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七話

 夜の帳がおり切った頃、皇居の警備兵は大きく欠伸をした。

 念の為と警備として配置されているのだが、夜の東京は昼の東京と違い、十歩で一回死ねる危険度だ。新人類の軍でも夜の進撃は壊滅の危険を伴ってしまう。

 練度の低いマリアなら尚更だろう。


「よっ、お疲れ」


 欠伸をした警備兵に向かって、マグカップが差し出される。

 中には熱くて黒い液体が注がれており、よい香りを辺りに漂わせている……いうなれば、コーヒーと呼ばれる嗜好品だ。


「ああ、すみません」


 この終末世界では珍しい、混ぜもの無しのコーヒーに、欠伸していた兵士の顔が綻ぶ。

 コーヒーを運んできた彼は警備兵の隣にストンと腰を下ろした。交代には30分程早いが、暇潰しの相手になってくれるということなのだろう。


「今日も今日とて異常なしですよ。最近のハヤト様はどうにも神経質だとは思いませんか?」


 警備兵はガウスライフルを肩口に担ぐと、コーヒーに息を吹きかけながら、そう言った。


「確かになぁ、昨日今日でいきなり警備を倍に増やせ。だもんなぁ」


 隣の彼は愚痴を聞くと懐から煙草の箱を取り出して、中身を一本引っ張り出す。フィルター付きの紙巻煙草だ。


「吸うか?」


「今はコーヒーがあるので」


 笑顔で煙草を進めてくる彼に、やんわりと断り、警備兵はコーヒーを啜る。酸味の強い品種に、少々顔を顰めながらも警備兵はゆっくりと堪能する。


「やっぱり、ハヤト様がご寵愛なされてるヨーコ様が問題なのでしょうね」


 一息ついた警備兵は中身が半分程までに減ったマグカップを残念そうに見つつ、自分の意見を物申す。


「ああ、あの綺麗な女の子か。気が強そうな、かわいい子だよな。もしやすると傾国の美女って奴かも知れんぞ?」


 冗談めいた言い回しに、警備兵はくすりと笑いを零す。


「まさか、ハヤト様は女に絆される人物ではないでしょうに」


「そりゃそうだ!」


 彼はその返しに膝を叩いて、笑い、警備兵はその様子を見ながら手元のコーヒーを覗き込み……綻んでいた表情を引き締めた。

 まるで、打ち上げ花火の音に反応するが如く、コーヒーの水面は緩やかに波を打っていたのだから。

 警備兵はコーヒーを投げ捨てるとガウスライフルを構えて、銃口の下部に取り付けられたアクセサリ、グレネードランチャーに弾を押し込んでいく。弾頭の色は青、闇夜を照らす照明弾である。

 ガスの炸裂音と共に、照明弾は光を放ちながら遠くへと放物線を描く。強烈な光なれど灯りのない廃墟群では頼りない光は。ある物体を闇夜の中に描きだすのだ。

 距離的には銃声も聞こえぬような彼方、しかし、その姿はまるで間近にいるかのように巨大なものであり、新人類の二人は思わず生唾を飲み込んでしまう。旧人類も新人類も、決して手を出さぬ存在。ある一定のルートを巡回して障害物を蹴散らす化け物。その名前は……。


「み、ミノタウロス……!」


 警備兵が唖然としたように呟くと、コーヒーを持ってきた彼は、ハッと我に返った。


「て、敵襲ーーーーーーーーー!!」


 彼の雄叫びと共に、新人類の根拠地は慌ただしくなり、眠っていたヨーコも叩き起こされる羽目となるのだった。












 数百年前には綺麗であったであろうビルの一室で、サイハテは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 彼が身を預けているハンモックはパラコードを結んで、罅割れた壁に杭を穿ち、吊り下げているものだ。

 かつてはどこかの会社のオフィスであったのだろうが、今居るのはサイハテと、彼の食べ残しを狙うネズミくらいだ。


「サイハテさまー、いつまでここにいるんですかー?」


 毒ガスが蔓延した地帯で、ガスマスクなしで居られる少女っぽいロボット、ハルカは退屈しきったようにそう言い放った。


「天運が転がり込んでくるまで」


 サイハテの返答はぶっきら棒だ。

 ハルカはそんなサイハテを見て、首を傾げる。元来サイハテと言う人間は能動的に動いて結果を呼び込むタイプの人間だ。よく言えばリーダー気質。

 こうやって気を待つ人間ではないはずなのだが……。


「おん!」


 屋上から、聞き覚えのある犬の鳴き声が聞こえるとサイハテはハンモックからむくりと体を起こした。


「きたか」


 何がきたのやらさっぱりなハルカは困ったようにサイハテを見上げる。

 サイハテはそれに対してにやりと笑うだけで話そうとはしない。


「さぁ、出発だ。装甲車に乗り込め。突撃をかけるぞ!」

新人類編でおわりにします。

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