幕間:終末世界のお正月
時系列は作者でもよく分かりますん
カーテンから漏れた朝日が柔らかく体を包む頃、南雲陽子は大きく体を伸ばした。背骨が軽快な音を立てて、僅かな痛覚と共に爽快感を感じさせてくれる。
――――――さて、私はなんで目覚めたのだろうか?――――――
いつも起きる時間と比べるとまだ早い時間帯であり、物臭な自分がこんな時間に自発的に起きる訳もなく、外的要因で起こされた事は明らかだ。
ヨーコは大きく欠伸をする。
終末世界の日本にも四季はあるようで、冬になると雪が降る事はないがすごく寒くなるのだ。床に脱ぎ捨ててある褞袍を着ると、ヨーコは冷たい床を素足で歩いて、自分の安眠を妨害した原因を探りに行くのだ。
――――――その前に身だしなみよね――――――
その原因を探そうとして、ヨーコは自室の鏡台まで戻り、歯の欠けた櫛で寝癖だらけの髪の毛を梳かし始めるのだ。肩甲骨の下まで伸びた黒い髪、毎晩丁寧に磨いただけあって、終末世界では一番綺麗な髪なのではないだろうか。
体つきや、女らしさでは奈央には勝てないが、髪の美しさだけなら決して負けてはいない。はず。とヨーコは自分に自信を持つ。
負けてないはず、負けてないと思う、負けてないといいなぁと三段活用で自信が下がって行ってしまうが、そこはご愛嬌だ。そんな事より自分自身を起こした物の正体を探しに行かなくてはならない、どうせサイハテ辺りが面白い事をやっているのだろう。
「んー……」
しかし、眠い。
足の裏から伝わってくる床の冷たさでようやく意識を保っているレベルだ、ヨーコはペタペタと足音を立てながら階段を下りてリビングへとたどり着く。リビングには奈央拘りの大きな窓があり、そこから庭を一望できる作りになっている……そこでは。
「野郎! ぶっ殺してやる!」
杵を持って怒り狂って追いかけるサイハテと、
「ぶ、武器なんて捨ててかかってこいよ! サイハテ様!」
サイハテに怯えて逃げ回るハルカが居た。
「きゅーん……」
庭の片隅ではカナタが呆れている。
ヨーコも目を擦りながら状況を読もうと周囲に視線を送ってやる。臼に入った餅、サイハテの頭に出来た巨大なたんこぶ……事は単純明快だった。
仲良く餅つきをしてたサイハテとハルカ、魔が差したハルカがサイハテの頭を殴打、怒ったサイハテが杵を持って逆襲中、こんなもんだろう。そしてヨーコを起こしたのは餅つきの音か、サイハテの頭が殴られた音かのどちらかだろう。
「うわーん! ヨーコ様ぁー! 助けてくださぁーい!」
「嫌よー、自分で頑張りなさい」
「ヨーコ様の貧乳ー!」
とんでもない罵詈雑言が飛んできたもんである。そもそもヨーコは14歳、大きくなっている最中なのだ。一年後くらいにはサイハテも大喜びのサイズになっている……はずだ。
「サイハテストラッシュ!」
「ぎゃふん!」
ヨーコが自分の胸を見つめている時に決着はついたようだ、三角飛びでハルカに追いついたサイハテは杵を振り上げて横薙ぎに振るう、杵で横っ面を引っ叩かれたハルカは錐揉み回転しながら大きく飛んでいき、車庫に突っ込んだ。
衝撃でいろいろな物が散らばっているが、カナタがせっせとお片付けをしている。後でボール遊びをしてあげようとヨーコは固く誓う。
「お、ヨーコか。丁度よかった、餅が出来たんだ。七輪と醤油持ってきてくれ、海苔があればなおよし」
「はいはい、ちょっと待ってなさいな」
ヨーコは頷くとキッチンの方へと身を翻して、サイハテに要求された物を取りにいく。その最中、サイハテが餅を突いていたのを見て、思わず首を傾げてしまう。
(なんでお餅?)
