◆オフ会
その後数日は、十石はもとより山伏や太田からも連絡がなかった。
学は自分の話した内容が当っていたかどうか知りたかったが、そうそう早く結果が出る物でもないだろうと、こちらから連絡する事を控えていた。それよりも学には大学がある。すでに講義は始まっている。1年の頭から課題は山積みだった。
「最近逢わないじゃん?」
その日、学が大教室での講義を受講後次の教室に向かおうと廊下に出ようとすると後ろから声をかけてくる男がいた。顔を見なくても分かる。晃だ。
「学この講義とってたんだ。助かるわ~」
おそらく試験前にノートをコピーさせてもらって「助かるわ~」なんだろう。学は別に晃を避けていたわけではなく、学部は同じでも学科の違う晃とは受ける授業が合わないだけだ。
「俺、フェアロイド探検部に入ったぜ」
「頭に美少女って付くアレか?」
「いや、そっちじゃなく探検部。もうちっとアダルティな奴~」
「何を探検してんだよ?」
「おほっ、お前興味あんの? 楽しいぜ~。個人がライブラリにアップしてる情報はかなりニッチでカルトな物があってよ。良くこんなのAICの検閲をパスしたなって情報も盛りだくさん。もう、映像と音だけってのが悔しいわ」
「なんだかなぁ。…どうやってそう言うところの情報を集めるんだよ?」
「大体先輩が拾ってきてくれるんだけどな。GPS情報を直接指示するのが多いな」
フェアロイドは基本的にはコンシェルジュなのでユーザーが欲しい情報しかアクセスしない。フェアロイドはユーザーを良く観察しており、その表情で潜在的にユーザーが欲する情報を提供してくれたりするが、その検索にはキーワードが必要だ。
例えば、仕事で外出しているユーザーが眠そうにしている。後の予定は詰まっているが、次の予定までにはちょっと間があるという様な状況だったとしよう。
フェアロイドは、ユーザーの観察により、「疲労」「眠そう」などの身体的な不活性状態を把握する。更に自分の管理しているユーザースケジュールから次の予定や移動時間を計算し、余裕時間があると判断する。同時にユーザーを活性化させる必要があると判断する。
フェアロイドは不活性状態を活性化する為の手段を共通認識エリアのライブラリーから検索する。つまり、疲れて眠そうな時、一般の人ならこうするという情報を引き出す。これをユーザーの個人情報エリアのそれと対比させ、複数の1/f揺らぎAIを使って個々に結論を出させる。
出た結論、例えば<コーヒーショップでコーヒーを飲む>と言う様な答えをAIが出したとすれば、そのAIは近場の<コーヒーショップ>を検索し、先の余裕時間で実現が可能か判定する。
こうして個々のAIが出した結論は、多数決処理によりベストな解としてユーザーに提供される。提供するのはフェアロイド端末だ。
「xxさん、眠そうですよ? この先にコーヒーショップがあるから、少し休んでいきませんか? 時間はxxまでだったら大丈夫です」
といった具合に。
こう言った、ユーザーに対する課題解決手段としてライブラリーに載せられている情報は良く検索されるが、中には何のために使うのか分らない情報もライブラリーに上がっている事がある。
一例をあげると学が最初にライムと出会った草原の映像だ。あの映像は草原と言うキーワード以外に目ぼしいものがない。特徴に乏しい情報はアクセスされにくい。また、故意にキーワードを少なくしている情報もある。アダルトもので検閲ギリギリの情報などの場合だ。
この手の業者は、AIC社の画像自動検閲の穴を巧みに利用し公序良俗に反する情報をシステム内に展開する。
こういう情報は不特定多数の視線に晒されると、どこかから通報が出て削除要請あるいは強制削除となるため、故意にキーワードを少なくし、一般の視線に晒されないようにする。しかし特定ユーザーにはアクセスしてほしいという矛盾がある。
そのキーワードとしてよく使われるのが緯度経度情報だ。人の立ち入らない山中や海の上などがピンポイントで指定され、しかもそれ以外のキーワードがない場合、通常のユーザーはまずこの情報にたどりつけない。
