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■4/ブリキとカカシ、魔女からの招待状(1)

 あの後、なぜだかドロシーは眉根をひそませながらそのままどこかへ出かけてしまった。濡れるぞ、と背中から声をかけても聞く耳もたず。まぁ、勝手にしろと言いたかったのだろう。素直じゃないねまったく。


「よっこら、せ——」


 ならば勝手にさせてもらうさ、と俺はビレッタを事務所で休ませるべく、彼女の身体を掬うように抱き上げた。



「——うお、な、なんだぁ!?」



 まさにその時だ。彼女の身体がビクンと跳ねて、俺を拒否するように三度の弱い衝撃波が俺の身体を軽く突き飛ばした。そのまま彼女は独りでに立ち上がり、全身から薄緑色に発光する粒子がほとばしった。メイド服の隙間からもそれが漏れ出ている。その光はオルタから魔力を解放したときの現象にそっくりで、なにより、


「今の衝撃波といい、ドロシーの変身とそっくりじゃないか……ッ!」


 そしてその変身という言葉はしかと結果として顕れた。ビレッタは開ききった瞳孔で虚ろにこちらを見ながら、人間とは違う何かへと変貌していく。徐々に無機質な鉛色の鎧に包まれるように——否、鎧そのものへと変革するように、彼女の痙攣している身体が足下から書き換えられていくのだ。


「な、なんで、どうして……」


 どうして急にビレッタが変身するんだ。彼女は確かに気絶していたはずで、それにもう彼女をオルタとして縛りつける魔力も解放したのに。


「、あ……ッ」


 そうか、魔力だ。俺はゆっくりと変身を続けるビレッタを見ながら一つの可能性に思い至る。

 俺は、かつてドロシーに教わった魔力についての知識を思い出す。



「魔力の大きい人間は魔法をかけられたことによって、眠っていた魔力が目覚めてしまうことがある……ッ!」



 それは、言うなれば魔力の共鳴だとドロシーは言っていた。おそらく、ビレッタの中に眠っていた魔力が目覚めてしまったのだと思い至る。いやしかし、これは——、


「トトぽちの考えてる通りッス! それは紛れもない変身——ドロシーたんと同じチカラに違いありません!」


 自分で自分の考えに否定をしようとしたところで、いつの間にか俺の背に隠れるようにグリンダさんがしがみついて俺の意見を肯定した。


「所長!? あ、危ないから下がっててくださいよ!」

「いいえ下がりませんヨ。このグリンダちゃん、伊達や酔狂で解決屋の所長をしているわけじゃーないのッス! っちゅーか、トトぽちこそ離れてください! このままじゃ変身の暴走でメイドちゃんに殺されちゃいまスよ!」

「い、いや、でもこれが本当に変身って決まったわけじゃ……!」


 見るからに、この状況はドロシーと似ているがしかし、似ているだけなのだと俺には思える。なぜなら、『変身』に蝕まれているビレッタの表情は明らかに苦しんでいるからだ。全身が痙攣し、うつろな目からはボロボロと涙が溢れてきている。変身によるビレッタの鎧化は、すでに下半身を浸食し終えており、いまや鎖骨のあたりにまで影響が出始めていた。


「トトぽち、はやく下がって!」

「所長は一体なにするつもりですか!?」

「メイドちゃんを……殺して止めます」


 そう答えたグリンダさんの表情に、いつものようなあどけなさや茶化した雰囲気はどこにもない。まるで別人のように、苦しむビレッタを冷ややかな目で見据えている。


「そんな……そんなこと、所長にさせられねーって!」


 あまり触れたことのない所長の雰囲気に飲まれそうになるのを、ぐっと堪えて俺は別の道を探すべく話を引き延ばしにかかる。ビレッタの『変身』はすでに首にまで延びていた。だからといって、所長に誰かの命を奪わせるなんて真似、出来るはずがない。


