九話
地上では勝鬨が上げられている時に、サイハテは地下室で悩んでいた。とんでも無いものを見つけちゃったのである。
「……核爆弾か」
そう、一発で何十万人、何百万人を殺害し、汚染を撒き散らすステキ兵器を見つけちゃったのである。おまけに起爆装置も、それを止める制御装置もついていない、これをつかってワラシベシティに復讐でもする気だったのだろうか。
右腕に括りつけた多目的端末が引っ掻くような音を立てている、見るとここは放射能汚染されており、ガイガーカウンターが勝手に起動したのが、なんとなく分かった。
「長居している場合じゃねぇな……!」
背嚢一杯にお金を詰めたサイハテは残った最後のプラスチック爆弾を地下室の柱に設置すると、物凄いスピードで階段を駆け上がり始める。階段から飛び出た所で起爆し、核爆弾を埋めておくのだ。
持って帰っても運用なんて出来ないし、ヨーコが汚染されるかも知れないし、使えない上にばっちい兵器なんてなんの役に立つのだろうか。
「……よし、帰還しよう」
勝鬨を上げる元奴隷達、興奮した彼らに見つからないようにサイハテはスレイブタウンを抜けていく、爆発にも気がついてないような奴らだ。後は勝手にワラシベシティでもワンダラータウンでも向かうだろう。そこまで面倒は見ていられない。
この世界には法律なんてない、殺人があった場合、弱い奴が悪いのだ。
「サイハテ様ー、解放した奴隷は如何なさるので?」
「俺が面倒見る義理もないし、後は勝手に生き残ってくれるだろうさ。スレイブタウンを制圧したんだから後は生活環境を整えるだけだ、俺が手を出す必要はない」
一から十まで面倒見なくていいのである、そんな事しないでも生きて行ける位には人間は強い。
「可愛い女の子も多かったですよ、連れていかないんですか?」
「興味ない」
「サイハテ様ってゲイですか?」
「そっちにも興味ない」
相変わらず失礼なクソメイドである、ゆっくり歩いて町の出口に辿り着くと斎藤が待っていた。
「待て、西条疾風」
会釈して通り過ぎようとすると、肩を掴まれて止められてしまう。
「君の事は嫌いだが、今回は解放して貰った借りがある。だから君にこれを渡す」
ヨーコがどーたらとは言わず、斎藤は一枚のデータディスクを手渡してくる。ただのストーカー気質の変態ではないらしい。
「奴隷商人が持ってたデータだけど、恐らく君の役に立つはずだ。それと、困っていたらここに来い。力を貸してやる」
「ああ、あんがとよ」
斎藤からデータディスクを受け取り、サイハテはさっさと装甲車に乗り込んでしまう。その後ろ姿を見送った斎藤は、スレイブタウンの中へと入っていく。分かりあったと言う訳ではない、お互いの利害が一致しただけだ。
斎藤もサイハテも一人の少女を守りたいだけなのだから。
「くしゅんっ」
その守りたい少女は可愛らしくクシャミをした。
今日は珍しく一人でお出かけしている、いつもの遺跡漁りに出る格好ではあるが、遺跡に出かける気はない。鉄ヘルメットを被り、野戦服を着込み。アサルトライフルと拳銃をぶら下げた少女に、道行く人間はちょっかいを出そうとも思わない。
ヨーコが見ている店は銃器店だ、サイハテから良い品を見分ける為の観察眼を仕込まれた彼女が騙される訳もなく、スコープの着いた狙撃専門の銃を見て回っている。
が、めぼしいものはなかったようで、肩を落して退店した。
次にヨーコが見に行ったのは薬品を扱う店だ、毒ガスから化粧水まで手広く扱っており、店内にはヨーコと同じくらいの少女も多い。その少女に混ざって屈強な放浪者が買い物しているのだから笑ってしまう。
「ん~」
化粧水の棚に移動すると、ヨーコは中腰になって化粧水を吟味していく。成分表などは宛にならなくとも色合いや、乙女の勘で正解を見つければいいだけだ。
探している間におしりをフリフリ振っているもんだから何回か触られてしまうが、ヨーコは気にしない。これくらいでギャーギャー喚いて銃撃戦になったら大変だからだ。あまりしつこいと振り向きざまにナイフをお見舞いするが……そこまでしつこい奴はいなかった。
「これにしよっと」
適当な香水といつもの化粧水を持って、ヨーコはレジに向かう。しかし、視界に入った物を見て足を止めた。
その薬品の名前はまんまであった、媚薬。
「こ、これは……」
飲んだその時から効いてくる究極の媚薬、どんな鈍感系ラノベ主人公も貴女に襲いかかってくる究極の一品なんて宣伝文句が書かれている。
即買いだった。
そして夜、サイハテも帰ってきて、夕食を済ませた後、ヨーコはサイハテの部屋を訪ねた。手にはシャンパンとゾンビグラス。晩酌しようよ、なんて言いながら部屋に押し入った。
サイハテは困ったような表情でゾンビグラスに注がれたシャンパンを見ている。
「……じゃ、いただきます」
「かんぱ~い」
グラス同士を打ち付けて、一気に呷る。
