごめんな、深夜にもかかわらず同行してもらって」
「いや、俺は寝てませんよ。デディケートモードでライムと繋いでました」
「今我々はこの工業団地を巡回して、活動している施設がないかを確認している。活動していれば、何らかの音や光などの手掛かりがあるはずだから」
「それだったら、十石さん、今ライムが地図を送ったので見てもらえますか? まずその区域から見て行ってほしいんです」
「OK、何か根拠がありそうだね。行ってみよう」
道程から先に到着したのが立石無線科学工業だった。ライムと見た衛星写真やストリートビューでは材質まで分からなかったが、街路灯に照らされてうっすらと浮かび上がっている建物はスレート製でプレハブ倉庫のような出で立ちだった。
建物は大きく建物の正面に大きなシャッターがついているが、建物には窓がいくつもついており、中で何かをしていたら絶対に外に明かりが漏れる構造に見えた。
「これだと、建物の中でも電波は入りそうですし、何かしていたら外から見えますね」
「そうだな。次に行ってみよう」
最初の施設からそう遠くないところに横田コア技術研究所はあった。先ほどの施設とは異なり、こちらは敷地も広く建物も立派だった。夜間のため門は閉ざされていた。門の脇に守衛の詰所があり、蛍光灯がぼうっとついているが中には人がいなかった。
十石は車を降り建物を眺めた。前の車に乗っていた亀石も車を降りて寄ってきた。
「特に変わった様子はないですね」
「いや、待て。ちょっと変な感じしないか? 亀石、お前対策本部に連絡を取って横田コア技術研究所の基礎情報を大至急もらってくれ」
「了解です」
山伏と学も車を降りた。
「和田君。君、お手柄だよ。多分ここに君の友達はいる」
建物の中にいる朱里たちは、門の外にいる2台の車とこちらを見ている人影に気づいていた。5分ほど前に守衛詰所に設置した隠しカメラが門の前に停車する車を捉えていたからだ。
朱里ともう一人の男が2階の電気の消えたオフィスのブラインド越しに外を見ている。
「朱里さん、まずいですね。どうやって嗅ぎつけたのか」
「4人、いや車の中に運転手がいる。6人か。人数が多いわね。どう対応するか…? まずは守衛殿に出張ってもらって時間稼ぎをしてもらいましょう。その間にサーバー室の明神さんに連絡を」
「奴、ちょっと臭いますよ?」
「しょうがないでしょう。あんたや私が出たら危険でしょう? 早く支度して」
門の前では十石と亀石が自分のスマートフォンにヘッドセットのジャックを差し込んでいた。
「聞こえるか亀石?」
「はい。問題ないです」
「本部は? …OK。じゃ、オンラインのまま行くぞ。亀石は常に電界強度を意識しろ。少し離れて歩けよ」
十石が相互に連絡をしていると視界の隅に光を捉えた。そちらに顔を向けると、50過ぎのヘルメットをした警備員が懐中電灯を手に持ってこちらに歩いてきた。肩にフェアロイドを載せている。
「夜分お疲れ様です」
十石が挨拶する。
「こんな夜分に何の騒ぎですか?」
「いや、今、ある事件の捜査を行っているんですがね、あ、申し遅れました。私は警視庁の十石と申します」
十石は警察手帳を見せてそう言った。
「ご苦労様です」
「この付近で黒塗りの不審なマイクロバスが目撃されていましてね。もしかしたら、この辺に潜伏しているのではないかと実地調査をしているんですよ。そのような不審車両をご覧になっては居ませんか?」
警備員は何も言わず首を横に振った。
十石は駐車場の奥にある建物のシャッター付近を見て話を続ける。
「どうもですねぇ、その不審なマイクロバスは、そのまま建物内に入ってしまった様なのですよ。こちらの施設はあそこに大きなシャッターをお持ちだ。あれならマイクロバスを楽々収容できますよね。大変失礼なのですが、中を確認させていただいても良いでしょうか?」
「シャッターの中は、現在実験中とのことなので開けることは出来ません」
学はさっきから気になっていた。この警備員からかすかにアンモニアとメタンが混じったような不快な臭いが漂っている。制服はおろしたてのようにきれいなのに、どこから臭うのか?
それと、十石と話す警備員の目が気に入らなかった。警備員の目は十石を捉えているが十石を見ているようには見えない。十石のずっと後ろを見ているような眼差しだ。会話は成立しているのに、どこか違和感があった。警備員には表情がなかった。
十石のヘッドセットに呼び出し音が流れた。警視庁のオンラインとは別の音声着信だ。十石がヘッドセットのスイッチを入れて応答すると、学の声が聞こえた。
「十石さん、あ、しゃべらないで。相手はフェアロイド経由で会話を聞いてるかも知れない」
十石は驚いて後ろを振り向いた。視線を横に向けている学がいる。何もしゃべってはいない。
「今、ライムに俺の代弁をしてもらっています。このまま繋ぎっぱなしでもいいですか?」
十石は警備員と対峙する一方で、スマートフォンのバーチャルキーを使って学にメッセージを書いていた。
「学さん、十石さんからメッセージです。読み上げますか?」
「頼む」
「『和田君、この警備員は変だ。悪いがライム君が記録した警備員の映像を対策本部に回してくれ』とのことです」
「OK。十石さんも気づいてる。ライム、至急映像を本部に回して」
「はい。…送信しました」
十石はそれとなく頷き、警備員に再度詰め寄った。
「いやぁ、困ったなぁ。我々も上に仕える身でね、ちゃんと中を見て報告しないと怒られるんですよ。見せちゃぁもらえませんかね?」
「1週間の連続運転実験と言うことなので、途中で開けるわけにはいきません」
「ちょっと中の人に掛け合ってはもらえませんかねぇ?」
「わかりました。ではそのままここでお待ち下さい」
警備員はそのまま背中を向けて建物の正面玄関に向かって歩いて行った。警備員が背中を向けたので、十石たち一行にはその特徴が顕著に見えたのだが、警備員が被っているヘルメットは通常の工事現場で使われる様な物とは明らかに違っていた。
バイクのジェットヘルとも違う、独特の形をしていた。ヘルメットの後頭部が首筋まで伸びている。そこからケーブルが一本フェアロイドに繋がっていた。
警備員をじっと見送りながら、山伏は十石に言った。
「十石さん、もしここに会合に参加した人たちがいるなら、医療チームに来てもらってくれませんか? 全身麻酔用の麻酔薬をたくさん持って」
「何を言い出すんだよ…」
十石は、ちょっと考えてから、「その通りだ、すぐに手配しよう」と言った。
しばらくして、建物の正面玄関の明かりがつき、中から先ほどの警備員が戻ってきた。
「所長に話をしました。中で所長と話をしてもらえませんか?」
そう言って、警備員は先導する形で正面玄関に向かって歩き始めた。後を追う十石の手が動いている。
「あ、学さん、もう一通メッセージが届きました」
「読み上げて」
「『和田君、済まない、危険な目に合わせそうだ、君は必ず守る』とのことです」
「十石さん、何言ってんですか。俺は協力するって言ったんだ。問題ないですよ」
今、十石は学と音声通話が開いた状態だ。当然このライムとの会話も十石に聞こえている。十石は軽く後ろの学を見た。本当に申し訳なさそうな目だった。




