四話
夜も開け、東の空に太陽が登り始めた頃、ポツンと残ったコンビニエンスストアから二人の男女が姿を現した。
デザートカモフラージュの野戦服を来た男と、男物の服を身に纏った少女である。男は缶詰や飲料水を詰めるだけ詰め込んだダッフルバッグを担ぐと、手に持った塩化ビニールパイプを高々と掲げる。
少女はそれを見て、頬を朱に染めた。
何故なら、ビニールパイプの先端に巻きつけられた手術着は自分が着ていた物だったからだ。
二人は示し合わせたように頷くと別方向に向かって進み始める、少女は道沿いに、男は荒野の中へ。
「う~~~~らららららららららららららら!!」
蛮族のような奇声を上げて、凄まじいスピードで走り去る男、サイハテ。
終末世界に目覚めた変態である、そんな変態を心配そうに見送る少女、ヨーコ。
「足、すごく早いのね」
サイハテの背中はもう見えなくなってしまった。
ヨーコは昨夜、サイハテに言われた通りに道に沿って歩き始める。腰には飲料水の入ったペットボトル、手には渡された拳銃を持って。
結局、何を持ってサイハテに報いるべきかの疑問に答えは出なかった。
ヨーコはよくも悪くも現代人である、団塊世代やバブル世代と違って他人が自分を助けるのは当然と言った考えは持っていないし、大半の女が持つ、自分に都合のいい思考回路も持っていなかった。
(とにかく、進まないと)
今は考えていてもしょうがない。
サイハテは身の危険を顧みずに囮を引き受けてくれた、ヨーコには大量の制汗スプレーがかかっている。犬の化け物が追いかけるのは間違いなくサイハテの方だ、サイハテが走っている間に、ヨーコは人がいる方へと進むしかない。
サイハテ一人だったらどうにでもなった事位、ヨーコには理解出来る。
(私の為……よね)
それを理解した時、少女の鼓動は僅かに早くなった。
「う~らららららららららららぁ~」
サイハテは一人である。
二十キロにもなる装備を担いで、サイハテは足場の悪い荒野を元気よく走っていく。
「Урааaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
クソ暑い荒野をクソ重い装備を担いで走ったら、そら汗も滝のように流れるだろう。
少しでも涼しくなるようにと、極寒の地に生きる人々の雄叫びを真似して見せるが、余計に暑苦しくなるだけだ。
ヨーコと分かれてから二時間、水分補給をしながらサイハテは三十二キロメートルもの距離を走破する事に成功していた。
サイハテは走る、ビニールパイプに着いた少女の手術着を持って。
「……お、なんか建物があるでござるよ」
相変わらず独り言の多い男である。
サイハテの目の前には車両の修理工場であったであろうトタン屋根の建物が見えていた。全体的に錆びており、今にも崩れそうな建物だ。
ともかく、ヨーコの匂い旗を地面に突き立て、サイハテは車両修理工場の中へと足を踏み入れる。
狙いはもちろん動く車両だ軽自動車一台でもあれば、この危機を脱する事は出来るだろう。
「んー」
もろくなった扉を蹴破って、サイハテは中の物色を始める。
最初に目に付いたのは受付のカウンター、木製のカウンターで一台のPCが置かれている、見たことない型だが恐らくゲイツ無双時代の産物だろう。
「左腕……」
まるでPCを触れとでも言うように、左腕に刻まれたタトゥーが疼いている。
あの廃墟で打った薬剤は一体なんなのだろう、と思考が僅かにブレるがサイハテはパソコンを無視してカウンターの奥にある部屋へと入っていく。
カウンターの奥からは整備工場に直結しており、何台かの車両が置かれているが……贔屓目に見ても修理するよりスクラップにした方が金になりそうな物ばかりだ。
「チッ」
思わず舌打ちしてしまう、ある程度は予想していたが……どうやらここの持ち主はカバーもかけずに逃げ出したらしい、車はひどく錆びており、タイヤは融解してコンクリートの床と一体化してしまっている。
そんな中、ポツンと片隅に置かれた物が目に入る。
分解されて保護された部品群だ。使えそうな物がゴロゴロと残っている上に、サイハテでも組み上げられそうな物ばかりだ。
「……電源を作動させないと、いけないな」
流石に何百キログラムもあるエンジンを持ち上げたり、道具無しで汲み上げられる程、車両は甘くない。サイハテの予想では大型バイクが一台組み上げられるのではないだろうか。
割れた採光窓から覗く太陽をちらりと見て、
「急がなくちゃならんな」
サイハテは荷物を置いて素早く動き出すのだ。