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◆タイトスカートの女

 学たち一行が本部からの連絡を待っている場所から1kmほど離れた場所に、民間企業の研究所らしい建物がある。フェンスに囲まれた敷地はそれほど広くない。道路に面した正面ゲートには小さな守衛詰めの受付があり、受付の先は10台ほど車が止まれる駐車場になっていた。

 3階建ての鉄筋コンクリート製の建物は駐車場の奥に位置している。中央右寄りに正面玄関があり、それとは反対側の左隅に駐車場からそのまま入れるような荷物搬入用の入口があった。今はシャッターが閉まっている。2時間ほど前、晃はマイクロバスに乗ったままこの入口から建物に入っていた。

 それより更に2時間ほど前、彼らはオフ会の居酒屋にいた。オフ会自体はだらだらと始まり、各自の予定に合わせて集まってきた感じだった。場所が都心から少し離れていたため、社会人の参加者の何人かは少し遅れて集まった。

 それでもこの時間には11名全員が長テーブルに腰かけて赤ら顔になっていた。遅れてきた人間も含めてすでに自己紹介と自分のフェアロイド自慢は終わっている。

 男性8名、女性3名。オフ会の目的からすると女性が3名いることが少し珍しい。男性の年齢層は幅が広く、30歳後半が2人20歳後半から30歳前半が3人20歳前半は晃と先輩の他、社会人か学生か分からない人間が1人と言った構成だった。一方女性は全員20歳台に見える女性だった。話の内容から皆既婚者ではないことがわかる。

 全員自慢のフェアロイドを持参している。半数はオリジナルの2型を持ってきていた。EMRパッドを持参してきている人間もいる。


「先輩、2型、やっぱ欲しいっすねー」

「だよなー。EMRを自慢げに見せられると、やっぱ羨ましい」


 晃と先輩の話を聞きつけて、一人の女性が声をかけてきた。


「あら、これに興味があるの?」


 20歳台後半の色っぽい女性だった。シックなタイトスカートのスーツを着ている。濃い口紅がよく似合っていた。

 手にはEMRパッドを持っている。この女性が持っているフェアロイドは人型で少女タイプだ。女性が少女タイプを選ぶのは珍しい。大抵はぬいぐるみタイプか執事タイプと呼ばれる男性型だ。


「これ、楽しいわよー」

「楽しい?」

「あなた方だって知ってるでしょ? 噂。だからこの会に参加してるんじゃないの?」


 いや、だって…と、晃の先輩は口ごもった。この手のオフ会は同好の親睦を深めるというよりは、噂の世界を体験できる不思議の国への扉情報を集めることが目的だ。さもなければ、リアル世界でそれを体験するためのパートナーと出会うことが目的だ。

 参加している他の2人の女性は、もしかしたら後者が目的なのかもしれない。しきりと30台前半のイケメンのサラリーマンと話を弾ませていた。

 晃は思い切って聞いてみた。


「あの噂、え~っと…」

「朱里でいいわよ」

「朱里さん、噂って朱里さんは体験したんですか?」

「ふふっ、知りたい?」


 朱里の声が艶っぽかったので、今まで別の話をしていた男たちも会話に加わってきた。


「ところで、知ってる? あなた方が持ってる2s型もEMRパッドが付くのよ?」


 朱里は変なことを言いだした。フェアロイド依存症を回避するための対策として2s型はEMRパッドを装備から外した。だが、端末の基本仕様は2型と全く変わらないというのだ。


「いや、でも朱里さん、僕の友人が試しましたけど、全く動きませんでしたよ」


 後から会話に加わった青年が口を開き、晃もそれに続いた。


「あぁ、俺の先輩も試したんですよ。先輩は2型のEMRを持ってなかったから、自作のセンサーを付けようとして、改造したら動かなくなっちゃいましたよ。自己崩壊プログラムが発動して」

