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■1/ゾロアとオルタと竜巻少女(1)

■1/ゾロアとオルタと竜巻少女


 まったく不愉快だね。

 まんまと騙されたよ。助手っていうから何かと思えば、出会ってからの一年間ただの雑用じゃねえか。奴隷扱いもいいところだ。


 ………声に出せない不満を頭の中でリフレインさせ続けながら、不肖このトト・ザ・スケアクロウ、ドロシーに命令されてせっせと清掃活動中である。



 ツタが壁面を這ってコケもあちこち。お世辞にも綺麗とはいえない、まるで遺跡のような石レンガ造りのこの円柱型の建物が、俺の勤務先である解決屋『トライコーン』の事務所だ。


 外の掃き掃除を終えた俺は、この殺風景な建物の外観にさっさとおさらばして中の掃除に移ることにする。


 木製の扉を開けて一歩踏み出せば、見えるのはまるで図書館のような光景。壁面は本棚で覆われ、整頓された隙間一つない背表紙達。しかし、清潔感にあふれ気品すら漂っているその壁とは裏腹に、メインスペースはひどい有様である。はからずもため息が漏れた。


 木の板が敷き詰められた床は、ほとんどその板が見えないくらいに散らかっている。中央には大きな円卓——があるはずで、それを囲むように五つほど椅子が並んでいる——はずなのだが、すべて何かしらの物で埋め尽くされていた。


 はっきり言って見るに耐えない。足の踏み場がないというのはこういうことを言うのだろう。いくら掃除しても綺麗にならない部屋を見ながら、あらためて深いため息をつく。床を見ないようにすれば綺麗な部屋なのにな、と掃除を始める気にもなれず立ち尽くしていると、誰かが背中をちょんとつついて来た。


「……ちょっと、入れないじゃないの」

「そりゃすまんかったなー」


 確認するまでもなくその声の正体はわかっていたので、俺はぶっきらぼうに答えながら振り返る。予想通り、ぶすっと不機嫌そうな表情をした赤毛の少女がいた。


 ドロシー・キャスケットだ。


 今日の彼女の服装もいつも通り。背中の大きく開いた白いチュニックに、フリルのついた青いプリーツスカート。どうやらスペアを何着も持っているらしく、ドロシーがこれ以外の服を着ている所を俺は一年前から数える程しか見ていない。


「まったく、図体ちっちゃいくせに態度ばっかりデカくなっちゃって……」


 服どころか、彼女の機嫌の悪さすらもはや日常の一部だ。俺に対して機嫌良く接してきたことなんてほとんどなかった。だから、俺は俺で彼女の見下した視線を流すように、いつも通りの適当な返事でお茶を濁す。


「はいはい、生意気どチビで悪かったよ」


 ……悔しいことに、俺の身長はドロシーより低い。ドロシーは一六五センチ、俺は一六〇センチ。大差ないとはいえ、彼女からすれば五センチとは天と地ほどの差があるらしい。


「べっ…………べつに、生意気どチビとか、いつもそこまで言ってないし」

「へ!?」


 俺の背中を追い越したドロシーが、一瞬だけ振り向いて、すぐに前を向き直した。いやそれよりも、いつもなら確実に言い返してくる場面のハズだ。彼女に反発していい結果が生まれた試しなんて微塵もないが、俺も俺で彼女の不機嫌に対してぶっきらぼうに接してしまう節がある。それで大体言い合いになって俺がぼこぼこに言い負かされるのが通例のはずなんだが……。


「珍しいな、ドロシーの言葉が弱々しいなんて。なんかあったか」


 あるいは珍しく機嫌が良いのか……と続けようと思ったが、再び振り返った彼女の眉根にはしわが走っている。ああ、こりゃ絶対機嫌が良いわけじゃない。

 ただ単に元気がねえだけだ。


「なんでもない」

「なんでもないことはないだろ、どうしたんだよ。勢いねえぞ」

「なんでもないったらなんでもないの! ……もう、放っといてよ!」

「……や、放って置けないって。こっちの調子も狂うし、今日一日ずっとそのテンションのつもりか? 勘弁してくれよ」

「それは……………うん、ごめん」


 彼女は少しだけ俯くように汚れた床を見て、そんな風に素直に謝った。いやはや、本当に調子の狂う一日になりそうだ。


「——それで、どうしてそんなに元気がないんだよ。俺はドロシーの助手なんだろ?


