一話
南雲陽子、西暦2023年に一世を風靡したアイドルバンドグループ、プラチナ・ラヴァーのギタリストだ。
彼女が冷凍睡眠に入ったのは訳がある、週刊誌に男と歩いている写真が掲載され、それを見たアイドルオタクが発狂し、街を歩いている彼女を鉄アレイで殴ると言う凶行に走ったのだ。
その男とは妙に若々しいヨーコの父だったのだが、今となっては何もかも後の祭りだ。ヨーコは脳挫傷で意識不明の重体、後は死を待つばかりだと誰もが思ったのだが、サイハテの冷凍睡眠のデータが流用された治療装置が開発され、彼女はその装置で治療が開始されたのだ。
精密な機械が彼女の体の機能を調整し、ゆっくりと傷の治癒を促していく治療だ。結果はヨーコが終末世界で目覚めた事から分かるだろう。
しかし、本来ヨーコは西暦2050年には目覚める予定だったのだが……時は西暦2045年、チャイナボカンシリーズの最終話が中国内で起こり、世界は終末へと向かってしまった。蔓延する凶悪なウイルスに人々はバタバタと倒れていき、ヨーコの冷凍睡眠装置も千葉のビルへと移される事になってしまう、ヨーコの担当医はウイルスに侵されながらも思案する。
この少女だけはどうしても生かしてやりたい、ならばと担当医は自分に残された時間を使ってウイルスが死滅するのは何年後かを試算する。
試算とは言っても、常に変化し続けて自分の眷属を殖やしていく凶悪なウイルスだ。その計算はかなり大雑把になってしまい、ヨーコは数百年後の未来に目覚める事になってしまう。この担当医、ヨーコの頭を殴った嘗てのアイドルオタク、その兄であった。
ヘリから投げ出されたヨーコが見た物は、必死の形相でこちらに手を伸ばすサイハテだった。ヨーコも手を伸ばし返したのだが、ちょこっとだけその手に触れられただけで、後は遠心力と重力に引っ張られて大地へと真っ逆さまであった。
ヨーコが感じたのは明確な死の気配、感じて思ったのは、サイハテが一人ぼっちになってしまうなんて見当外れの事だった。
そして背中への衝撃、自分が地面に叩きつけられたとも解らずに、ヨーコは失神する。凄まじい衝撃によって肺の中の空気が外に押し出され、意識がブラックアウトする。
普通の人間南雲陽子、普通の人間ならばここで絶命してもおかしくはないが、彼女は打撲と言う比較的軽傷で生き残る事になる。理由はヨーコが来ているボディアーマーにある、サイハテが買ってくれたオリーブドラブのボディアーマーが衝撃を吸収してくれたのだ。
ヨーコは生き残った、しかし、この試される遺跡東京に置いて少女一人と犬一匹がどうやって生き残ればいいのだろうか。




