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◆独自網

 オフ会の参加メンバー全員の「体験」が終わった。

 メンバーのうち2人は気分が悪くなり先に帰ったらしく戻ってこなかった。ベッドルームには朱里を含め9名が残っている。朱里は残ったメンバーに話しかけた。


「残った方々は、フェアロイドともっと親密になれる適性があるってことなんだけど、お酒の席でも言ったように、AIC純正のEMRじゃこの<体験>は夢のままなのよね」

「なぁ、朱里さん、あんたどこでそのEMRを手に入れたのさ。それに、よくAICにばれてないよな。EMR関連アラームはAICの監視が特に厳しいのにさ」


 メンバーの1人が口を開いた。勿体付けずに教えろという気持ちが前面に現れていた。


「今から行ってみる? 手に入るところに。まだこの時間なら大丈夫だと思うわ」

「夜中だぜ?」

「そうね。でも、こういう営業って、昼間はなかなか出来ないモノよ?」


 朱里はニコリともニヤリともつかない笑みを浮かべて歩き出した。

 朱里を追う形で残りのメンバーは展示住宅の外に出る。分譲予定の空き地を歩きながら朱里は後ろを歩くメンバーに声をかけた。


「みんな不安そうなので先に言っておくけど、ここでお帰りになっても良いわよ。今なら自宅が遠い人でもまだ終電には間に合うだろうし。その代り、このチャンスを逃がすとアレが手に入ることは、もうないんじゃないかなぁ?」

「俺は、アレの値段が気になるんだけど。なんか変なところに連れて行かれて、身ぐるみ剥がされるなんてことはないんだろうな?」

「やぁねぇ、私、やくざの女じゃないわよ? ちゃんとした営業活動をしてるつもりなの。EMR付きのヘルメットは3万5千円。2sの場合はドライバープログラムを入れないといけないので、その技術料が5千円。保守サービス料なんかは発生しないわ」


 どう? と朱里は笑いながら言った。


「なんというメーカーの品物なんだ?」

「馬鹿ねぇ、おおっぴらに市場に出回らせることが出来ない品物よ? あなた、大人のおもちゃや、アダルトビデオを自分の会社のブランドで売るつもりある?」

「な、なにを…?」

「ないでしょ? 大手メーカーだって同じよ。営業利益は大きく稼げるけど自社名やブランド名が傷つくような商品は、下請けの名前やペーパーカンパニーの名前を使って売るわ。名前は出せないけど大手通信機器メーカーの品物とだけ言っておくわ」


 メンバーの最後尾では女子2人が話し合っていた。


「ねぇ、どうする?」「えー? あなたは?」「ちょっとだけ行ってみよっか?」


 メンバーが大人数なことと、ちょっとは頼りになりそうな男子がいることが背中を押していた。

 朱里の前方には15人程度が乗れる真っ黒なマイクロバスが止まっており、そこまで歩き着くと朱里は振り返った。全員帰らずについてきている。その後ろから来た厳ついスーツの男がバスの運転席に乗り込みエンジンをかけた。


「さ、乗って乗って。バスで移動するから」


 朱里が言い、メンバーの尻を叩いて次々とバスに押し込んだ。

 松姫はバーチャルキーボードを使って、こっそり定時報告用のレポートを書いていたが朱里に追い立てられてバスに乗せられた。全員が乗ったのを確認すると朱里もバスに乗り込み扉を閉めた。

 松姫がレポートを送ろうとすると、フェアロイドがワーニングメッセージを伝えた。


「松姫さん、現在フェアロイドシステム圏外なので、レポートは送ることが出来ません。私も長期記憶部分を使えないため、制限モードで活動します」


 他メンバーのフェアロイドも同じメッセージをオーナーに伝えていて、バスの中は少しざわついていた。それを押さえつけるかのように朱里が説明する。


「あなた方を信用していないわけじゃないけど、リアルタイムで情報拡散したりいろんな人を現場に呼んで欲しくないから、このバスは電波を遮断しているの。少しの間我慢してね」


 (失敗した)と、松姫は心の中で嘆いた。実体験後すぐにレポートを作って送るか、バスに乗り込む直前で書きかけでもいいから送ってしまえばよかった。まさかバスにそんな仕掛けがあるとは思いもよらなかった。

 松姫は考えた。連絡方法はないか? GPS情報や基地局情報以外で自分が移動していることを知らせる方法はないか?

