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◆エスカレーション

 学は対策本部に招かれた。

 狭い部屋の中では山伏と十石が渋い顔をしている。他に警察署員と思しき数名が電話をしたり、パソコン画面に向かって捜査をしたりしていた。

 部屋の中には移動式のホワイトボードが設置されており、横軸に日付が記載され学が晃から渡されたチラシと同等のものが7枚ほど貼られている。日付は3月1日から始まっていた。

 貼られた紙の左には、マーカーで名前が書かれているものがあり、さらにその脇には状況を示すメモが記載されている。学が晃から渡されたチラシと全く同じものも4月18日の所に貼られており、<松姫>という名前と、<連絡待ち>というステータスが記載されていた。


「よく来てくれたね。こちらから連絡出来ていなくて申し訳ない。せっかく来てくれたのに申し訳ないんだが、我々は間もなく移動しなければいけないんだ。急な話で恐縮だが、あまり時間が取れなくなってしまったんだよ」


 山伏は最初に謝罪し、ついで学の推測に対する結果を話した。


「君の推測を元に、オリジナルのフェアロイドを実験環境下で動かして、実際に様々な知覚パラメーターを入力してみたよ。その結果、EMRのモニター座標レジスターにオーバーランデータを食わせることで、回路上隣に位置する予備レジスター、これは入出力ソフトウェアスイッチとして機能していたわけだが、これを出力反転することが出来た。そしてEMR装置アラームも発生した」

「じゃぁ、俺の推測は当ってたんですね?」

「そうだよ。君のおかげで最大の疑問に終止符を打つ事が出来た。オーバーランさせるデータの範囲が判明したので、我々はアドオンライブラリーを中心に、まだこのようなデータを含む情景データ等がないか洗いなおしてみた。だが残念ながら、痕跡は残っていなかった。おそらく証拠隠滅を図ったんだろう」


 移動の支度をしながら山伏は回答する。割り込むように十石がしゃべりだした。


「山伏さん車の手配は出来た。あと10分で到着する。すぐ移動しよう」

「どこに行くんですか?」

 学の問いに、十石は全く別な話をし始めた。

「和田君の推測には私の上司も、AIC社の上の人間も瞠目してるんだよ。何せ、我々が1年かけた捜査内容に2週間で追いついてしまったんだからね。それどころか、先々週話してくれた推測は我々を超えて進んでいた」


 まあ、これは社交辞令だ。学は事件から半年後に発刊された週刊誌の記事を読んでいる。半年分の成果を土台に学の推測は成り立っている。

 さらに十石は、学の手に握られたチラシを指差して言った。


「和田君が持っているそのチラシは我々も見つけた。他のバリエーションも含めて我々警察が押さえた物をここに張りつけてある。他部署の協力も得てね、この1週間で大分進展したよ。ところが、我々が語らなくても和田君はここまで追いついてきている。全く驚きだよ」

「これは、俺の友達の晃がくれたチラシです。そして晃は現在連絡が取れません。フェアロイドも圏外になっています」


それを聞いて十石と山伏は硬直した。


「今日、フェアロイド探検部と言う学校内のサークルの先輩から誘われて、オフ会に参加すると言っていました。最後に送ってくれたメッセージをライムに転送してもらいますね」