このようなキーワード情報はフェアロイドシステム外の掲示板等でやり取りされ、ユーザーがシステム内でフェアロイド端末に直接キーワードを指示することでターゲットの情報にアクセスしている。
「実はさぁ、今日先輩から誘われてんだよ。お前も行かねぇ?」
「どこへ?」
「フェアロイド探検者のオフ会」
「やだよ、そんなオタクな集い」
学は笑いながら断った。
「まぁ、お前もコレ見たら行きたくなるって」
晃は風俗チラシのような小さな紙を無理やり学の手に握らせた。色っぽい、半分乳房が露わになった女性の写真の上に緯度経度情報が記載されていた。
「これで何しようってんだよ?」
「いやいや、こういう情報を集めるわけよ、オフ会で。もしかしたら2s型でも愛梨が夢を見させてくれるかもしれないじゃん」
「ねーよ、馬鹿だな。EMRがなければ夢は見られないんだよ」
その通りだ。脳へのインターフェースが今のフェアロイドにはない。オリジナルの2型を所有しているユーザーはあの事件以降、大半が2s型に移行した。残ったユーザーもEMRパッドを外し、2s型と同じソフトウェアをフェアロイド端末側にインストールしており、実質2s型と変わらない。この前晃が見かけた、EMRを付けたサラリーマン風の男はむしろ例外的な存在だ。
このような状態で、犯人はどのように事を運ぼうとしているのだろうか? 学はふとそんなことを考えていた。
家で夕食を食べた後、学はライムと例の浜辺のベンチに腰かけていた。
「あ、学さん、晃さんからメッセージが来ました」
デディケートモード中の映像はなかなか凝っている。空からライムの手元に1通の手紙が舞い降りてきた。ライムは学に肩を寄せ、学と一緒に覗き込むようにして手紙の封を開いた。
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学~。お前家に帰っちゃったの? おしーなー。
オフ会で参加者たちと意気投合しちゃって、
これから河岸を変えマース。
なんか、フェアロイドを上回るシステムの
特別公開に急遽参加できることになったので
これから体験してきまーす。
官能を堪能してくるゼv
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相変わらず馬鹿っぽいメッセージだ。学はふと晃からもらったチラシのことを思い出した。
「晃からもらったあのチラシの情報ある?」
「緯度経度情報は記録してありますよ。アドオンライブラリーから持ってきましょうか?」
「見るからにいかがわしいチラシだった。いきなり開いて大丈夫だろうか?」
「EMR対策は出来ていますから、万が一学さんが言うような攻撃を受けても私は大丈夫です」
そこは、山伏が対策しているので信じるしかない。それに、学も年頃の男だ。興味がないわけはない。具合が悪くなったらすぐオペレーターに連絡すればよいだろう。チャレンジしてみることにした。
「ライム、信じるよ。行ってみようか」
「はい」
学は一計を案じた。
「ライム、これから起きることを記録してくれるかな?」
「この世界をですか?」
「うん。画像と、あと俺の神経系のデータ」
「わかりました」
ライムはライブラリーからデータを拾ってきた。夕暮れの浜辺の映像が崩れ、薄暗い部屋の一室が見えてきた。部屋にはベッドが2台置いてある。そこだけにぼんやりとスポットが当たっていた。
1台のベッドの上には半裸の女が横になってこちらを見ている。女の身体にはゆるくシーツが巻かれていた。学には太田と同じくらいの歳に見えた。
「拾ってきた映像はこれ?」
「はい。緯度経度情報にリンクされているライブラリーはこれしかありませんでした」
女に近寄っていくと、女はこちらに視線を向けたまま緩やかに自分の股間に手を滑らせた。反対の手はシーツで隠れた乳房のあたりでモゾモゾと動いていた。半開きの口からは濡れた吐息が聞こえた。
学は横にいるライムの顔を見た。頬が赤くなっている。人形のライムであれば冷却液の循環で赤くなることがあるが、この世界のライムが赤くなるのは恥ずかしいという演出なのか?
