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■1/ゾロアとオルタと竜巻少女(2)

     ●



 商業区画はひどい有様だった。建ち並ぶ店の建物はあちこちが崩れ、人々が逃げ惑っている。その逃げる人は皆、俺達の姿を見るなり、


「ブラ付きだ!」「解決屋じゃねえか!」「うちの店ももうお終いだぁ!」「あ、でもカカシがいるぞ! ラッキー!」


 など、口々に罵倒を浴びせてきた。ドロシーのようにブラジャーを身につけている人は他にはいない。それも当然だ。

 ブラジャーを着けているということは、すなわち人を超えた力を持った異形の証明なのだ——一般人からすれば、使い魔と同じ化け物なのだろう。ゆえに、いくら化け物を倒すためにこうして俺達が駆けつけても、国民からの風当たりは強くなる一方だ。


 この一年でドロシーがこうして蔑視される光景を随分と見てきたが、俺はまだ慣れることができない。今後、慣れる予定もない。

 しかし当の本人はとっくに諦めたのか、はたまた慣れてしまったのか。気軽な様子で、俺の姿を後ろから元気に励ましていた。



「ほらほらトト、頑張ってがんばって! 上手く逃げ切れたらいっぱい褒めたげるっ!」

「ド、ロ、シ、イ、イイイイ………!」


 こんな目に遭わせやがって恨むぞ死ぬぞ化けて出るぞ呪うぞ絶対に許さないぞ。そんな長台詞が、走りながら息も絶え絶えに言い切れるはずもなく、俺の喉は虚しく彼女の名前を、怨みがましく叫ぶだけだ。


 遠巻きに見物している彼女は楽しそうな表情をしているんだろうな、とはなんとなくわかるのだが、俺の怨念の叫びが果たして彼女の耳に届いたのかどうかは確認できていない。

 だって、俺は走っていたから。それもただの疾走じゃない、逃走だ。


「ギィイイイーーーー!!」

「ギィォオオアーーー!!」

「ギィーギィーァアア! ギィアーーア!!」


 ご覧の通り、ヒヒとコウモリの合成化け物——魔女の低級使い魔『ゾロア』が三体、俺をめがけて追って来ていた。まるで一年前の光景だ。



 ……時々、このエメラルドには国外追放されたはずの魔女からちょっかいを出されることがある。再び力をつけてこの国を乗っ取るつもりだとか、自分達を追い出した張本人である国王への復讐だとか、目的は色々あるみたいだ。そしてそのちょっかいの度に、魔女達はこうしてエメラルドに使い魔を送り込んでは市街地で暴れ回るのだ。


 まったく、人騒がせというかなんというか、迷惑な話である。

 その迷惑な話は他人事では済まされない。なぜならば、まことに愉快なことにその魔女の脅威から国民を怯えさせないために働いているのが、俺達『解決屋』の仕事なのだ。


 まぁ、ブラ付きと忌み嫌われているせいであまり『怯えさせない』とはいかないが。


「あーそこ! そこで跳びなさいっ!」


 無論、ドロシーがああして後ろから俺とゾロア達を追いかけながらヤジを飛ばすだけというのは解決屋の仕事には含まれていない。そして言われるまでもなく、俺は前方に見えたアイスクリーム屋の屋台という障害物を認識している。


 つま先に全体重を乗せて——跳躍。そして着地。

 自分が使える脚力の限界を引き出すつもりで、思いっきりエメラルドの商業区画を駆け抜ける。


 ブティックストリートと呼ばれるこの地区には今、大勢のギャラリーが遠巻きに俺やドロシー、使い魔のおいかけっこを眺めている。その表情は怯えや心配に染まっていたが、俺の姿を見た人間は逃げることをやめて、ただ事の顛末を見守っていた。


