五話
仕事がめっさ忙しい
新人類、文明崩壊後の厳しい環境に適応した新たな人類である。
人間とは比べものにならない位に頑強な骨格と、熊に匹敵する筋力を持った恐ろしい存在であり、今現在人類が新人類に優っている物と言えば数の理位のものだ。
人類種の天敵であり、終末後の世界を支配して発展するに相応しい生き物達と言えるだろう。されど、彼らは本来穏やかな人種である、人間が生息地である東京にやって来ない様に毒ガスを撒いたりして穏やかに暮らしていた。
しかし、何故か彼らは人間の居住地であるワラシベへと向かって進軍中である。その数はおよそ七千の歩兵と三十の戦車、トラックが二千とそれに牽引された野砲迫撃砲が千と物々しい雰囲気を醸し出している。
その中心たる指揮車両の上に立っているのはサイハテによく似た男だった。違うと言えば髪の色、ストレスで真っ白となったサイハテの髪とは違い、男の髪は日本人らしい黒色だ。
「ハヤト様、先行偵察隊より不審な人間を捕まえたとの報告があります」
そのサイハテによく似た男は伝令にハヤトと呼ばれ、鋭い目つきを伝令に向ける。
「連れて来い」
「はい、直ちに」
伝令は踵を返すとその命令を復唱する事なく、捕虜の元へと向かってしまう。きびきびとした軍人然とした動きは練度の高さを伺い知れる。
伝令が去ってから一分後、その不審な人間は引きずってハヤトの前へと連れてこられる事になる。
「変な所触らないで!!」
よく通る高い声で脇を抱える男たちに対して怒鳴る少女はガスマスクを外されている、我らが女傑ヨーコである。彼女を引きずって来た兵は顔に青痣を作っていたり、腕に歯型があったり、先程の伝令は妙に内股で青い顔をしている。
隙あらば金玉食いちぎってやると凶暴な表情を見せるヨーコを見て、ハヤトは目を見開いた。あまりにも似すぎているのだ、あの大事な少女にじゃなくハヤトが最も愛情を注いだ少女に。
「……君」
ハヤトは自分の唇から砂漠に吹く風のような乾いた声が出た事にも気が付かない。そして声がした方向に視線を向けたヨーコも驚いた、何しろ彼女の視点では髪の黒いサイハテが驚いた表情でヨーコを見ているのだから。
「君のお母さんは、もしかして朱里と言う名前ではないかな……?」
ヨーコが驚いている最中に、ハヤトはそんな事を尋ねてくる。ヨーコは再び驚く事になる、南雲朱里は間違いなくヨーコの母親であったのだから。
「あ、あんた私のお母さんを知っているの!?」
「……ああ、そうか。そうなのか」
ヨーコの言葉を聞いたハヤトは悲しそうな微笑みを浮かべて、指揮車を下りた。
そしてそのままヨーコの前まで近寄ると、彼女の脇を抱える歩兵達に目で離してよいと合図をする。屈強な新人類兵から解放されたヨーコを、ハヤトは優しく抱きしめた。
「ワタシは、君の御祖父ちゃんだよ」
仲間である新人類達が聞いた事もないような優しい声で、ハヤトはそう言い放った。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
そして、ヨーコの素っ頓狂な声が東京の空へと響き渡るのであった。
「……ちっ」
その様子を遠くから観察するサイハテは思わず舌打ちをしてしまう。奴らを奇襲してやろうとハルカと共にビルの一室へと陣取ったのであったが、ヨーコの素っ頓狂な声が聞こえたと同時に、新人類の軍は東京の奥地へと引き返してしまったからだ。
しかし、舌打ちの理由はそれだけではない。
「どうしました?」
対艦用電磁砲を構えたハルカが、指揮車両に狙いを着けたままサイハテに向かって尋ねる。
「最悪だ、俺の兄貴が居やがった」
その問いに、サイハテは胸元へ双眼鏡をしまい込みながら答える。表情は忌々しそうで凄まじく気分が悪そうだった。
「はぁ、サイハテ様のお兄様」
「そうだ、俺が過去の世界で唯一勝てなかった人間だ」
よく解って無さそうなハルカに対して、サイハテは分かりやすいように言ってやる。
「……それってすごく不味いのではないですか?」
「だから言ったろうに、最悪だって」
サイハテは口を動かしながらも、撤収の準備をしている。そんなサイハテを見て、ハルカは泣きそうな表情を作り出して見せる。
「……ヨーコ様はいかがなさるんです?」
「救うさ、必ず救う」
「……どうやって?」
「今から考える」
ハルカが目に溜めていた涙……生理食塩水が決壊する。
「今のサイハテ様なら勝てますよね?」
そして最後の希望に縋ろうとして……
「十回やったら九回は俺が負けるぞ」
容易く踏みにじられてしまった。




