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六話

お待たせしましたー。

 サイハテ一行が後退し、オワッテル感を醸し出している頃、ヨーコはハヤトに連れられて新人類の根拠地である皇居へと連行されていた。


「……皇居が江戸城になってる」


 ヨーコの呆れたような疲れたような囁き声に反応した新人類の一人が、その気持ちは分かるぞと頷いてくれる。


「もうガスマスクを取っても大丈夫だ。皇居周りには毒ガスを散布していないからな」


 呆れる孫娘の肩に手を置いたハヤトは、サイハテとは違う優しげな老紳士のような微笑みを浮かべてそう言った。ヨーコは頬を赤くしつつもガスマスクを取る。


「……それで、話してくれるんでしょうね? あなたとサイハテの関係を」


「ああ、無論だ。ワタシとて隠すつもりなどないからね」


 いきなりおじいちゃんと言われても、ヨーコには受け入れる事は出来なかった。初恋の男に似た男がおじいちゃん、どう扱っていいかわからないからだ。

 ハヤトの案内を受けながら、ヨーコは皇居……ではなく江戸城に入城する。中は終末世界にあるまじき清潔感を保ち、様々な調度品が並べられて、古き良き日本の城をこれ以上ない位に演出している。

 板張りの床には若草色の絨毯が引かれて、その上を歩くヨーコは柔らかさにホッとする。


「さて、まずは何から話したらいいかな……」


 案内された先は和洋折衷の客間だ。大正時代によくありそうなティールームと呼べばいいだろうか、小洒落たテーブルと座席が置いてあり、ヨーコはハヤトの前に座り、ハヤトはヨーコが座ったのを確認すると口を開いた。


「まず、ワタシとハヤテの関係だったね」


 ギラギラしたサイハテの目と違い、ハヤトの視線は慈愛を湛えており、ヨーコも非常にホッとしてしまう。


「ワタシとハヤテは兄弟だ。ワタシが兄で、あいつが弟。一卵性の双子だからよく似ているだろう?」


「ええ……」


 サイハテとハヤトの違いは髪の色を除けば、目に灯る光位しか違いはない。サイハテは野生の獣のようで、ハヤトはまるで孫を見る老人のような優しげな光を湛えている……事実、孫を見るお祖父ちゃんなのだから、当たり前である。


「陽子、ワタシはいくつに見える?」


「……うーん?」


 唐突な問い。

 それに対して、ヨーコはテーブルに肩肘を着いてにこにこと笑っているハヤトの表情をじっと見つめる。若々しいが、サイハテよりはいくつか年上に見える。


「二十代の中盤かしら?」


「あっはっは!」


 ヨーコが答えると、ハヤトは嬉しそうな笑い声を出した。


「ワタシは今年で四十九になるんだな。これが」


 ヨーコはギョッとしてしまった。

 ハヤトはサイハテが数年年と取ったらこんな顔立ちになるのではないかと言った顔つきをしていたからだ、体格も二十代の偉丈夫と言った風体で、衰えなど欠片も感じさせない。むしろ、サイハテより鍛え上げられている様子すらも窺える。


「……ぜ、絶対嘘よ。四十九の男がそんなに若々しいなんて」


 ふと、自分の母の姿が思い浮かんでしまう。

 南雲朱里の姿は、南雲陽子とさして差がない事を思い出してしまう。ぶっちゃけ、セーラー服を来て中学校に混ざっても違和感がない姿である。


「私のお母さんも妙に若々しかったわぁ……」


 ヨーコは両手を顔で覆い、がっくりと項垂れてしまう。


「うちの一族は代々年とっても若々しいよ。大抵職場でのあだ名は妖怪になるね」


 ハヤトの言葉にヨーコはさらにがっくりと項垂れるのであった。そしてふとした事に気が付いてしまう。


「私のお母さんって、誰の子供なの?」


 サイハテはヨーコを自分の妹に似ていると言っていた。あくまで似ているのは雰囲気であっても、二代も離れれば似る事はないだろう。


「……朱里に似て中々に賢いね。君は」


 ハヤトの雰囲気が変わり、ヨーコの首筋にヒヤリと冷たいものが走る。


「朱里は、ワタシの子供じゃない。朱里は、西条疾風の子供だ」


 ヨーコは椅子からすべり落ちてしまう。頭を金槌で叩かれたような衝撃が反響している、先程の言葉と共に。


「……正確には、一等星計画(シリウスプロジェクト)で産まれた第一の被験体とでも言えばいいかな」


「しり、うす?」


「そうだ、疾風が十六万人殺害して、冷凍睡眠による懲役を喰らったのは知っているね」


 懲役数百年、歴史の教科書にも載る位である。

 ヨーコは頷いて返事をする。


「しかし、疾風の体にはとある不思議な抗体を生み出す細胞が混じっていた。遺伝子による病気を全て治してしまう、魔法の薬が産まれる事となった……しかし、疾風一人では生産量が足らず、日本の医療界は禁忌に踏み切る……つまり、疾風のクローンによる薬品の大量生産だ。だけどこの計画は頓挫する、君の御母さんを含めて六十七のクローンが生み出されたが……生憎、母体の影響を受けてね。その細胞を持つ人間は皆無だった」


 耳心地のよい声で語られるヨーコの秘密、ヨーコは椅子に座り直しながら、ハヤトの話に聞き入る。まさか母が三流SFに出てくるような生い立ちを持っていたなんて、ヨーコにとって聞き入るには十二分の物語であった。


「ワタシは、そこで生み出されたクローン体の一人を引き取る事にした。名前は……君が知る通りに朱里と名付けたんだ。いい名前だろ?」


 ヨーコにはもうハヤトの言葉を聞く余裕なんてなかった。

 母がクローンであった?しかも恋をした男の体細胞から産まれた、元人類の希望だった?それを隠し通して……ヨーコの頭の中にはさまざまな考えが浮かんでは消えていき、最終的には机に突っ伏してしまった。


「……君が悩みは、残念ながらワタシには解決できない。たった一人の孫娘が思い悩む事も解決出来ないのは心苦しいが……君は休みが必要だ」


 ハヤトはそう言って、優しくヨーコの肩を叩いた。


「さあ、おいで、部屋を用意しよう。柔らかいベッドと、温かい風呂、消化にいい食事も待ってる。コックの腕はワタシが保障するよ」


「……待って、最後に答えて」


「なんだい?」


「貴方は……なんでこの終末世界に生きているの? あなたの話が本当なら。貴方は……」


 ヨーコの震える手を、ハヤトは優しく握る。


「それはワタシが最初の新人類だからだ」


 ハヤトが優しく囁くように喋ると、疲労が溜まり切ったヨーコは崩れるように眠りに落ちる。ハヤトは彼女の体を優しく抱え上げると部下に用意させた寝室へと、少女の体を優しく運ぶのであった。


「やはりワタシの運命には、貴様が関わってくるようだな……ハヤテ」


 少女をベッドに寝かした後、ハヤトは唸るように弟の名を呼ぶのであった。

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