 なぜだろうか。説明するには、先程の事務所で回想しかけた俺の名前の由来を改めて思い出す必要がある。なぜ俺がスケアクロウ、つまりカカシと呼ばれるに至ったか。


 そしてなぜ、俺がドロシー・キャスケットの助手としてすぐにスカウトされたのか。


 それはすべて『悪癖』とも言える俺の異常体質が原因だった。

 ドロシーと出会った一年前のあの夜や今の状況のように、俺が使い魔に追われることは、実はそんなに珍しくない光景である。


「——どうして、他の人間にゃ目もくれずに俺ばっか……!」


 そう、つい先程まで街で暴れ回っていたはずの使い魔達は、それまで相手にしていた住民はまったく狙わず、真っ直ぐに俺に向かって飛んできた。今も絶賛継続中で、ゾロア達が俺以外の人間を襲うそぶりなんて微塵も見せないのである。


 つまり、分かりやすく言えば俺は使い魔どもに狙われやすいのだ。先ほどすれ違った人間の中に、俺を見て「ラッキー」とうそぶいた人がいたのはそういう理由だった。


 記憶をなくす前の俺がなんのヘイトを買って出たのかは全く分からないのだが(思い出せないのだから当然だ)、俺を見つけた瞬間に標的を変えて襲ってくるのだから、これはもはや怨恨とは関係無いように思える。まさにお互いの体質と言っても差し支えないだろう。


 俺を見つけたら襲いたくなる使い魔達の本能。

 その本能を否応なしに刺激してしまう、俺の体質。


 一年前の夜に一瞬でそれを見抜いたドロシーは、俺をすぐさま使い魔共のエサとして俺を助手に採用し、使い魔の注目を集めてしまう俺の『悪癖』を指してスケアクロウ=カカシと皮肉ったのだ。


 本当に皮肉も良いところだ。カカシってのは害獣避けのためのもんだろうが。

 寄せ付けてどうする、寄せ付けて。


 しかしそのおかげで住民に被害が出ないのだから、解決屋としては素質があるということなのだろう。


「ド、ロ、ドロ、シー……そろそろ、限、界……だッ」


 と、自分を慰めたところで、言ったように限界が来た。背が低いなりに短い足を動かし続け、なんとか使い魔達と距離を取り続けていたのだが、やはり体力にも限りがある。

 筋肉が痙攣するのを感じながら、俺は必死にドロシーにドロップアウトのサインを出した。


「えーなにー!? 聞こえないよーっ!」

「限、界、だってーーーーー!!」


 ……意味はなかったが。結局、最後の力を振り絞って彼女へと意思を伝えるべく声を荒げた。その時だ。ついに自重を支えきれなくなった俺の膝が、張り詰めていた糸が切られたようにかくりと折れたのだ。

 倒れる身体を止められず、前のめりに身体が投げ出された。


 やべっ。


「ころされるうううーーーーーーーッ!」

「まだ叫ぶ余裕あるじゃないの……まったく、しょうがないわ——」


 つんのめりながら敵との距離を測るために振り返る。無理な体勢で転けた瞬間、見えたのは虚空を走る影だ。追ってきていたはずのゾロア達やドロシーの姿がない。

 そのとき、頬に風を感じた。


「——ねっ!」


 改めて振り返り、進行方向へと向き直る。そこに、ドロシーと彼女の両腕や足下でぐったりしているゾロアが見えた。

 俺が見た影が『ドロシーがゾロア三体に跳び蹴りとラリアートをぶちかまして横っ面を抜けていった瞬間の光景』だったのだと理解するのにそう時間はかからなかった。めちゃくちゃやるなコイツ……。


「危なっかしいわねー。こんな何もないところで躓いてたら本当に殺されちゃうわよ、トト」

「ぜえっ……ぜえっ……まったく、愉快だ、な……ッ!」


 殺されるとしたらそれはお前にだ、ドロシー。


「はーあ。雑魚ゾロア三体ぶち転がしちゃった。これじゃあ見つけられない、かなぁ」


 言いながら、ドロシーは三体のゾロアへと同時にとどめをさした。絞めたり踏んづけたりで、見ていてとても気分のよろしい光景ではない。

 しかしそれもすぐに終わる。淡い緑色の光の粒がはじけると共に、活動停止を余儀なくされたゾロア達が、魔女の魔法で使い魔に変えられる前の無機物へと姿を戻した。どれも小さな石ころだ。


