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序章/灰と煙の中で

オズの魔法使いをベースにファンタジー小説を書きました。

「オズのカカシと竜巻少女」


■/灰と煙の中で


「魔女だ! 魔女が来たぞ! 『三人目』だ!」


 燃えさかる炎。焼け落ちる建物。辺りを漂う灰と煙が、全てを覆い隠している。その中央に立っているのは女性の影だ。周囲の炎と同化するような真っ赤なドレスに身を包んだ背の高い女性を指して、誰かが「魔女だ」と叫ぶ。


「————」


 その魔女と呼ばれた存在は、黙って口元に冷笑を浮かべていた。逃げ惑う人々を滑稽だと嘲笑いながら、ただそこに然として君臨しているのだ。


「やめて……やめてよ…………」

「お願いします、どうかこの子だけは……!」


 嘲る魔女の足下には、一組の母娘おやこがいた。まだ若く健康的な身体を持つ母と、年端もいかない赤毛の幼い娘。母は娘を守るように覆い被さり、懇願するような瞳で魔女を見つめている。


「————」


 魔女は懇願する母の言葉に興味がない様子だった。ぴくりとも表情を動かさず、冷たい笑いで母娘を見下して、

「——————」


 静かにその右手を挙げた。その掌に、白く発光する光の球体が集まっていく。

 魔力だ。


「やめて……やめてってばぁ……」


 泣きじゃくる娘の声は掠れていて、聞き取るに堪えない。だから魔女はそんな娘におかまいなしに、右手に集めた魔力を母親に向かって放つ。


「ああッ!」


 母親が叫んだ。白色の魔力の光はみるみる内に母の体内へとねじ込まれていく。胸元を押さえつけながら、息も絶え絶えに母親は娘に向かって言葉を紡いだ。


「英雄の……オズの所に、走りなさい……走って、逃げるの……」

「お母さん! お母さん……!」


 母の言葉は娘に届いているのだろうか。枯れ果てた涙をしぼりだすように泣く娘は、縋るように母の膝元で力なく叫んでいる。


「嗚呼、泣かないで……あなただけでも、生き延びて……私の、私の可愛い————」


 それが、母の最期の言葉だった。魔女がかけた魔法のろいによって身体は裏返り、人間とは別の存在へと無理矢理書き換えられていく。その『変身』の仕上げといわんばかりに、胸元に赤い烙印——魔力拘束具が浮き出てきて、終に母親は全身毛むくじゃらの獣とも人ともつかない化け物へと変わってしまった。



「————■■■■■■■■■ッ!」



 そして、この世の恨みを全て詰め込んだ怨嗟の雄叫びを、化け物へと変わり果てた母親の口が咆吼する。


「おかあ、さん……おかあさん……」

「————」


 化け物を見ながらも母を呼び続けているように、まるで状況を飲み込めないその娘に魔女が微笑んだ。口元が動いて、声なき言葉を象っている。

 ——次は、あなた。

 地獄の如きその宣言に、赤毛の娘は絶望するしかなかった。



「いやああああああああああああ————ッ!!」



     ●



 この国に、魔力拘束具というモノが存在する。

 それは魔女から魔法をかけられた烙印だ。

 国の民は皆、魔女の魔法とこの魔力拘束具を忌み嫌い、そして畏れていた。


     ■


「ちくしょう! 当たり前だけど誰もいねえよな!」


 突然だが、俺はろくに手入れもされていないガタガタの石畳を走っている。時は深夜、場所は『都市国家エメラルド』の工場区画……の裏路地。なんで走っているかと言われれば、それは追われているからとしか言いようがない。


 走っている人間は俺一人。そりゃそうだ、こんな時間こんな場所に他に人気があってたまるか。

 じゃあ何に追われているか。それはもちろん人間じゃない……問題はそこだ。後ろにはヒヒにコウモリの羽が生えた真っ黒な化け物が三匹。狭い路地だというのに器用に三匹とも飛んで追って来てやがる。


