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◆展示住宅

 2台の覆面パトカーはサイレンを止め、回転灯も下した。現場が近かった。都心からは電車でも1時間ほどで行ける郊外の駅前だ。新たに出来た路線の駅で未だ開発中であり、駅も当りの店も新しかった。ほとんどの店はシャッターが閉まっていたが、チェーンの居酒屋が何件かまだ営業をしていた。

 車が一旦止まり、後続の車から刑事が一人降りて学たちの乗った車に近づいてくる。十石は助手席のウィンドウを下げて顔を出した。


「ここが松姫から連絡のあった会合の店です。ここからは現場まで松姫は歩いて行ったものを思われます。そう遠くないです」

「わかった。我々も歩いていこう。何か拾えるかも知れん。ところで会合の参加者は特定できたのか?」

「いいえ、匿名掲示板ですし、会合でも参加者はハンドル名で呼び合っていたようです。現在松姫から報告があった参加者のハンドル名とフェアロイドの名前から、本部の方で割り出しを急いでいます」


 一行は運転手のみを残し、店から現場まで歩き始めた。歩きながら、十石は山伏と学に報告した。


「会合の参加人数は11名。男8名女3名だそうだ。参加者の特定はまだできていない。意外と小規模だな」


 学はライムを肩に乗せノーマルモードで接続している。脳内でライムに話しかけた。


「ライム」

「はい」

「ここからGPS座標を記録して、その座標にリンクする情景データがアドオンライブラリーに載っていたら知らせてくれる?」

「わかりました」


 商店街を抜け住宅街に入ってからもしばらく歩いた。この辺はまだ開発途上で空き地が多い。やがて一行は現場に着いた。現場は造成地で区画整理後の空き地が広がっている。少し離れたところにサンプル展示用の住宅が一棟立っていた。


「この辺は株式会社三国アットホームの造成地ですね。今年の春から分譲しています」


 刑事の一人が現場の概略を報告した。


「ちょうど、この位置が最後のGPSログの座標点です。ただ、それより少し前、二人はあそこに見える展示住宅の中にいたようですよ」

「ちょっと行ってみるか」


 一行は展示住宅に向かった。

 十石が住宅の玄関ドアのノブをひねると簡単にドアが開いた。


「鍵がかかってないぞ?」


 通常展示住宅であっても分譲会社が管理しているので鍵がかかっているはずだ。十石は後ろに控えていた刑事を呼んで言った。


「御坂、三国アットホームに至急連絡を取ってくれ。夜でもかまわん。鍵かかかっていない話と、内覧の許可をもらいたい」

「了解です」

「あ、亀石は、この周辺一帯の監視カメラをすべて当たってくれ。あと鑑識にも連絡して一応回ってもらって」

「はい」


 展示住宅の中に人の気配はなさそうだ。オフ会の11人はこの場から忽然と姿を消したことになる。考えられるのは、フェアロイドをスリープ状態にしたか、電波を遮断する特殊コーティングをした車両に乗ったか?

 松姫刑事が同席していることを考えると前者は考えにくい。スリープ状態にせざるを得なかったとすれば、代わりに何らかの痕跡を残すはずだ。

 十石もそう考えているのだろう。しきりに現場周辺で遺留品がないかを確認していた。


「学さん」


 十石の采配を見ていた学に、ライムが語りかけた。


「なに? 何か引っかかった?」

「学さん。ぴったりは一致しないんですけど、ここは、あのチラシの座標点近くですよ。多分あのおうちのどこか一室と座標点が一致するはずです」

「わかった。他にこの近辺の情報で関連しそうなものは?」

「今のところ見当たりません」


 向こうで声がした。


「三国アットホーム、連絡取れました。入ってOKです。担当者も車で駆けつけるそうです」

「ありがとう。じゃぁ中に入ってみるか。御坂ぁ、お前懐中電灯持ってるか?」

「はい。持ってます」

「じゃ、お前先導してくれ」


 言うや否や十石はドアに向かった。山伏と学もそれに続く。御坂刑事はあわてて十石の前に出て懐中電灯で前を照らした。


「あとで鑑識に遺留品などを確認してもらうので、なるべく物は動かしたり触ったりしないようにね」


 十石は御坂の懐中電灯に照らされながら玄関で靴を脱ぐ山伏と学に言った。そして、手持ちの手袋をはめながらあたりを見回し、スイッチを見つけると手袋をした手で操作し室内の明かりをつけた。

 1階のリビングに入ったが、特に変わったところはなかった。テーブルの上に分譲説明のパンフレットがきれいに整頓されて置かれている。営業時間が終了してスタッフが後片付けしたと思われるそのままの状態だった。


「雰囲気的に、ここには直近で人が出入りした感じがしないな」


十石が呟くと同時に、ライムが学に囁いた。


「ここですよ。座標はこの地点を示しています」

「でも、十石さんは人の出入りがないって」

「2階ですかね? 緯度経度の座標点はここです」


 1階をざっと見た後、一行は2階に回った。


「あ、気を付けて。そこに吐瀉物がある」


 先行する十石が注意を促す。階段を上ってすぐの廊下のところに人が吐いた跡があり、アルコールのにおいが強く立ち込めていた。そこをよけて一行は主寝室に入って行った。

 主寝室は1階のリビングの丁度真上にある。15畳程の広さがあった。展示用にベッドが2台置いてある。片方はほぼきれいなままだが、もう片方は何人かが座った痕跡があり、ベッドカバーにしわが寄っていた。更に少し離れたところに小さなテーブルセットがあり、椅子が2脚置いてある。そのうちの1脚は少し不自然な形で離れて配置されていた。

