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■2/フェイクリーと刺客と竜巻少女(3)

     ●



 そんなことがあってからちょうど一週間後のことだった。今日は雨模様で、雷も時々チラついている。そんな天候のせいで事務所周りの清掃も出来ず、今日も俺たちは事務所待機で退屈な時間を過ごしていた。


「はぁ……」

「ふぅ……」

「よほぉ……」


 三者三様。俺もドロシーもグリンダさんも、各々が各々のタイミングで何度ため息を吐き出したかわからない。

 解決屋の仕事の一つとして、住民のお悩み相談……いってしまえば何でも屋のようなこともやっているのだが、こう天候が悪いと相談にくる客もいない——というかそもそも解決屋の評判が悪すぎて客が来た試しなどない——のだから、そりゃ暇を持て余すってもんだ。使い魔も現れないしな。


 そんなわけで俺は時間つぶしもかねて、見るに堪えない事務所内の惨状を片付けているわけなのだが、


「……二人とも、何にもせずにぼーっとしているくらいなら、ちょっとぐらい手伝おうとは思わんのですかね?」


 俺たちの共同スペースなうえに応接間も兼ねてるんだぞ。もし本当にお客さんが来たときどう対応するつもりなんだよ。

 ——というやりとりも、この一年でずいぶんと繰り返してきたからか、二人の反応は芳しくない。


「あー、そりゃトトの仕事っていってんでしょーよー」


 ドロシーは気怠そうに手を振ってそれきりだ。まぁ、もともと彼女には奴隷扱いを受けていたようなものだから、こんな扱いも慣れっこだけれど。


「空が青いッスねぇ」

「真っ暗ですよ」


 窓の外を眺めている所長に関しては、反応が芳しくないとか、そういう世界じゃない。もはや「話しかけられたらなにか言葉を返せばいい」という条件反射でしか生きていない。機械人形かよ。


「へいへい……わかってますよ、どうせ俺の仕事ね……」


 何度言っても掃除をしそうにない二人にあきれて、何度目かわからないため息をつく。内心では分かっていたはずだが、こうして改めて自分の立場の低さを再認識するとなんだか情けなくなってくるな。



     ●



 両腕に抱えたいくつもの本を円卓の上に積み上げる。このテーブルはようやく片付けの終わりが見え、大分物のないスペースが増えてきた。ゆえにここに本を積み上げることは気後れしてしまうのだが、本棚に入りきらない物の処分を決めるにはこうするしかない。


「所長、結局どうするんですかコイツら」

「んあぁ……捨てるのもったいないッスよねぇ……」


 やっとまともな会話が出来るくらいまでには回復したのか、所長は眠そうな目をこすりながらもテーブルの上に積まれた本を眺めてそう言った。


「いやしかしですね。俺がつとめてきたこの一年ずっともったいないって言い続けて一度も読んでないじゃないですか」

「そこに気付くとはトトぽち、あなどれないッスなぁ……」


 そんな風にグリンダさんが目を丸くしてこちらを見て驚きを表現すると同時に、ドロシーもまた目を丸くしながら反応していた。


「あなどれないというか、所長の読んだ本チェックしてるとかただの神経質よね」

「……ドロシー、お前な……」

「え? なに、これでも一応褒めてるつもりなんだけどアタシなんかまずいこと言った?」

「いや、なんも……」全然褒めてるように聞こえなかったよ。ドロシーに褒められたこと自体少ないもんだから、体が自然にすべての言葉を暴言だと受け取ってしまう。


 悲しい条件反射だ。


「はぁ、まったく愉快だぜ……まぁいいや所長。この本の扱い、夜までに決めといてくださいよ。いい加減疲れてきたんで、俺ちょっと休憩……」


 こんな感じでかなり停滞しきった空気が変わったのは、いつまでも終わらない事務所清掃に俺が音を上げた瞬間だった。事務所入り口である両開きの木扉をノックする音が響いたのだ。


「うわ、来客だ!」


 俺がここに勤め始めて以来、初の来客だ。


「はーい、いま出ます! ……こんな汚いとこ通していいんすか所長」正直俺が客だったら事務所を見た瞬間に逃げ出すと思うけどな。しかしそれはあくまで俺の意見である。長い間こんな部屋で過ごしていたグリンダさんは特に気にすることもないと余り袖をゆらゆらとはためかせながら言った。

「のーぷろのーぷろ。暇な空気を一新したいので掃除はまた今度でお願いするッスよー」

「……はぁ、了解しましたよ。お客さん入ります」


 扉を開けて「お待たせしました」と軽い会釈を交えてお客さんの顔を見る。見覚えのある顔だった。雨が滴る黒髪のセミロング、少し頬がこけているが整った顔立ちに、小さな泣きぼくろ。ずぶ濡れになった全身を包んでいるのは、同じくずぶ濡れの、


「メイド服……?」

「そう。メイドだよ」


 ドロシーや俺と同年代の少女——一週間ほど前に助けた元オルタの女の子は、鈍色の瞳で冷ややかにこちらを射抜いてそう答えた。

 余談かも知れないが、こうしてまじまじと彼女を見据えると、なんとなく懐かしい匂いがする。俺、もっと前にこの子とあったことがある……?



「ボクはシルクハット・オズ直轄のメイド、ビレッタ・インプレート」

「……つまり、王城付きのメイド兵……? そんなバカな」


 あのとき、エルファバと入れ替わるように俺たちを襲ってきたオルタの正体が、王城で働くメイドだなんて考えもしなかった。メイドとはいえ、城で働く彼女たちは炊事や洗濯などの雑務に加え戦闘の訓練まで受けており、生活においても様々な権利や保証が確約されているメイド兵と呼ばれる存在だ。俺たち解決屋みたいな庶民とは比べものにならない、いわばお偉いさんだ。

 ビレッタと名乗った彼女が、そのお偉いさんだというのは良しとしよう。しかし、メイド兵は基本的に外に出ることがない。つまり彼女がオルタになったということは、城が魔女に攻められたと考えるのが自然な流れだ。


 その考えに至ったのはどうやら俺だけじゃないらしく、ドロシーもグリンダさんも同様に表情を強ばらせて、いぶかしむようにビレッタの顔を見た。


「そんなお偉いさんが、アタシ達みたいな木っ端の解決屋になんの用事よ」


 そう、問題は彼女が俺たちに何の用があるか。

 彼女たちは有事の際、兵士として動けるように戦闘訓練を受けている。本当に俺が考えるとおり城を攻められたというのならば魔女を倒すべく城で戦闘をしているはずだし、国は城攻めによってもっと混乱しているはずで。そうじゃないにせよ、メイドがこんな片田舎まで出張ってきていること自体、異常なのだ。王城側が庶民に用事がある場合、普通は「城まで来い」という旨のお達しがあるはずである。


「用事か……そうだね、ボクの用事は——」


 しかしビレッタは俺達の視線を意にも介さず、冷ややかな目を冷ややかなままに、表情をまったく動かさずに、ただひとつの身じろぎもせずに答えた。


「——魔女、ドロシー・キャスケット。キミを殺しに、ボクは来た」



■三章へ続く■

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