 車が急に発進したため、松姫の肩に乗ったフェアロイドがバランスを崩して落ちそうになった。松姫はあわててフェアロイドを押さえ、その服を見て閃いた。

 今松姫が持っているフェアロイドは警察の備品で、警視庁の交通安全啓蒙用のマスコットの着ぐるみと同じ色合いのベストを着ている。明るいオレンジ色だ。この色はナトリウム灯のオレンジ色の下でも色が沈まない。しかもこの色は警察署員にはなじみの色だ。

 運よく松姫は最後部座席に座っていた。そこで、松姫は肩に乗せるというよりはむしろ座席の背もたれにフェアロイドを座らせるように置き、リアウィンドウからフェアロイドがよく見える様にした。

 あとは、街中のカメラがうまくこのマイクロバスのリアウィンドウを捉えてくれることを祈るだけだった。

 1時間弱走って、マイクロバスは工業団地の一角に到着した。殆どの工場は灯を落として静まり返っていたが、1か所だけ夜間にもかかわらず、門の受付やビルの一部が明るくなっている工場があった。

 マイクロバスは、その明るい工場に吸い込まれるように入って行った。駐車場の奥にある建物の荷物搬入用の入口はシャッターが開いていて中の灯りが煌々と漏れ出ている。

 マイクロバスはそのまま建物にゆっくりと入っていき、入ると同時にシャッターが閉められた。


「降りていいわよ。ただ、その前にあなた方のフェアロイドをスリープにしておいてね。起きたままだと、施設の電波でフェアロイドが混乱しちゃうから」


 朱里に促されてメンバーは順にバスから降りた。シャッターの内側は建物と併設された倉庫のようなデザインになっていて、そこから更に建物の内側に入るためのセキュリティドアと荷物搬入受付のための小部屋がある。館内に人は誰もおらず部屋の電気は消えており、通路だけに明かりが灯っていた。

 松姫はこっそり網膜投影ディスプレイで電界強度を確認したが、何か別の微弱な電波を掴んでいるものの、ここでもAIC社のフェアロイドネットワークの波を掴むことは出来なかった。


「ちっ、ここもダメか。ヤバいな」


 すでに8時の定時連絡から2時間が経っている。松姫は十石達対策チームに何の連絡もできず少々焦り始めた。(何かフェアロイド以外の方法で連絡を)と思いながら松姫は自分のフェアロイドをスリープモードに移行させた。

 朱里はメンバーを先導してセキュリティドアを開けて館内に入って行った。通路を少し歩くと地下に向かう階段がある。朱里は階段を下りて行きメンバーもそれに従った。下水の処理に問題があるのか、地下の通路はわずかにアンモニア臭がしていた。


「さ、入って」


 朱里は、部屋に続く扉を開けてメンバーを促した。

 部屋は20畳程度の広さがあり、会議用の長机がロの字型に並べられ、背もたれの高い袖付き椅子が1ダースほど並べられていた。テーブルの上には先ほど展示住宅でメンバーが体験したあのヘルメットが椅子の数だけ並べられている。


「どこでもよいから、ヘルメットの置いてある席に座って頂戴」


 朱里は皆が席に着くのを見計らってから、話を続けた。


「えっと、これから皆のフェアロイドでもさっきの体験が出来る事を証明して見せるわね。でも、そのままではダメなの。さっきも言ったように、AICのネットワーク下ではいくら頑張ってもEMRドライバーをあなた達の子にインストールすることは出来ないわ」


 メンバーは居酒屋での酒がすでに抜けかけており、酔った勢いという感じではなくなっていたが、それでも展示住宅での体験がよほど新鮮だったのか、上気した顔で朱里の言うことを聞いていた。


「ここは、とある大手電気通信機器メーカーの研究施設でね、実験用に館内全体が外部の電波を遮断するように出来てるの。逆に研究施設内で発する電波も外には漏れないようになっているわ。私たちはこの施設の中で、フェアロイドシステムと同じ環境を実現しているの」


 さっきバスを降りた時に確認できた微弱な電波はこの地下から出ているものだったのかと、松姫は確信した。ここが事件の最重要拠点であることは間違いないと感じた。

 松姫は何とか外部との連絡を取りたかった。


「あの~、朱里さん。僕ぁ、ちょっと飲みすぎちゃったみたいでトイレが近くて、先にトイレに行かして貰っていいっすか?」

「そぅ。扉を出て左にずっと歩いていくとトイレがあるわ。みんなと先に試してるから早めに戻ってきてね」

「うぃ~す」


(うまく部屋を出ることが出来たが、バスを運転してきたあの厳つい男の姿が見えない。おそらくあいつは上の階で見張りをしているのではないか?)と松姫は想像した。そこで、同じルートでの脱出を避け別ルートを探すために施設の通路を奥に進んでいった。

 朱里に教えられたトイレを過ぎ、更に通路を進む。気のせいかアンモニア臭がきつくなった気がした。

 通路の一番奥には鉄製の扉があり鍵がかかっている。ドアノブをガチャガチャと回してみたが扉は開かなかった。この奥に上に向かう階段があるのかも知れないが行くことは出来ない。

 松姫が諦めて通路を戻ろうと振り返った時、松姫の視界を遮るものがあった。あの厳ついスーツ姿の男がそこにいた。


 松姫の居ない部屋の中では、朱里が指揮を執っていた。


「私がこれからいうことをよく聞いて。その前に、今日オリジナルの2型を持ってきた人は? 手を挙げて」


 3人が手を挙げた。


「そのうち、2sの修正プログラムをインストールした人は?」


 3人とも手を挙げた。


「あら、しょうがないわねぇ。ステップが1つ増えちゃった。他の人たちは2sを持ってきてるのかしら?」


 残りのメンバーが頷く。


「じゃあ、これからやるステップを説明するわよ。最終的にあなた方があの世界を楽しむためには、机に置いてあるそのヘルメットを使ってEMRからあなた方の神経に直接刺激を送ってあげないとだめなの。それはわかってるわよね」