「ギィイイイイイイイイイ————ッ!」


 そう。まったくもって面倒なことに、いまの俺は魔女の使い魔から絶賛逃亡中なのだ。


「そこまでは、わかってる……!」


 わからないのはそこからだ。何に追われているのか、そりゃみりゃわかる。化け物だ。

 しかし、どうして俺が追われているのかが解らない。気付けばひたすら逃げるように走っていた。それ以前の記憶が全くない。


 ——自分の名前ですら、覚えていなかった。あの化け物が魔女の使い魔であること、この場所がエメラルドの工場区画であること、そこまでは問題なく認識できるのに。


「これが世に言う記憶喪失って奴か——」


 実にシンプルな答えだ。自分が何者なのか? 自分がどんな姿をしているのか? 自分がなぜ追われているのか? 記憶が無いから、そんなことすら疑問になっちまう。


「——まぁ、この際いまはどうでもいい!」


 化け物に捕まって殺されでもしたら、そんな疑問の答えは永遠に出ないだろう。そんなのはいやだ。逃げる理由としちゃいまはそれで充分だ。


「だから、誰か——」


 人気の無い工場で、俺はありえない助けを求めて走り続ける。ギィイ。と、追ってくるヒヒ達の甲高い鳴き声が迫っていた。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


「——誰か、俺を助けてくれぇ……ッ!」


 無我夢中で足を動かす。裏路地が入り組んだ構造なのが幸いしたのと、どうやら俺は走りが自慢の身体をしていたようで、使い魔には追いつかれずにまだ生き延びている。でも、それももう限界だ。後ろを振り返る余裕なんかないが、きっといまでも三匹元気に飛んで追って来ているはず。石畳を蹴る足音だって、さっきから変わらず二人分しか聞こえない。一人で走っていると思うと、心細くて足も止まりそうだ。


「……へ?」


 待て、二人分の足音だって?


「あ、ちょっとさ、お願いがあるんだけど——」


 ちょっと幼くて、少しだけハスキーで、透き通るような女の子の声が右から聞こえてきて。路地を右に曲がったところで、俺は恐る恐る走りながら視線をそちらに移す。そこに、女の子が全力で並走していた。


 白いチュニックに、フリルのついた青いプリーツスカートを着た女の子。赤毛のおっきな三つ編みのおさげを揺らしながら、その子はこちらに吊り目がちの瞳を細くした満面の笑みで言う。


「——キミさ、アタシのブラのホック外してくれないかな」


「は、ブラのホックって……なに言ってんだキミ?」


 ブラってなんのことだ。外すということは身につけるモノなのか? 生まれてこの方聞いたことがない。記憶をなくしたせいかとも思うが、それにしたってピクリともこない単語だ。


「うっそでしょ!? キミ、ブラジャー知らないの! 魔力拘束具!」


「すまん、俺には何のことだかまったくわからない」


 魔力拘束具とは、また随分と物騒な響きだ。


「……魔力拘束具ブラジャーを知らない人がいるとは驚きね」


 彼女が一体なにに納得したのかまったく解らない。しかし気分を害した様子もなく、彼女は力強く頼もしげに頷くと、


「まぁいいわ。助けて欲しいんでしょ? なら助けてあげる」


 と言ってくれた。是非もない。


「……!」


 彼女が話す言葉は一つとして理解できないのだけれど、目を離せない不思議な魅力が彼女にはあった。その魅力に、怖さなんて吹っ飛んだ。無言かつ高速で首を縦に振る。こんな少女相手に情けないことだとは思うけれど、


「高くつくわよ」


 そんなことを豪胆に言う彼女の顔が、あまりにも頼もしくて。情けないなんて感情は塵と消えた。なにが高くつくのかも解らなかったが、後先のことなんて考えなくて良い。本当に助かるなら、生きてるだけで丸儲けだ。お金ならいくらでも払ってやろう。


「……でも、なにをすりゃいいんだ、俺は」


 走りながら首を傾げると、彼女は面倒くさそうに「ああそうだ」と頭を抱えた。


「そこから説明しなきゃならないのね。これ、見える?」


 少女は隣を走る俺に、器用に背中を見せるように身体をひねった。白いチュニックが大きく開いていて、彼女の白い肌がまぶしく映る。


「こ、これのことか?」


 その白い背中に、一筋走る黒い布がある。赤いフリルのついた可愛らしいデザインの布紐だった。中央には金色の金具が付いていて、どうやらそれが両側から引っ張ってきた布をそこで固定しているらしい。