「きて」
ベッドの女が囁く。満たされない女を演じていた。徐々に女の動きは激しくなり、やがて恍惚とした表情で甘い悲鳴のような声を発すると、そのままベッドの上で息を弾ませたまま動かなくなった。纏っていたシーツの間から、濡れた指と太腿が露わになっていた。
学はライムの手をぎゅっと握ったまま、そっと女の近くに寄った。女はそもそもスタティックな映像なので学の動きには反応しない。だが、学には映像とは思えないほど生々しいものに写った。
そのまま女の濡れた指に触れてみた。
ぬるっ
という感覚が学の指に伝わった。
太腿にもそっと触れてみた。暖かい体温が学の手に伝わった。そのままシーツの中に手を滑り込ませる。学の手に湿気が伝わる。そしてシーツに隠れているにもかかわらず、学の手は女の身体に触れる事が出来た。手のひらに女の湿り気を帯びた肌、手の甲にシーツのざらっとした感触を感じる事が出来た。
「この映像は多重レイヤになってる。しかも知覚情報がそれぞれのレイヤに添付されてる」
「そうですね。随意神経系に関する情報が大量に含まれています」
「この映像がアドオンライブラリーに登録された日付ってわかる?」
「はい。最終更新は、今日です。20時30分に更新されています」
学は事の異常さに気づいていた。
アドオンライブラリーに登録される映像データは、ユーザーが体験した映像、もう少し正確に言えばユーザーと一緒に体験したフェアロイドが記録した映像だ。その映像に添付される知覚データはあくまでフェアロイド2型のユーザーが体験した知覚データをフェアロイドがモニターして記録している。
ユーザーに風が当たっていれば、ユーザーの末梢神経が風に対してその刺激を電気信号に変えて脳に送る。それをEMRパッド経由でフェアロイドがモニターして映像データに添付する。ベンチなら、ベンチに座った時の末梢神経の反応を映像データに添付する。
多重レイヤの各オブジェクトの各部に詳細に知覚情報が添付されているとすれば、それはユーザーが意図的に接触しその触覚情報をフェアロイド端末に供給しなければならない。さもなければユーザーの体験した知覚情報のみが漠然と映像データに張り付くだけだ。
学が濡れた指に触れた時に得た感触、太ももに触れた時に得た感触も、このデータの登録ユーザーが体験した知覚情報であるべきだ。
学が異常だと感じているのは、まさにそこだ。
何のためにこのデータの登録ユーザーはこんな知覚情報を用意したのか?
そもそもこのような知覚情報付き映像データをアドオンライブラリーに登録出来るのは、自分以外にはEMRを持つ2型ユーザーしかいないはずだ。しかも、せっかく登録してもそれを享受できるフェアロイドユーザーはシステム内にはいない。唯一の例外が学のE2P端末=ライムだ。
にもかかわらず、つい先ほど最近最終更新されている。
何のためにこのデータが作られアップロードされたのか?
学は事件に何らかのつながりがあるのではないかと考え、まずはオペレーターに連絡を取ることにした。ライムは学が使い慣れているスマートフォンをこの世界で生成すると学に手渡した。
「はい。和田さん。専属オペレーターの白石です」
「あれ? 今日は太田さんじゃないんですね?」
「太田は明日の朝8時からですね。それまでは私の担当になります」
「白石さん、今からライムがそちらにデータを送りますので受け取ってもらえますか?」
「了解です」
「それと、十石警部と山伏さんと連絡を取りたいんですが?」
「お二人とも対策本部にまだいますよ。替わりましょうか?」
「じゃあ、山伏さんをお願いします」
暫くして、山伏が出た。
「山伏です」
「和田です。お忙しいところすみません。今話しても大丈夫ですか?」
「あぁ、OKだよ。なんだい?」
「ちょっと面白いデータが取れたので、今そちらに送りました。解析してみてほしいです。それと、まだ1時間くらいは居ますよね?」
「多分今日も泊りじゃないかなぁ。席を外すとすれば風呂屋に行くときくらいだな」
「わかりました。じゃあ、これからそちらに伺います」
学はこの映像を体験した後、晃のことが少し気になっていた。
「ライム、セミコンタクト」
女の映像から自分の部屋に戻ると、学は外出の支度をはじめながらライムに言った。
「晃に電話したいんだけど、つないでくれる?」
「はい。…あ、学さん、晃さん愛梨ちゃんをスリープモードにしてるか、電波の届かないところにいるみたいです」
「え?」
現状AIC社の無線網は日本国内ならほぼ100%繋がるようになっている。つながらないのはシールドルームや地下のシェルターなど例外的なところだけだ。
晃の性格で愛梨をスリープにしたまま移動しているとは考えにくい。学はますます気になった。
「じゃぁさ、メッセージ入れておいてくれる?」
「はい。何と伝えましょうか?」
「至急連絡乞う。現在地を知らせてくれ」
「送りました。次に圏内に入れば愛梨さんにメッセージが届きます」
学が玄関に出ようとすると、母の咲江が声をかけた。
「こんな時間にどこ行くのよ? もうすぐお父さんも麻美も帰ってくるわよ?」
「ごめん。ちょっとAIC社に行ってくる」
「明日じゃだめなの? ライムちゃん調子悪いの?」
「いや、そうじゃなくて。急遽AIC社の先輩に話を聞ける機会が出来て、ほら、就職に有利になるから」
「もう9時すぎなんだから、帰れなくなったら電話しなさいよ?」
「わかった」
学は駆け足で駅に向かうとそのまま上り電車に飛び乗った。新都心までの40分が長い。新都心の駅に着くと学はまっすぐAIC社に向かい、通用門から中に入れてもらった。
その時点で10時を回っていたが、晃からの連絡はなかった。