 俺はそれを見ながら呼吸を整えて、俺をこんな目に遭わせた張本人に抗議する。


「……ドロシー、さんざん俺を走り回らせておいて『やっぱり見つかりませんでした』じゃすまねえぞ。今回はすぐに見つかる予感がするって言ったろ、お前が」

「それはそうなんだけどサ……やっぱり見つからないもんは見つからないわよ」

「……愉快愉快」


 こんなにあっさり倒せるのに、ドロシーがなかなかゾロア達を倒さなかったのにはもちろん理由がある。


 ゾロアというのは魔女にとっても俺たちにとっても低級の使い魔なのだ。つまりは雑兵。

 雑兵は通常、単独では動けない。なぜなら、ゾロアは『魔力を持たない無機物から魔法によって生み出された使い魔』であるから。常に安定した魔力の供給がなければ、すぐに彼らはもとの姿に戻ってしまう。


「いやはや、何度見てもこの石っころがあの化け猿の正体だなんて信じられねーな……」

「魔女のやることだし、アタシたちの常識なんて通用するはずないでしょ」

「……それもそうか」


 しかし不憫な奴らだ。魔力切れで死んじまうくらいなら最初っから石ころのまま過ごしたかっただろうに。


「でも見つからないわね、オルタ」

「見つからないじゃねえ、見つけろよ。あんなに走り回って魔力切れ起こさなかったんだから、案外近くにいるんじゃねえか」


 魔力切れで石ころに戻ってしまうゾロアは非常に気の毒だと思う。しかしそんな魔力切れを起こさないためにいるのが上級使い魔——オルタだ。オルタはゾロアに魔力を供給し指示を出す司令官クラスの使い魔で、もっぱら俺やドロシーの目的はこいつを倒すことだ。


 魔力源を叩けば、雑兵もまとめて落ちるという寸法である。


「見つからないのはトトが根性なしだからでしょ。まったく情けないわね。さっさと上級使い魔ふんじばって、魔女につながる手がかりを探さないとならないのに」

「あんまり口うるさく言わないでくれよ。オルタだって俺たち解決屋を警戒してるせいで、中々姿を見せねえんだから」

「そのためにアンタを走らせたんでしょうがっ!」

「……そりゃごもっともだ」


 多くのオルタは、影でこそこそと魔力の供給だけを行うインテリ派なのである。

 だからドロシーは使い魔寄せである俺を逃げ回らせて、ゾロア達が魔力切れで立ち止まるラインを見極めようとしていたワケだ。これじゃ本当にただのエサ役じゃねえか。


「はぁ、もうちょっとトトが根性なしじゃなかったらなぁ……」

「悪かった、悪かったよ。これからはもうちょっと優秀な助手になれるように精進しよう」


 だから今は、無駄になりかけた俺の逃走劇を少しくらい労ってくれてもいいだろ。


「そこの彼女ぉ☆ もうちょっとカレのこと褒めてあげてもいいと思うわよぉん☆」


 そんな俺の気持ちを察するように、やたらと色っぽい女性の声が天から降ってきた。

 そうそう、もうちょっと褒めてくれても……、


「「って誰!?」」


 ドロシーと二人で声を揃えて、一緒に空を仰ぐ。


 そこに、宙に浮かぶ人影があった。箒に足を組んで座りながら、優雅にこちらに手を振る長身の女性の影だ。

 身長と同じくらいに伸びた太陽を透かす銀髪。彫刻のように完成された恐ろしさすら覚える美貌。黒いぴっちぴちのワンピース。そこから浮き出るぼんきゅっぼんのナイススタイル。方向性は真逆だが、なんとなくウチの所長グリンダさんに雰囲気が似ている気がした。


 いや、そんなことはどうでもいい。髪の上に乗ったつばの大きな黒い三角帽子。見ただけで心を奪われそうな底の見えない赤い瞳。


 間違いない。



「はぁい初めまして、エルファバ様よぉん☆」



 魔女だ。

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