「だ、大体、ビレッタは元オルタですよ? 魔力に対する耐性がないからこそ、魔女の操り人形になっていたんでしょう!? それが変身だなんて……まだ他に止めようが——」

「魔力拘束具を外したからといって、被害者からすべての魔力が解放されるわけではないんスよ」


 所長は他に止めようなどないのだと、言外に含ませているように話を続ける。

 ——魔女の魔力は残滓として身体に残り続ける。ビレッタの元々持っていた魔力量は、魔女への耐性になるほどは多くなかったはずだ。しかし、決して少なくはなかったのだろう、と。それ故に、


「魔女の魔力の残滓がメイドちゃんの魔力量に加われば、あとはキッカケ一つで異形への『変身』——こういった魔力の暴走——は十分起こり得る事態ッス」


 そのキッカケとは、魔女以外の魔力総量が多い人間との干渉だ。


 ——たとえばそう、ドロシー・キャスケットのような。


「先ほどのドロシーたんの必殺パンチが、トリガーだったに違いないッス」


 それこそ、ドロシーとメイドちゃんが魔力共鳴を引き起こすくらいには十分なレベルの接触だったと、所長は締めくくった。


「御託はここまででっせ、トトぽち。あの状態に陥った人間は苦しみながら暴走を続けるッスよ。そうなったら、もう魔女や使い魔と変わらない——人間じゃなくなるんですよ」


 それは、もはや人に仇為す怪物でしかないのだ、と。

 だからこそ、殺すしかないって?


「そんな無茶苦茶があってたまるかよ……!!」


 これからゆっくり話し合っていけば、ビレッタだって俺らと共に道を歩めたかもしれない。だって、あいつは魔女に襲われ、利用され、そして騙された身だ。魔女を追う理由としちゃ多すぎるほどだ。


 誤解さえ解ければ、きっと仲間になれたはずなのに。


「なのに、なんで殺すしかないなんて……!」


 身分こそ王城付きと庶民で天と地ほどの差があるが、ドロシーも俺もビレッタも、皆かつて魔女に襲われたという境遇は同じじゃないか。そしてその末に、俺は記憶を失って、ドロシーは魔力拘束具を外すと変身する体質に変わってしまった。


 なのに、なのになのに。ビレッタだけが、どうしてここで終わらなければいけないんだ。


(……あぁ?)待て、どうしていま俺は『かつて俺が魔女に襲われた』ってことを……、



「トト・ザ・スケアクロウ! 下がりなさい!」



 漠然とした思考の中でなにか重要なことをつかみかけたが、途中でグリンダさんの激昂に驚いて思考が止まってしまった。グリンダさんが、こんな声を出すなんて。


「これ以上は限界——放って置けないッスよ! 奔流する魔力が抑えられない……ッ!」

「魔力が…………抑えられない……?」


 待て、魔力が抑えられないってのはどういうことだ?


「し、所長! 聞きたいことがあるんだけど、」

「トトぽち、気持ちはわかりますがここは——」


 グリンダさんはもうこちらの話を聞く体勢じゃない。なにをするのかは分からないが、ビレッタの方に向かって腰を落とし、攻撃をするタイミングをはかっているようだった。


 ビレッタの顔が、もう半分以上『変身』に浸食されていた。鉄色の丸みを帯びた仮面——ヘルメットが、歪な緑色の輝きを放つ魔力を帯びながら徐々に顕現している。本当に時間がない……が、一筋の光明を俺はその魔力に見た。だから、所長の制止を無視して俺は無理矢理言葉をねじ込む。


「魔力が抑えられれば、変身は止まるのか!?」

「——なんでスって?」

「だから、あいつの魔力が抑えられれば、ビレッタは怪物にならずに済むのかって聞いたんですよ!」

「そりゃ理論的にはその通りッスが、それが出来ないからグリンダちゃんがこうして……」


 だめだ、時間がない。所長の反論につきあっている暇があるなら、もう行動に移さなければ。


「ちょ、ト、トトトトぽち!? なにするつもりッスか!?」


 俺はグリンダさんに後ろから抱きつく。彼女の綺麗な銀のツインテールがさらさらと揺れる。ふわりといい匂いが鼻孔をつくが、そんな感覚に浸る間もなく俺はグリンダさんの小さな体躯をまさぐりはじめた。