炭酸の泡が緩やかに喉を流れて、爽快感を与えてくれる。安物のシャンパンだったがこう言う味は変わらない。
「……まぁ~」
とか思っていたらサイハテは口からシャンパンを吐き出してしまった。
「………………ヨーコ、毒でも盛ったか?」
「媚薬を少々……」
一発で気づかれてしまった。
「…………………………………………よし、その薬を寄越せ」
顎に手を当てて、サイハテは何かを考えると、ヨーコの手から薬を奪い取って、一気に煽った。本来なら百倍に薄めて飲む物なのではあるが……そんな事は置いといてヨーコはサイハテを期待した目で見つめている。
サイハテの顔が真っ赤に染まる。
「……フン!」
が、気合の一声で元の顔色に戻ってしまう。
「俺に興奮剤や催淫剤、自白剤の類は通用しない。脳内物質をコントロールして正常な脳みそに戻せるからな」
実際、訓練次第で自白剤や興奮剤などは意味を成さなくなる。そしてサイハテの脳みそが正常な訳ないのである。
「それにヨーコ、いい機会だから話しておく。君には悪いが、俺は誰ともそう言った関係にはなりたくないんだ」
「……どうして?」
ヨーコは悲しそうな声色で、サイハテに尋ねる。サイハテはヨーコからシャンパンの瓶を奪うと、一口呷った。
「俺は君を妹の代わりとしか見ていない。いや、君が風音にしか見えないんだ」
死人に縋る過去の遺物、これほど滑稽な人間はそうそう他にはいないだろう。妄執とも呼ぶべきサイハテの感情は日に日に強くなっている、その証拠に、サイハテはヨーコが風音に見えているのだ。
「……だったら、私は妹さんの代わりでいいじゃない。それでいいじゃない、なんで…………突き放すような事言うの?」
「もう死にたいから」
ヨーコは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けて、その場にへたり込んでしまう。
「死に、たい?」
「うん、死にたい」
頷くサイハテの傍によろけながら近寄って、隣に腰を下ろしたヨーコは、サイハテの手を握る。
「どうして?」
「あ、それ聞いちゃう?」
「茶化さないで!!」
悲鳴のような、声。
それを聞いて、サイハテは困ったように顎に手を当てた。ここはいつも通りにおちゃらけて誤魔化すべきか、それとも自分の目的を話すべきか……悩んだのだ。
「そうだね、君には話しておこうかな」
聞くまでは帰らないだろうし、ヨーコには話しておきたいような気分だ。
「至極単純だよ、生きる理由がないから」
サイハテと言う人間は究極的に利己主義である、沢山の人を救ったのも自分の為、妹を愛したのも自分の為、何しろ、サイハテと言う人間は目的がないと生きる事が出来ない稀有な人間であったからだ。
あの殺人事件も、妹を殺した復讐半分と妹を守ると言う目的を奪った復讐半分なのだ。生きる理由がないと生きられない人間、こんな人間は結構な数存在する。
「……私は、生きる理由にはならないの?」
「……なるだろうけど、俺はなんだかそれをしたくないんだ。理由は分からない、でも君を言い訳に生きることだけはやってはならない気がする。それだけは言える」
―――――――――ぶきっちょで頑固。
ヨーコはサイハテの言葉にこんな感想を抱いてしまった。
サイハテと言う人間は凄まじく不器用なのだ、上手に生きる事が出来なくて自分の気持ちにも整理を付けられなくて、挙句の果てには自分で決めたルールすら捻じ曲げられない位に頑固で……それで苦しんでいては世話ないのである。
「……そう、よーく分かったわ。よぉぉぉぉぉぉぉぉぉくね」
「お、おう?」
「…………つまり、私の初恋成就の為にはあんたの生きる目的とやらを探してやればいい訳ね。探したげる、探してやろうじゃないの。ええ、思ったよりも楽勝でよかったわ。フン!」
ヨーコはやきもきした自分がバカらしくなってしまった。
サイハテは肩をいからせて出て行くヨーコを見送って、眉尻を下げた。なんだったのだろうか。
新人類編、次章よりやっとスタート。
おまけ
サイハテを詳しく解説します
サイハテと言う人間は凄まじくめんどくさい人間です、理由がないと動けません、そしてヨーコに惚れてるからこそ彼女を生きる理由に出来ません。妹を救えなかったと言う負い目と、ヨーコを妹と重ねてしまっている事を負い目に、ヨーコに縋る事が出来ません。
そしてスーパー頑固です、自分のルールを決して曲げられないので死にたくなっています。本当はヨーコに甘えたいんです、慰めて欲しいんです。人殺しの記憶を忘れさせて欲しいんです。でも出来ません、不器用で頑固だから。
だから新しく生きる目的を探して、ヨーコの隣にたちたいと言うのがサイハテです。
もう目的見つかってるんじゃねーかとか言うツッコミはご遠慮下さい、サイハテは不器用で頑固なので自分が納得行く理由がないと認めません。
ああ、この男めんどくせ。