 学は、ベッドに見覚えがあった。


「あ、これ、例の映像で女性が横たわっていたベッドじゃないですか?」

「そうだな。あの映像はここで撮影された様だ」


 学から送られた映像を既に見ている山伏は即座に答えた。学は肩のライムに指示した。


「ライム、あの映像を出して」

「はい」


 学が見ている風景に映像ウィンドウが重なる。


「映像をフルスクリーンに出来るかな?」

「これでどうでしょう?」


 学が見ている風景が二重になり、場所を移動するとぴったり重なる部分があった。丁度椅子の置いてある位置だった。椅子に腰かけるとぴったり重なる。よく見ると、椅子の足付近の床にはテープのはがし後があった。椅子の位置決めの為に貼ったものかもしれない。

 デディケートモードではないので映像の中に入り込むことは出来ないが、逆にそれがヒントになった。


「ライム、有難う」


 肩のライムはお役にたててうれしいと微笑んだ。


「十石さん。オフ会のメンバーがここで何をしていたのか、なんとなく想像できました」


 十石も、ここにオフ会のメンバーがいたと確信しているようで、遺留品がないか、這いつくばってベッド下などを見ていたが、学の一言で起きあがった。


「もし犯人がオフ会に同席しているとすれば、ここで出力可能なEMRとフェアロイドを1体用意していたと思います」

「ほぅ」

「そして、ここに座らせ、まず参加者に自分のフェアロイドでゴーグル越しにベッドを見てもらい、例の映像を表示させる。そこのベッドには女性が寝ている」


 学は実際に自分が椅子に座って演じて見せた。


「ライム、リストリクションモードに遷移して」

「はい」


 今まで視神経に直接投影していた映像が補助装置の網膜投影ディスプレイに変わった。


「十石さん、山伏さん、ほら、こんな感じで見えます」


 十石と山伏は交代で学のゴーグルをかけた。EMRケーブルが接続されたままなので顔が近い。ゴーグルをかけると例の女が見え、外すとただのベッドだ。


「はぁ~。AR(拡張現実)の世界だね」

「2s型だと、自分が場所を移動してしまうと、画像がずれてしまいます。それをまず体験してもらった上で、犯人が用意したフェアロイドをE2Pで言うところのデディケートモードで試してもらう」

「何が起きるんだ?」

「このライムはデディケートモードになると俺の随意神経系をターミネートしてしまうので、俺の身体はここに座ったまま動かなくなります。その代り映像の世界に入っていける」


 と言って、あたかもここが仮想空間であるかのようにベッドの方に向かった。そして誰もいないベッドで女の身体に触れる様なジェスチャーをして言った。


「こんな感じで、映像に写った女性の身体を触れるんですよ。仮想空間の中で。

 映像の中の世界では、実際に映像の女性に触れる事が出来る。多重レイヤ映像なのでシーツに隠れたところまでね」


 学は元の位置に戻った。


「犯人のフェアロイドが同じ構造かはわかりませんが、オフ会参加者にそんな体験をさせたんだと思います。参加者に夢を見させるにはこれほど良いシチュエーションは無いのではないでしょうか?」

「確かに。私たちは実体験できないが、その通りとすれば欲しくなるねぇ」

「ですよね。そして、全員試させたところで、『実は君らが持っているフェアロイドも改造できるんだ』とか何とか言って、別の場所に連れて行く…そんな感じだったのではないでしょうか? 1人1~2分程度、20分もあれば10人は体験できます。映像は痕跡を消すためにすぐに体験終了後、他愛のない映像に上書きされたのでしょう」


 話が終ったところで、タイミング良く亀石刑事が入ってきた。


「周辺の街路カメラチェック終わりました。ちょっと面白い映像がありましたよ」


 亀石は、セーブしてきたカメラ映像を自分のスマートフォンで一行に見せた。1台の黒塗りのマイクロバスが道を左手前から右奥に走り去っていくだけの映像だった。十石は亀石に聞いた。


「どこが面白いんだよ?」

「画像が不鮮明ではありますが、この一番後ろの座席に写っている男、松姫ですよ。ほら肩のフェアロイドの服の色を見て下さいよ」

「これ、どこの映像だ?」

「この先の大通りの映像です。おそらくGPSログの最後のポイントからバスに乗り込んで大通りを西に向かったのだと思います。黒塗りなのは電波を遮断するコーティングがなされているせいだと思われます。解像度が粗くて写っていませんが、おそらく窓にも細かい金属メッシュが入っているんでしょう」

「誰かこのバスの映像を追ってるか?」

「対策本部の方で街路カメラを順に確認しています。上手くすればすぐ行き先がわかりますよ」

「よし。追いかけよう。移動しながら本部の連絡を待とう」


 十石は決断すると足早に玄関に向かった。そして靴を履きながら指示を出した。


「あ、御坂はここに残ってくれ。もうすぐ鑑識と三国アットホームの人間が到着するはずだ」

「了解しました」


 御坂を除く4人は待たせてあった車に戻った。今度は亀石の乗った車が先導する。亀石は本部からの連絡に従って道を選んで進んでいった。

 一行の乗った車はかなり寂しい場所を通り過ぎ、工業地帯の様な場所に出た。亀石の乗った車が止まる。亀石から後続の十石に電話連絡が入った。


「ここから先は、街路カメラがないので本部側でマイクロバスが写っている監視カメラ映像などを追跡中です。ただ今すぐ確認出来るのはコンビニくらいしかないのが痛いですね。ちょっと待って下さい」


 一行は対策本部からの連絡を待った。時計は既に0時を回っていた。


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