七話
サイハテの才覚は意外とない。
努力すればサイハテレベルには誰でも成れるし、逆に、才能あるものが努力すればサイハテは簡単に追い抜かれてしまう。事実、真正面から戦えばあのストーカー気質の変態、斎藤にも劣るだろう。
サイハテが才能溢れる斎藤に勝利出来た要因は、奴が長年の温室生活で鈍りに鈍りきって腑抜けになっていたのと、ヨーコを見て冷静さを失ったからだ。そもそも奴は荒れくれ者の警備隊数百名を腕っ節でまとめあげるような人物である、サイハテは師に恵まれて育って来ているが、斎藤はこの試される大地終末世界を才覚で生き抜いて来た人間だ。
人間の土台が違う、何しろ数百メートル先から直感で敵に気がつくサイハテの背後を容易く取った事からも伺えるだろう。
故にサイハテは鍛え直さなければならない、妹に似た少女を守る為に、最初に交わした約束を守る為にも鍛え直さなくてはならないのである。
だが問題がある、サイハテは自分から何かを発見して強くなる天才肌の人間ではない、地道に鍛えて、先立に教えてもらい、それを吸収して強くなるのだ。ただ、サイハテ唯一の才能と言ってもいい真似する才能でとんでもない速度で成長するのは内緒だ。
サイハテはとことん日本人らしい男なのだ。変態で真似と改造が得意、どこからどう見ても日本人である。
「兄貴が居ればなぁ」
庭で筋トレをしていたサイハテが、ポツリと呟いた。
一卵双生児の兄、西条疾人、サイハテとは真逆の人物であったと言えよう。教えてもらっても何一つ覚えられないが自分で必要な物を考えつき、それを身につける能力は誰よりも優れていた。彼が持つ物は全て彼のオリジナルだ、五歳で難問と呼ばれる懸賞金付きの数学問題を解いたのは未だ覚えている。
「……手っ取り早く強くなるには兄貴と喧嘩してれば良かったからな」
ハヤトが気がついて、サイハテが真似して、またハヤトが気がついて、サイハテが真似して、いたちごっこである。お陰で兄とは17年間喧嘩し続ける中ではあったが、決着が着いた事が一度もない。大体ダブルノックダウンである。
「おや、サイハテ様、おはようございます。わたくしの顔を見に来たですって? もう、やだぁ~」
奈央邸の庭で座禅を組んでいたら朝っぱらからテンションの高い偽メイドがいきなりそんな事を宣った。喧嘩売ってるのか。
「お前の顔を見る位なら俺は自分の筋肉にうっとりしてる」
「もう、サイハテ様ったらナ・ル・シ・ス・ト♥」
「喧嘩売ってんのか」
もはやこいつはワケがわからない、戦闘用メイドと言う割には一発で伸されちまうし、最近やった事と言えば装甲車の運転位だ。
「……なぁハルカよ」
「はぁい」
「お前ってセックス出来んの?」
「そりゃあもう、戦闘用メイドロボですから」
娼館に売ればいくらになるかな、と考えて、サイハテはかぶりを振った。
一応仲間だ、そんな事しなくても運用を考えてやればいいだけだ。
「出来ませんね、メイド能力オミットされる前は出来たんですけど」
売っぱらわなくてよかったと心底思った、クレームが入るのはごめん被りたい。
こいつもう戦闘用メイドロボじゃねぇよ、ただの戦闘用ロボだよ。
「もしかしてサイハテ様……ムラムラしちゃってついにその情欲をわたくしに!? ウェルカム!!」
「行かねーよ!!」
もはやトレーニングの気分ではなくなってしまった、サイハテはがっくりと肩を落とすと縁側から奈央宅の中へと消えていく。
その後ろ姿を見て、ハルカは、
「ま、まさか……これがメイドプロトコル1056736526号に搭載されていたと言う主従の禁断の恋と言うやつでは?」
「違ぇーよ!! 何号まであんだよそのプロトコル!! 容量無駄遣いしてんじゃねーぞ!!」
「ざっと百億です」
「お前全国のメイドさんにごめんなさいしなさいよ!?」
メイド機能をオミットしているはずなのに、余計な事だけはしっかりと覚えているハルカ、サイハテはいい加減彼女を初期化した方がいいんじゃないかと思い始める。