と学は二人に言うと、肩のライムに向かって言った。


「ライム、転送お願い」

「はい」


 移動の支度を止め、二人は転送されたメッセージをパソコン上で確認すると、ほぼ同時にお互いの部下に対して指示を飛ばした。


「誰か、このメッセージ発信者のGPSログを地図上に表示して」


部下の一人が答えた。


「残っているGPSログは、20時55分。場所は正面のディスプレイに映します」

「…同じポイントだ」


十石が呟いた。そして、和田の方に向き直って確認した。


「君の友達なんだね?」


声が少し怖いと学は感じた。


「はい。高校からの同級で、今は同じ大学に通っています」

「もしかすると確認してもらわなきゃいけなくなるかもしれないから、一緒に行こうか」


 確認ってなんだ? 学は不吉な予感がした。

 十石と山伏は荷物をまとめると足早に対策室を出た。学が後からついていく。さらに数人の刑事と思しき人間がついて来た。

 十石は歩きながら斜め後ろにいる学に話しかけた。


「ホワイトボードに貼られていたチラシは、元は警視庁の暴力団対策室の方で集められていたモノだ。実際にはあの100倍くらいチラシのバリエーションはあるんだけどね」


 十石はエレベーターのボタンを押してから話を続けた。


「1件1件チラシからリンクをたどったんだが、チラシから辿れるリンク先はすべて他愛のないエロ画像だったよ。ところが別の観点からみるとあの7枚は他とは違っていた」

「データ解析して多重レイヤの映像だってわかったとか? しかもレイヤ毎に知覚情報がリンクされていた?」


 学が話に割り込んだが十石には理解できなかった。


「なんだ? 多重レイヤ映像って?」


 十石の問いに山伏が答えた。


「画面の上に画面がある様なイメージですよ、十石さん。我々みたいに1枚のディスプレイ越しに対象物を見ていたのではわからないが、例えばこれ」


 山伏は胸ポケットのキャップの付いたボールペンを取り出して示した。


「通常の映像だとボールペンのキャップの中は映像に写らないし、映す必要がない。しかし多重レイヤ映像はオブジェクト単位で映像レイヤを持っていて、それを重ね合わせています。3Dモデルを組み合わせたシーンをそのままの形で見せている様な感じです」

「必要無いのに、何でそんな複雑な事をするんだ?」

「映像の中に入ってインタラクティブに楽しむには必要になってくるんですよ」


 山伏は、今度は学に向って言った。


「和田君。今回は凄い収穫だった。本当に感謝している。和田君が取って送ってくれたログは現在解析チームが解析しているが、あの情報を受けて我々がリンク先の情報を取りに行った時には、既に映像は差し替えられていた。十石さんが言う他愛のないエロ映像だったよ。更新時間は21時丁度だった」


 学も後20分アクセスが遅れていたら、単なるエロ映像を見せられていただけだったはずだ。あの映像データは、ほんの30分間だけアドオンライブラリーに登録されていて、偶然学はログに納められた事になる。晃のあのメッセージがなければ、それは叶わなかった。

 エレベーターの扉が開くと、部下が先に乗り込み扉を押さえた。山伏と十石がエレベーターに乗り込み、学もそれに続いた。


「我々は警察の人間だからね、全く別の観点からあの7枚をピックアップしたんだよ。あの7枚は風俗関係業者や暴力団とは全く繋がっていないチラシなんだ。そして、暴力団対策室の過去資料をもう一度ひっくり返してみたんだが、その手のチラシは1年前にも出回っていたらしいんだよ。今となってはシステム内にそれを特定できるデータがないので『らしい』としか言えないんだがね」


 十石はエレベーターの中で表示される数字を見上げながら話を続けた。


「それが、ここにきてまた出回り始めている。3月くらいからだ。我々は今回の件で、チラシに関係するのが一般のネット掲示板の情報で、君の言うオフ会と呼ばれる会合が重要なキーファクターになっている事を突き止めた。そこで松姫という刑事を潜入させている。彼自身には2s型を持たせているので、GPSログを辿れば彼の行き先がわかる。定時連絡は1時間ごとだった。ところが8時の定時連絡を最後に松姫と連絡が取れていない」


 エレベーターが地下2階に着き扉が開いた。エレベーターを出るとそこはビルの地下駐車場だった。エレベーターホール先の通路には警察の覆面パトカーが2台、天井の回転灯を回したまま止まっていた。