「ちょっと、しつれい」

「や……あ…………んっ」


 あった。指先に引っかかる紐の感触を頼りに、一気にそれを引っこ抜く。


「します……よっ!」


 掲げた俺の右手に、ブラジャーが握られていた。ブラジャーとは、フロントホックの黒い無機質なもの。それは、一週間前にビレッタから回収した、


「オルタの魔力拘束具ッ!? まさかトトぽちッ」


 やはり、と俺は口元をつり上げる。ズボラな所長のことだからまだ換金せずに手元に残していると思っていた。


「そのまさかですよッッ!!」


 俺は息つく間もなく地を蹴って飛び出す。目標は変身中のビレッタ・インプレートだ。ブラを両手で広げ、そのまま今度はビレッタに抱きついた。


「……■■■■!?!?」


 彼女の聞き取りづらいうめき声が耳元から聞こえた。肩紐を通している余裕はない、そのまま背中から強引に服の上から拘束具をとりつけようとする。


「ぐ、お、おお……!!」


 一瞬にして、激痛が全身を奔った。得体の知れないなにかが、電のように俺の中で暴れ出す。どこか懐かしいような感覚に、意識が飛びそうだ。


「いけないッス、そりゃ無茶ッスよ! 魔力の重圧でキミの身体が潰されちゃう!」


 その遠のく意識をこちら側に引き戻してくれたのは、背後から来た所長の悲痛な叫びだった。信頼している人物の声が、崖っぷちで俺の意識を掴んでくれている。ああそう、これが魔力って奴なのね。


「これじゃあ、痛いよなあ……っ、苦しいよなぁ……ッ!」


 ——なぁ、ビレッタ。ついさっき出会ったばかりだけど、お前とはどこか別の場所で会ったことがある気がするんだよ。お前が最初から敵じゃないように思えたのは、きっとそういうことなんだろう?



「お前は、俺の知り合い、なんじゃないのか!?」



「っ、トトぽち……それはただの勘……幻想ッス……離れてください、じゃないとその幻想がキミを殺す……殺されちゃう!」


 弱々しく声をかけてくれるグリンダさんの言葉通りだ。確かに、それは幻想以外の何物でもない。


「そんなの、話して見なきゃわからないでしょう……!」


 だが、その幻想を信じるのも悪くはないだろう。だって、記憶がない俺は幻想以外に——直感以外に縋るものなんかないのだから。

 俺自身の直感を信じなくなったら、俺は何に縋っていけばいいんだよ。何を頼りに、記憶(俺自身)を取り戻せばいいんだよ。

 俺とお前は、昔会ったことがある気がする。だとすれば、お前はきっと俺の記憶を取り戻す鍵なんだ。


「だったら、なおさら放って……置けねえよ……!」

「■■■……■■■■■■ッ」


 苦しいだろう、痛いだろう。辛いだろう。ドロシーも変身するとき、案外こんな風にいつも辛い思いをしているのかもしれない。だけど、俺はそんなお前に同情するから助けるんじゃない。


「俺は俺のエゴで、お前を助けるんだ……うお、お、お、おお……っ」

「■■■■■■■■■■■■■■」

「トトぽちィーーーーッ!」


 激痛を感覚から無理矢理シャットダウンして、無心でブラジャーのフロントホックを繋ごうと両手に一層力を込める。反発する魔力がバチバチと不穏な音を立てて、俺の意志に逆らおうとしていた。


「■■■……■■け…………たすけ、て……っ」

「ああ、助けてやる。だから戻ってこい、ビレッタ……!」


 お前は俺達と一緒に来るんだよ……!



「おおおおおおおおおああああああああッッ!!」



 そして、俺がフロントホックを繋げた刹那。まばゆいばかりの緑色の光の柱が、俺とビレッタを包んだ。

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