 聞かせてくれたって損はないと思うけどな」

 俺がそう言うと、ドロシーは少しだけためらったように肩を竦めつつも、ぽつりとその理由とやらをこぼしてくれた。


「どうしたもこうしたもない。ここ最近、まったく使い魔を見てないから」

「……あー」

「どうなってんのかしら……これじゃ魔女、追えないじゃない」


 なるほどな、と俺は彼女に気付かれないように小さく頷いた。

 彼女が毎日不機嫌なのには理由があるが、この元気のなさの理由としては一番これが妥当だろうね。

 使い魔を見ていない。魔女が追えない。


 ——魔女。

 かつてこの国『エメラルド』には四人の魔女がいた。魔女達は皆、人や物を化け物に変えてしまう魔法を操ることに長けている。その魔法を使い、人々を脅かしながら魔女達はこの国を支配していたのだ。


 ……しかしそれも今となっては昔の話——一六歳のドロシーがまだ幼かった頃の話だ。一〇年前に起きたとある事件から現在に至るまで、魔女達の手はほとんど伸びてこなくなったのだ。

 世間は一部を除いて平和なのである。


 そもそも、彼女がこの解決屋で働いているのは使い魔に起因する事件を足がかりに、魔女という存在を追うためらしい。しかし魔女の脅威が弱まった今、その目的も達成が難しくなっている。


 平和なのに、自ら道を踏み外すような真似をするなんて俺には考えられないが、どうやらドロシーは魔女に対して並々ならぬ想いがあるようだ。

 だから俺は彼女の「魔女が追えない」という「元気のない理由」にあえて一切の理解を示さず、


「平和で良いと思うけどな」


 と気楽に返してやる。これもまた真実だ。


「平和じゃいけないのよぉ、このままじゃいつまで経っても……」


 ゆるりとひときわ大きいため息を吐き出して、ふやけた顔で文句を垂れるドロシー。彼女の赤毛のおさげが独りでにぴょんぴょんと跳ねる様が、猫科の動物を想起させてなかなか愛らしい(仕組みは全く分からない)。


「まったく愉快だね」


 いつもこれくらいしおらしかったら可愛げがあっていいんだけどな。


「はぁ、ゆかいゆかい……トトはいいわよねぇ、いつも楽しそうで」

「記憶が戻らないし、お前がご存じの『悪癖』もある。せめて普段は気楽に生きたいと思ってなぁ」

「ばか。言い返すところでしょーが」


 ドロシーは力なく悪態をつくと、ふらふらと部屋の中央で埋もれた椅子を発掘し

た。

 そしてなにやら呟きながら無理矢理座って全身の力を抜いたように天井を仰ぐ。


「…………はぁ。魔法使い様なら、なんか知ってるのかなぁ」



 彼女の言う魔法使いとは、一〇年程前に現れたとある人物のことだ。

『オズ』と名乗る、シルクハットをかぶった少年である。

 彼は自ら変身することで魔女の魔法を防ぐことができた。

 彼は自ら創り出した道具で魔女の魔法を封印することができた。


 だから、その少年が四人の魔女をまたたく間に国外追放することができたのも、当然の結果だ。魔女に怯えていた国民達はそんな当然の結果をもちろん大喜び。英雄である彼を次期国王に即位させ、伝説的ともいえる歴史を築いた少年に感謝した。


 そしてその感謝の念をこめて、この国の人々は国王であるその少年のことを、親しみをこめてこう呼ぶのだ。


 ——魔法使い(シルクハット・オズ)と。


「魔法使い……この国の王様ねぇ……どんな奴なんだろうな」


 魔女を追放したのが一〇年も前の話となると、少なくとも少年ではなくなっているだろうね。


「……前から思ってたんだけどさ。トト、魔女とかの歴史は記憶に残ってるのに、魔法使い様の姿を覚えてないってはっきり言って異常よ。毎年あんなに盛大にパーティーしてるじゃないの」


 どうやらその国王様は派手好きで有名で、毎年魔女を追放した記念日付近にパーティーを催し、国中の民を城に招待するらしい。今年ももうすぐそのお祭りの時期で、二日前には国中に招待状が配られているらしい。俺はいまだその招待状とやらを目にしてないのだが。


「————うーん、思い出せん」

「あ、そ……」


 呆れたようにジトっとこちらを睨めつけてから、彼女はじたばたと両足を動かしながら声を張り上げた。


「あーあーあー、トトじゃなくて魔法使い様がいてくれたらなぁーー。トトの役立たずー」

「……キミね」


 そもそも俺を拾ってくれたのはドロシーだろうに。

 時々こういう理不尽な物言いをするからいつまでたっても可愛げがないのだ。折角元気がなくてマシになったと思ったのにな。まぁ、そこまで不満をおおっぴらに発言すると痛い目を見るのは俺の方なので黙っておくけども。