 先頭の1台の助手席に十石が座り、後ろに学と山伏が乗る。部下たちは後続の1台に分乗していた。


「場所は聞いている?」

「はい。連絡を受けています」

「じゃ、そこに急いで。現場付近に近づいたら回転灯を下してくれ」

「了解しました。急行します」


 ビルの駐車場を出るとパトカーはサイレンを鳴らしスピードを上げた。後続の1台も同様にサイレンを鳴らし始めた。


「どこまで話したかな。そう。松姫と連絡が取れなくなったというところだな」

 そういうと、十石は斜め後ろに座る学に顔だけ向けて聞いた。

「ところで和田君、あのチラシと映像を、犯人が用意したものだとすると、目的はなんだと思う?」


 学もそれを考えていた。視覚・聴覚以外の知覚情報はオリジナルの2型を含めて通常のフェアロイド端末では不要な情報だ。あってもユーザーに伝えることが出来ない。

 普通に見たのでは、ただのエロ動画でしかない。あれはE2Pのライムが居てこそ体感できたデータだ。


「もしかすると…」


 学は、自分の考えが突拍子もないものに思えて言うのを躊躇したが、隣の山伏にもなんでもいいから思いついたことを言えと言われ、言葉を続けた。


「洗脳実験の為、実験台集めの撒き餌じゃないですかね?」

「ほぅ。その根拠は?」

「以前、フェアロイドは官能的なサービスを実現してくれるという噂がありましたよね。俺は、チラシのリンク先を実際に体験してみて、あの噂はあながち嘘ではないということがわかりました」

「なるほど」

「でも、噂に上るためには誰かが噂を流さなければならない。意図的に流す噂はその意図が匂ってくるので噂としては短命に終わるか、あるいは出所が特定されてしまうもんです」


 学は時々達観したどこかの親父かと思うような言い回しをする。


「噂はかなりの期間聞かれました。あまりおおっぴらになることもなく、一部の週刊誌で取り上げられる程度で。直感でしかありませんが、あれを体験している人は相当数いると思います。そして、一部の人を除いて、その人たちが今普通に生活できているかは判りませんが」

「なぜ?」

「多分、あの映像はソフトに出来てると思います。あの映像で被害者を釣った後、犯人は徐々にハードな映像を体験させて虜にして、被害者が自分の意志で犯人の元に来るようにしてから洗脳の実験台に使うんじゃないでしょうか? 強制的に手元に置こうとしたら、きっと反発する人間が出ます。そういう状況であれば警察だってしっぽをつかむのは容易でしょ?」

「和田君は帰納的に物事を理解するんだね。面白いなぁ」


 パトカーは首都高に乗り、更にスピードを上げた。先行車はスピード違反で捕まったのかと誤解し皆スピードを落として路肩による。その脇を2台のパトカーはすり抜けて行った。


「今回の件で犯人は、おそらく出力可能なEMRをすでに開発していると思います。そして人間の知覚情報を擬似るツールは1年前に開発済です。十石さん、隠してないで教えてくださいよ。EMR部品の流通経路は警察が押さえているんじゃないですか?」

「相変わらず鋭いね。警察では3か月前にEMR部品が大量に発注されたことを掴んでいる。ただし海外からだがね。輸出されたEMR部材が日本に再び戻ってきているかは分からないがおそらく形を変えて戻ってきていると思う。ここは申し訳ない、追跡できていないんだ」

「EMRがなければ話になりませんからね。俺が撒き餌と言ったのは、こんな順序で犯人が事を運ぶと思ったからです」


学は指を折りながら1つひとつ手順を話した。


「1.チラシを配る、あるいは外のサイトで噂を流す。

 2.興味を持った人間が情報を見る。

 3.口コミの場、今回の例でいえばオフ会に犯人の手下をもぐりこませる。

 4.1年前の官能世界を体験できるところがあると場の人間に伝える。

 5.人間を1か所に集め犯人が開発したEMR付きのフェアロイドで例の映像に触れさせる。

 6.スタティックな映像に飽き足らない人間に対し、オンデマンド体験を薦める。

 7.オンデマンド体験を望む人間を個々に別の場所に移し洗脳の実験台とする」


ここまで話して、学はうつむいた。


「晃は今圏外だ。最後のステップの1歩手前まで来ていると思ってもいいかもしれませんね。そして犯人は、今回はオフ会メンバーをまとめて別の場所に移して、一気に最後のステップに移ろうとしているのかもしれませんね」


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