 メンバーは黙って朱里の言葉に耳を傾けている。


「そのためには、まずこのヘルメットのEMRドライバインストール。次にフェアロイド端末側のEMR出力設定とデータ転送プログラムのインストールを行うの。そんなに難しくないから、一緒にやっていきましょう」


 晃は隣の席をちらっと見た。オレンジ色の衣装を着けたフェアロイドが置き去りにされている。先ほどトイレに行ったまま帰ってこない男の物だ。


「皆のフェアロイドはスリープモードになってるわね? それじゃ、今使っている網膜投影ディスプレイのケーブルを外してヘルメットから延びるケーブルを挿して。そこまで出来たらフェアロイドを起こすんだけど、皆が出来るまでちょっと待ってね」


 メンバーは一斉に自分のフェアロイドの衣装を脱がしケーブルを差し替えた。


「フェアロイドを起こすと、フェアロイドはまずネットワークを探しに行くわ。今この部屋にはAICのフェアロイドシステムネットワークを偽装した波が流れてるの。でも、完璧に偽装出来ているわけではないわ。サーバー側のAIは固定的な反応しか返さない。そして、皆の個人情報エリアのデータはこのネットワークにはないわ。こういう状況に直面するとフェアロイドは混乱してしまうの。だって、自分が記憶喪失にかかったような感じになるんですもの」


 話の途中で扉が開いた。皆一斉にそちらを見る。入ってきたのは厳ついスーツ姿の男だった。男は何も言わずに松姫の持っていたフェアロイドと机の上に置いてあったヘルメットを手に持つと、そのまま部屋を出て行った。


「あら、さっきの人、トイレで具合が悪くなっちゃったのかしら?」


 朱里は頬に手をやってそういうと話を続けた。


「フェアロイドを混乱したままにさせておくと、メンテナンスモードに移行してしまうの。でも、そうなる前にあなた方のフェアロイドは2つのアラームメッセージを流すわ。1つ目は『ここ何か変です。自分が自分じゃないみたい』と言うメッセージ。もう一つは『自分の対応していない装置が繋がってる』ってアラーム」


 メンバーは聞き漏らさないように朱里の方を向いて言葉を咀嚼している。


「でね、このメッセージは無視して、あなた方のフェアロイドに『FOTA』と指示して。これは、フェアロイドのファームウェア…組み込まれているプログラムのことね…そのファームウェアを書き換えるためのコマンドなの。起動してアラームメッセージが出てから120秒以内に指示してね」


 メンバーは朱里の指示に従って操作し指示した。


「『ファームウェアアップデートが完了しました』というメッセージを聞いたら、即座にスリープモードにして、皆が出来るまで待っててね」


 メンバーは一通り作業を終えフェアロイドをスリープモードにすると朱里の方を見た。


「はい。ここまではうまく行ったようね。じゃぁ次のステップ。次にフェアロイドを起こすと、さっき話したアラームの1つ、『自分の対応していない装置が繋がってる』というアラームを上げるわ。まだこの状態ではEMR対応ドライバーがインストールされていないからなの」


 朱里は自分の言っていることが理解されているかを確認してから言葉を続けた。


「なので、その装置に関連するドライバーのアップデートを指示して。指示すると、ここで作ったEMR出力設定とデータ転送プログラムが皆のフェアロイドにインストールされるから。ここまで出来たらフェアロイドを再起動せずにスリープモードにして待っててね」


 メンバーが作業をしているのを眺めながら朱里は再びしゃべり始めた。


「ちなみに、皆がAIC網に戻った時にFOTA機能が動いちゃって、ファームウェアバージョンの不整合が起きてプログラムの改ざんがばれるのを避けるために、FOTA機能のロックも指示しておいてね。皆のフェアロイドに『内緒』って言っておけば大丈夫よ」


 朱里は笑って言った。

 作業は意外と簡単だった。だが、晃は気になっていた。ここのネットワークに接続した愛梨からいつもの表情が消え、まるで別人のような反応になっていたからだ。AIが変われば確かに別人だが、愛梨が元に戻るのか心配だった。


「さて、出来たわね。じゃぁ試してみるわよ。皆ヘルメットを被って。まだこの状態では何も起きないわ。一斉に再起動して。…出来たわね? これからフェアロイドにモードを指示するわよ。モード遷移のキーワードは『NACC』よ。背もたれにきちんと頭を付けてから指示してね」


 メンバーが行うのと同様に、晃も袖付き椅子の背もたれに体を預け、肩に乗せた愛梨に「NACC」と指示した。愛梨の頬が赤くなり、晃はまたしても頭を殴られた感じを受けた。

 メンバー全員が椅子にもたれかかり動かなくなるのを確認すると、朱里は独り言のように呟いた。


「我々の快楽の園にようこそ」


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