 大体、トト・ザ・スケアクロウというこの名前だって彼女に付けられた名前だ。自分が名付け親になった男ぐらい邪険に扱わないで欲しい物である。ちなみに彼女に拾われて間もない頃、自分の名前の由来を聞いたことがあった。


『なぁドロシー、なんで俺の名前トト・ザ・スケアクロウなんだ? ちょっとダサいよな?』

『そう? 可愛いと思うけど』

『……いや、この際もはや可愛いダサいの言い合いをするつもりはないよ。割と変な名前だし、なにか理由あるんだろ? とくにこのトトって部分』

『トト? トトなら昔飼ってた犬の名前だから、特に意味ないわよ』


 ——拾った記憶喪失の男は犬と同列ってわけだ。本当にペットだったら、こんなに邪険にされることもなかったのかね……。我ながらちょっと情けなくなってくる。掃除ぐらいしか役立たんからか……嗚呼、せめて犬のように可愛いか俺が役に立つ場面さえあれば。


 役立つ場面と言えば、スケアクロウの由来はというと——。

 その時だ。部屋中央の円卓に積まれていた衣服や本が音を立てて飛沫を上げた。



「キタキタキタキタキタキターーーーーー来ましたよーーッ!!」



 ——ドロシーの罵声から逃げ出すための虚しい回想は、第三者の大声に遮られてしまった。


 円卓の上に積まれていた物の下から這い出るように、やたらと騒がしい女の子が現れたのだ。オーバーサイズでぶかぶかのよれよれになった黒いワイシャツ一枚をワンピースのように着ており、うっすらと光を透過する綺麗なロングの銀髪を両サイドでくくった幼子。そんな女の子が、袖が余って隠れ気味の両手を必死に振りながらテーブルの上に立っている。


 まことに落ち着きがなく他人であることを願うばかりなのだが、残念なことに(当たり前の話ではあるが)顔見知りの少女である。


「きましたきました! グリンダちゃんレーダーずっぽしッス!」


 その銀髪幼女の名をグリンダ・トライコーン。

 なにを隠そう、この子こそが我らが解決屋『トライコーン』の所長その人である。見た目は幼く本人も十二歳だと言っているが、ドロシーいわく『あたしがこの事務所に入った十二歳の頃から十二歳やってる』そうで、本当の年齢は秘密らしい。


 このようにまったくもって騒がしい人なのだが、その騒々しさを助長するかのように、部屋中に子供のおもちゃ箱をひっくり返したような雑音が溢れかえった。


 その原因は、中央に設置されているやたらと大きな木箱にあった。黒い管楽器ラッパの先端のような広がった金属が上部から生えている、奇妙な箱だ。


 そこから人の悲鳴と爆音、霞がかったようなノイズが垂れ流されていた。

 非常に不愉快なのだが、これはどうやら無線機という遠くの音を拾って流れる仕組みになっている機械らしく、解決屋稼業にとって必要不可欠な代物だ。


 一年間前はただのやかましい箱だとしか思ってなかったが、それなりの時間が経過した今では、確かにこの無線機は俺たち解決屋が仕事をする上で非常に重要なアイテムだとよくわかる。本当にうるさいのが難点だけどな。


 しかしこの機械がうるさい時には必ず理由がある。流れる人の悲鳴がまさにそうだ。

 大部分において平和であるはずのこの国に悲鳴が流れる理由なんて、一つしか無い。



「使い魔……!」



 座っていたドロシーもそれがわかっているからか、目を輝かせてその理由をグリンダさんに求めた。


「所長、出たんですね!」

「ドロシーたん長らくお待たせって感じッ! 二ヶ月ぶりに出たみたいッスよ! それも、商業区画のど真ん中っ」


 ドロシーの弾んだ声に、グリンダさんもまた弾みながらよく響く声でそう返した。

 ……商業区画ど真ん中って、マジかよ。洒落になってねえ。


「それじゃ、グリンダちゃんは危ないことは嫌いなので、いつも通り事務所でまったり待ってるッスから。ドロシーたん、トトぽち、いってらっしゃーい」

「いってきまーす!」


 とグリンダさんの言葉に快く返事したのはもちろんドロシーだけであって、俺は拒否の意を述べるべく手を上げる。……という以前に、勢いづいたドロシーが俺の首根っこを掴んで走り出したものだから、そんな暇もなくさっさと事務所を後にするのであった。ドロシーにとってのペット兼雑用係であるこの俺に、そもそも拒否権などあるはずもない。



     ●



 ああ二ヶ月ぶり、この感覚。

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