「そう、その金具がホック! 両手でつまんで寄せれば外せるはずよ!」


 後ろにはいよいよ魔女の使い魔共が迫ってきている。慌てた様子で彼女は声を荒げた。

 だから俺は応える。


「わ、わかった!」

「じゃ、外して! ブラのホック!」


 言いながら、赤毛おさげの少女は俺の腕を掴んだ。そのまま急ブレーキをかけて、その場で旋回。

 飛んでくる三匹の使い魔が路地を曲がって、真っ直ぐこっちに飛んでくる。

 凶暴な赤い目から発する光が、尾を引きながらどんどん迫っていた。


「…………〜〜〜〜ッ!」


 なんでこんなことしてんだ、俺。ブラってなんだよ、ホックってなんだよ。外すと決めてそれを目の前にした瞬間、なぜだか背徳的な悦びが湧いてきたし。なんでこの状況で興奮してんだ、俺は。全然分からねぇよ。大体、彼女はこの状況においてなんでそんなに自信満々なんだろう。


 しかし死んで元々。生きてるだけで丸儲け。どうせ死ぬにしても、こんな可愛い女の子と一緒ならもういいや。


「ええい……」


 だから、俺は彼女の言うとおりにすることにした。彼女の開けた白い背に走る、黒と赤のブラジャーとやらのラインをなぞるように視線を這わす。


「……もう、どうにでもなれ!」


 震える両手が、指が、ブラジャーの中心に届いて、


「どうにでもじゃなくて、」


 プツンと、ホックを外す小さな音が、やたらと鮮明に聞こえた。衝撃が来る。


「うおおっ!」


 目に見えない力が、俺の身体を思いっきり後ろに突き飛ばした。


「ギィイイイゴガギッ」


 直後、爆音が空を薙いで、三体の使い魔が彼方へと吹っ飛ぶ姿が目に焼き付いた。

 いや違う。


「どうにかしてあげンのよ」


 目に焼き付いたのは、一撃で使い魔達を殴り飛ばした少女の余裕の笑顔と、彼女の足下に出来た浅いクレーターの、その光景。しかしそれも一瞬だ。


「さて、逃げるわよ」


 次いで見えた光景は、目に焼き付くどころじゃない。多分、一生忘れない。


「落っこちちゃダメだからね!」


 少女は突き飛ばされた俺に駆け寄ると、俺の身体を両腕で軽々と抱え上げた。そのまま、遙か上方へと跳ぶ。


「わああッ!?」

「こら、暴れないの」


 高く、高く跳んでいた。俺一人抱えて、なんの苦もなく彼女は空を歩くように弧を描いて飛んでいる。

 眼前の視界が一気に開いた。そこには、


「——すげえ」


 膨大な数の家々の窓からこぼれる明かり。工場区画が吹き出す蒸気。月明かりに照らされる広大な花畑。中央には、それらに取り囲まれるように円形の塀を隔てて、堂々とした威厳ある巨大なエメラルド城が構えている。


 都市国家、エメラルド。人口およそ一万人の小さな国のその煌びやかなる全景を、上空にいる俺と少女は目撃した。


     ●


「……と、いうわけで。キミはこれからアタシ、解決屋ドロシー・キャスケットの助手よ。わかった?」


 どういうわけかは全く分からないのだが、俺を助けてくれた少女——いつのまにか赤毛が金髪になっている——ドロシーがあの化け物三匹をぶっ飛ばし、空を駆けて着地した直後に出た台詞はそんな感じだった。「高くつくわよ」という意味が金銭の要求でなくて一安心と言ったところだ。


 がしかし、先程の光景を見た俺はドロシーに本物の化け物よりも化け物らしいと感じてしまったばかりだ。そんな彼女に果たして本当に助手が必要なのかはかなり疑問である。正直に申し上げるとかなり遠慮したい。


 とは考えたものの、自分の身なりすらわからず記憶もないとなると、とりあえず適当について行って保護してもらった方が安全そうだ。


 この子めっちゃ強いし。「なんでもする」と言った手前、断るとあとが怖そうだし。


「……なに黙ってんのよ?」


 なにより可愛いし。ちょっとその見下した感じのつり目、嫌いじゃない。

 そんな感じで愚かにも彼女の助手になることを軽々と承諾してしまった俺は、まんまとドロシー・キャスケットの住まう『解決屋』とやらの敷居をまたいだのであった。



 ——というわけで、これが竜巻少女ハリケーンガールドロシー・キャスケットと、後に彼女にトト・ザ・スケアクロウと名付けられた俺の、最初の出会いだった。



 まったく愉快だね。


     ●



 そして一年後。


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