「馬鹿だなー。それ取扱説明書に書いてあるでしょ。でも自己崩壊プログラムが動くってことは、その人相当中までいじろうとしたね」


青年がさらにしゃべろうとしたところを朱里が制した。


「それはね、フェアロイドシステムネットワークの中だから。あなたのお友達のフェアロイドは2sなんでしょう? その型番はサーバー側で管理されているわ。ただ単に2型のEMRパッドを繋げたって、サーバー側の型式認証ではじかれちゃってプログラムダウンロードは出来ないの」

「じゃ、ダメじゃないですか」

 青年は笑いながら、グラスに残った酒を喉に流し込んだ。

「いやねぇ、それで諦めちゃうの? この会に参加してる人はもっと冒険しないと」


 朱里は自分の持ってきたフェアロイドの頭をポンポンと叩いた。フェアロイドは朱里の肩でおとなしく座っている。無口だった。それまで、全然別の話題をしていた男女も興味があると見えて朱里の話を聞き始めた。


「あなたとあなたのフェアロイドより、私はこの子達ともう少し親密な関係よ」

「それはどういう…?」

「後でちょっと試してみる? この近くに面白いところを知ってるのよ。この会に参加してるから、あなた方も持ってると思うけど、風俗のチラシ、あれを撮影した現場があるの。あなた方に特別に体験させてあげる。フェアロイドよりもっと凄いのを」



 オフ会を中締めして居酒屋を出た後も誰一人帰ることはなかった。もともと噂を体感したくて情報集めしている連中だ。朱里の話してくれた内容は魅力的だった。時間は少々遅いが体験してから帰っても良いだろうと皆思っていた。

 新興住宅街を歩きながら、晃は学がこの会に参加していないことを残念に思うと同時に、ちょっと自慢してやりたい気持ちになった。


「愛梨、学にメッセージ」

「はい。内容は?」

「声に出すとちょっと恥ずかしいからバーチャルキーで打つよ」


 一方、潜入していた松姫刑事は報告をするか否か逡巡していた。オフ会の途中で定時連絡は入れた。それから少し状況が変わったが、まだ決定的な情報を入手していない。この目で見てから報告しても遅くないと判断した。

 オフ会メンバーは展示住宅に着いた。玄関が開いて、ちょっと厳ついスーツの男が出迎えた。堅気の男には見えなかった。


「あの風俗チラシね、ここを借りて撮影してるの」

「朱里さんって、風俗業界の人?」

「知りたい? もうちょっとあなたと親密な関係になったら教えてあげる。さ、靴を脱いで2階に上がって」


 サラリーマンに扮装した松姫の質問を朱里ははぐらかした。

 メンバーが2階に上がると、ベッドルームに案内された。


「あ、そっちのベッドには座らないでねー。今準備するからちょっと待ってね」


 スーツ姿の男がちょっと変わった形のヘルメットを持ってきた。スキーの滑降の選手や自転車のタイムトライアル選手が被るヘルメットの形をしているが、しっぽの角度が違う。被ると、直立した状態で首筋を覆うようなデザインだった。

 ヘルメットからは1本のケーブルが出ていて、スーツ男には似つかわしくない女性型のフェアロイドに接続されていた。


「これが今日のオフ会の主役。私はこの子とも親密な関係なの。あなた方ともすぐに親密な関係になれるわ」


 朱里は自分が持っていたフェアロイドをテーブルに置き、男からヘルメットとフェアロイドを受け取ると両手に持ってそう言った。

 オフ会は掲示板に書き込みがあって、それに呼応する形で時間や場所、参加者が決まって行ったのだが、どうやらこのオフ会開催を言い出したのは朱里だったようだ。

 朱里は自分でヘルメットを被りフェアロイドを肩に乗せると椅子に座って10秒ほどじっとしていた。


「ふぅ。OKね。じゃぁ、始めましょうか。誰から行く?」


 朱里はヘルメットを脱ぎながら言った。メンバーは何のことだかわからずきょとんとしていた。


「説明が先よね。ごめんなさい。このヘルメットが居酒屋で私が言っていたEMR。AICには悪いけど純正品じゃないわぁ。この前配ったチラシの座標点記憶させてるわよね? まずはみんなこっちに来て、自分のフェアロイドでデータを呼び出してみてよ」