朝っぱらから大声を出させられたサイハテは、朝のシャワーを浴びる為に浴室に入っていく。ちなみに住人の誰かとばったりなんてパターンはない。せいぜい先客のカナタが湯船に浸かってる位だ。
「……お前も器用な犬だな」
頭に四つ折りにした手ぬぐいを乗っけて、トロンとした表情のカナタ。
あの手ぬぐいはどうやって折ったのだろうか、前足でせっせと折ったのだろうか? なにそれ可愛い。
「おん!」
カナタはまぁあんたも浸かりなさいよ、とでも言うように鳴いた。
「おお、そんじゃ失礼して……」
サイハテは秋田犬の隣に身を沈めるとおっさん臭い息を吐いた。座禅で固まった筋肉と、怒鳴って溜まった疲れが体から染み出ていくようだ。
「ふぃーっ」
風呂はいい、サイハテを常識と言う社会の檻から解き放ってただの変態でいさせてくれる。そしてよくよく考えたらこの湯船にはヨーコやハルカ、そして氷の聖母こと奈央まで浸かっているのだ。
「……写真つけて売ったら売れんじゃねーのかな、このお湯」
|紳士淑女道(変態行為)の風上にもおけない変態さんはどの時代にも一定数存在する、美少女女子中学生のエキスが染み込んだお湯なんてガボガボ飲みたがるのではないだろうか。そこにはパチモンだけどメイドロボのエキスと、サドっぽいお姉さまのエキスも含まれている。
「これは売れる!」
「おん!」
どうやらカナタも賛成のようだった。
だが本気で売ろうとは考えていない、ヨーコだって知らないおっさんが自分が入った残り湯をガボガボ飲んでいたら不安だろう。おっさんが腹壊すんじゃないかって。
「それだったら下の毛か? でもヨーコ薄いしなぁ」
それに伐採予定地でもないだろう、彼女も大人になれば立派な熱帯雨林に変貌を遂げてくれるはずだ。
なんて失礼過ぎる事を考えていると、浴室のドアがノックされた。
「誰か入ってるの?」
ヨーコの声だ。
「入ってまーす」
「わおーん……」
そして一匹の変態と一匹の犬の声が返事とばかりに浴室内に響き渡る。
「あ、サイハテとカナタが入ってたのね。お邪魔します」
そう言うと、ヨーコは浴室の扉を開けて入って来た。なぜか全裸で。
「タオル位巻けよ」
「まま、いいじゃない。とう」
ヨーコはそのまま元気よく浴槽に飛び込んでくる。三人が入ってもまだ広い……が、ヨーコはなぜかサイハテの股座に腰を下ろした。
「おい」
「ふふーん、私の特等席~♪」
サイハテの講義も聞く耳もってくれない、小さな尻が、サイハテの股間の前に置いてある。ヨーコの背中は白くて華奢で、思い切り抱きしめたら折れてしまいそうだ。
「……サイハテの好きにしていいのよ」
――――――いいのだろうか? ダメに決まっているだろうが。
「遠慮しとく」
大切にしたら消えてしまうから……その声はサイハテの胸の中にしまっておく。
ヨーコと男女の関係になるのは楽しいだろう、車一台、身一つで仲間たちと日本中を旅するのだ。サイハテがバカをやって、ハルカがそれに悪乗りして、最後にはヨーコに諫められるのだ。絶対に楽しい、だがその楽しい時間はいつまでも続くとは限らない。
ヨーコは綺麗だ、それこそ風音に匹敵する位に、そしてサイハテはばかやろうだ。楽しくなったらあの悲劇を忘れて、何処か遠くへと出かけてしまうだろう、そして悲劇は繰り返される。
「……ふーん、ま。男をその気にさせるのも、いい女の条件って奈央さんが言ってたわ」
そう言うと、ヨーコはサイハテの胸板に自分の後頭部を預ける。
「私は南雲陽子、太陽の子よ。お天道様から逃げられるとは思わないでね」
「肝に銘じておくよ、なぁカナタ」
「オン!」
この犬はいい拾い物だったかも知れない、サイハテは素直にそう思う。賢いし、可愛いし、話のつなぎ役にもなってくれる。うまく調教すれば……遺跡探索でも役立ってくれる事だろう、獣の嗅覚を嘗めない方がいい。
「サイハテ、湯船上がりなさいよ。背中流してあげる」
「カナタにやって貰うからいい」
「オン!」
この返事から見るに出来るらしい。
今日は天皇陛下の誕生日です。
だからお赤飯を食べます。
だけどヨーコのお赤飯はまだまだ遠そうです。