旧世界では正月なのだが終末世界にそんな年間行事は存在しないし、そもそも日にちの感覚ですら曖昧なのだ、故にヨーコも覚えてない。そもそも今日が何月で何年で、何日なのかを知らないのだ。カレンダーもないし。
ちなみにサイハテは獣の如き感性と恐るべき体内時計で今日が何月何日かを把握している。
「はい、持ってきたわよ」
「おお、ありがたや。海苔まであるじゃないか」
ヨーコは持ってきた炭と七輪をサイハテに渡す。
「ファイアー!」
さっさと準備を果たしたサイハテは七輪に火を入れると猛烈な勢いでうちわを仰ぎ始める、炭全体が真っ赤になった所で、餅を投入し、後は普通に焼き始めた。
「ねぇサイハテ、どうしてお餅なんて突いたの?」
「あん? だって今日は元旦だろ。昨日は年越し蕎麦も作ったし」
「……昨日のお蕎麦、年越し蕎麦だったのね」
ヨーコにとっちゃ寝耳に水な話である。
「美味かっただろ?」
ニヤッと笑うサイハテ。
「私、きつねよりたぬきがいいわ」
しれっと言い返すヨーコ、サイハテはがくりと頭を垂れる。ヨーコの強がりだろうが、昨日のきつね蕎麦は結構な自信作だったのだ。そもそもこの世界は肉より生野菜のが高い、謎の肉が百グラム二十円なのに対し、野菜は百グラム八十円もする。四倍である、四倍。
贅沢な女である。
「……サイハテ、次は私が作るから」
「え、ヨーコが生足で生うどんこねてくれるって?」
「どんなプレイよ……」
少女の汗たっぷりのうどん、なんだかそこはかとないエロスである。背徳的で冒涜的なお味、これを現代に持ち込んだらそこそこの値段になるのではないだろうか。一杯千円位で売っても行列が出来そうな気がする。
「うどんならカナタにこねさせるわ」
「おん!」
任せとけ、とでも言うように鳴いたカナタを、サイハテは見つめる。小さな足で一生懸命うどんをこねる子犬……なにそれかわいい。
「毛だらけになるんじゃないか、それ」
それでも、抜け毛が多い季節である。毛を食っているのか、うどんを食っているのかわからない事態になりそうだ。
「……衛生面なら、私もさして変わらないと思うけど?」
「いやいや、美少女は雑菌まで美少女って古来より決まっているからな。ヨーコのうんこなら食えるって人間結構いるんじゃないか」
「そんな人は人間とは認めないわ」
相変わらずざっくりとした物言いだ。
「……サイハテは、食べるの?」
「……………………さぁな」
「ここはいいえって言ってよ……」
それでもサイハテが望むならと、ヨーコは未来やるであろうプレイを覚悟する。
――――――大丈夫、私はどんなプレイでも対応できる……ようになる!――――――
なっちゃいけないのである。
そんなこんなしている間に餅は焦げ目がついて膨らんで、サイハテの手により醤油に着けられ、海苔が巻かれていく。
「ほれ、焼き上がったぜ」
「あ、ありがとう……」
サイハテはヨーコとカナタに焼き上がった餅を渡すと縁側に座り込んで、水を一口煽った。
「……サイハテは食べないの?」
「俺、子供の頃に餅喉に詰まらせて死にかけてから、嫌いなんだよね」
水の入った瓶を傾けながらの一言に、ヨーコの目も思わず半眼になってしまう。
「じゃあなんで突いたのよ」
「お前が喜ぶと思ったから」
なんでもないような言葉に、ヨーコの頬は熱くなってしまう。サイハテはそんなヨーコを見て笑ってみせると、再び水を煽った。
「たまにはこう言うのも、悪くないな」
恥ずかしがるヨーコを、いつの間にか復活したハルカがからかっている。限りなく平和的な風景に、サイハテは思わずそう呟くのだ。
終末世界アイテムメモ
少女の汗:読み方はJCエキス、みんな大好き女子中学生が出した物。旧世界ではそこそこの価値を誇ったが、終末世界では様々な年齢の娼婦があふれている為、大した価値はない。ヨーコは汗をかいていてもいい匂いがする、現実の女子中学生は汗をかくと臭い。