 メンバーはそれぞれ自分のフェアロイドに指示を出して、ディスプレイに映像を映した。骨伝導スピーカーから女の喘ぎ声が漏れ出ている。女性参加メンバーは頬を赤らめて恥ずかしがった。


「見てお分かりの通り、この部屋で撮ったのよ、その映像。そして女優はこの子」


 朱里は肩のフェアロイドを指差して言った。


「おぉ、確かに!」「え?」「どういう事?」


 さまざまな声が同時に部屋の中に響いた。


「見ての通り、この子がそこにあるベッドに寝てるの。なんてね。この仕組みは簡単よ。まず誰もいないこの部屋を撮影して、ベッドとシーツをオブジェクトに変換して、フェアロイドが作る仮想世界の中でシーツを使って演技をして、それを私の目で撮影する」

「目で撮影ってどういう事?」

「EMRが採った視神経のデータをフェアロイドが記録するだけよ。この子は女優とカメラマンの一人二役をしてるの。でも、こんなのは序の口」


 朱里は晃の先輩の腕をいきなり掴んで椅子まで誘導し座らせた。そして、ゴーグルとフェアロイドを取り上げ、ヘルメットをかぶせた。


「リラックスして。あっちの世界に行ったら、この子に触ってもいいわよ。濡れてるのを確認してあげて、喜ぶから」


 そう言って、ヘルメットに繋がれた無表情なフェアロイドを肩に乗せた。同時に彼の身体は硬直して動かなくなった。残りのメンバーは固唾を飲んで見守っている。やがて、ビクビクっと体を震わせて声を上げた。


「うはぁ…これは、夢の世界だ」


 ヘルメットを脱いだその顔は上気して少し汗ばみ、目が潤んでいた。自分の指を動かし、それを眺めている。


「次はどなたが経験するのかしら?」

「じゃあ僕が」


 松姫が手を挙げた。椅子に座ってヘルメットを被ると、同じように体を硬直させた。時間にして1分、その身体は微動だにせず、その後痙攣してから意識が戻るという点も同じだった。


「こ、これはとんでもない装置だ」

「次は俺!」


 晃は松姫からもぎ取るようにヘルメットを受け取ると頭にかぶった。同時に、ヘルメットに内蔵されている粘着パッドが首筋や耳の上や額に張り付いていく感覚を覚えた。

 椅子に腰かけると朱里がフェアロイドを肩に置いてくれた。


「行ってらっしゃい」


 その言葉を聞いた後、晃は頭を殴られたような感覚を受けた。目から星が出たように思えた。前を見るとベッドに女がいる。女は自分を慰めるように手を動かして、かすかに、泣くような甘い吐息を漏らしていた。

 晃が近寄っても女は自分を慰める行為をやめなかった。むしろ動きが激しくなり息を弾ませていった。晃が女の身体に触ると、汗ばんだ皮膚の感触が確かに伝わった。晃は後ろを振り返った、が、そこには誰もいない。ベッドを見下ろすとさっきまで小刻みに動いていた女が力なく横たわっている。顔をよく見る。朱里が肩に乗せてくれたフェアロイドの顔だ。だが、生身の女の子の顔だ。

 突如、自分の見ている映像が崩れ、スモークシールド越しに部屋の中が見えた。オフ会のメンバーが晃を見ている。ベッドを見やるが、そこには誰も寝てはいなかった。

 オフ会の参加メンバーは順番に約1分の夢の体験をしていったが、20歳台後半の男がヘルメットを被った時ちょっとした異変が起きた。

 その男はヘルメットを被ったものの、他のメンバーのように身体が硬直せず、いきなり痙攣した。震える手でヘルメットを脱ぐと、いきなり部屋の外に出て行った。部屋の外で吐く音が聞こえた。


「あら、あの方には合わなかったようね。それとも飲み過ぎだったのかしら?」


朱里はこともなげに言った。


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