三話
首都東京、日本の中心地だったのはかつての話。
まるで人間だけが消え去ってしまったかのような東京はかつての姿をそのまま残していた、コンビニには発売されたばかりであっただろう雑誌類に、中身が風化してしまったお菓子の袋。そしてレンジの中で温めたままにされたブリトーに、レジカウンターの上に置き去りにされた商品が入った袋。
まるで人間が一瞬で消え去ったかのような事態に、サイハテは目を丸くしていた。
東京一帯には常に毒ガスが漂っている、その為か、サイハテとヨーコはガスマスクをかぶっており、ヨーコの服装も、サイハテと同じ野戦服に変わっていた。
肌の露出を減らして、皮膚呼吸からの毒物摂取を避ける為だ。
「サイハテ、見て」
コンビニの割れたガラスの外から、ガスマスクをつけたヨーコが声をかけてくれる。ハキハキした声がくぐもってしまっており、魅力は半減してしまいそうだ。
ヨーコが指差した先では、サイハテ達とは別の放浪者達が巨大な化け物と戦闘しており、激しい発砲光と遅れて、小さな発砲音が聞こえて来ている。
「見つかると厄介だ、コンビニの中でやり過ごすぞ」
「わかったわ」
ヨーコがコンビニに避難している時、カバーリングに入ったサイハテは、巨大な化け物の姿を、毒ガス越しに歪んだ姿だが、見ることが出来た。
巨大なゴリラの体に、これまた巨大な牛の頭をつけたような灰色の毛がフサフサ生えた化け物だった。あのサイズを殺すには戦車が必要になってくるだろう。
結局、あの放浪者達は負けたのか、巨大な牛の化け物はサイハテ達が隠れているコンビニの前をのっしのっしと地響きを起こしながら通り過ぎて行く。その様子を隠れながら見送ったサイハテは顎でしゃくり、進むぞと挨拶する。
「あのブッチャーと言う小さな化け物に注意しろ、銃撃戦なんてやったら、あの巨体が戻ってくる可能性がある」
銃を構えた姿のまま進むサイハテの背後を、同じような格好で進むヨーコに、注意してやる。
「ええ、あれとの戦いはごめん被りたいわ」
路地に差し掛かる度に、サイハテが確認して進む為か。二人の進行速度は非常にスロウリィであった。ちなみにハルカは元々隠密行動を想定していないので、お留守番だ。ピンチになったら装甲車を運転してきてもらい、回収ポイントで回収して貰う予定になっている。
とは言っても、それは本当の最終手段であり、サイハテ達がこれから向かう場所の距離を考えたら絶望的な手段であった……彼らが遺跡東京に潜る訳を説明する為には、前日の昼にまで遡る必要があった。
網の上で、腸を抜かれた魚が焼かれている。
塩を揉み込んだだけの焼き魚、ここに醤油と大根おろしを付けて、味噌汁と白米を添えれば立派な和食と成ってしまう、更に漬物と納豆をつければ贅沢と言うものである。
しかし、サイハテの顔色はよくない。
何故ならその魚はサイハテが釣ってきて、先程まで生きていた新鮮な魚だったからだ。いや、それは全く問題がない、問題はその魚の見た目だ。
薄暗いところで目を凝らせば光って見える水色のウロコに、口には肉食獣のような牙が生えており、目玉が……ひーふーみー、三十個程存在しているのだ。
「……これ食えんの?」
おまけに焼いているとチョコレートみたいな匂いがするとなれば、流石のサイハテも尻込みしてしまう。蛾の幼虫なんかも食べた事があるサイハテだったが、これはそれ以上のゲテモノであった。
「オォォォォォォォォォォォォ……」
焼いていると鳴くし。
「サイハテー、奈央さんが呼んで……それ、食べるの?」
キッチンに入って来たヨーコもドン引きだ、最近上がった好感度が更に下がったような気がしてならないサイハテは、こんな変な生物を釣ってきたのを後悔する。チャレンジ精神なんて発揮しないで捨ててくればよかったなんて思うが、後の祭りだ。
他にも足が七十本ある上におっさんの顔がついている人面イカとか、ゲソゲソ笑うイカっぽい少女とか、2メートル位のしじみとかを釣ってしまい、ぼーずで帰る訳には行かなくなったサイハテは選びに選んでこれを持ってきたのだ。
「く、食ってみれば美味いかも知れない……」
そして丁度焼きあがってしまったのだ。
不気味な魚に醤油をかけると、
「おいおい、オレは煮ても焼いても食えない魚だぜ? やめときな坊や」
不気味な魚は渋い声でそんな事を喋った、膓は全部抜いたから死んでいるはずなのに喋っている。多分、死後硬直とか、そんな感じの部類なのだろう。
サイハテは意を決すると、不気味な魚にかぶりつくのであった。
所変わって縁側では、相変わらず顔に包帯を巻いた奈央がお茶を啜っていた。緑茶ではなく、荒野に生えている草を炒ったなんちゃってお茶ではあるが、結構いい香りがするのだ。
「奈央さん、俺に何か用か?」
「ああ、西条くん。ちょっと……頼みが…………あるんだけど………………」
台所から現れたサイハテに、奈央は驚愕した。
額から触覚が伸びており、その先には豆電球が付いているのだ。奈央はこの症状をよく知っている、この界隈で一番食べちゃいけない魚、班目を食べたのだ。別名寄生魚とも呼ばれており、魚のように見えるが実は寄生虫の集合体であり、食べるとああやって額から豆電球のような卵が生えてくるのだ。脳に寄生されているから取り除く手段はなく、後は弱って死を待つばかりなのであるが……
「なにこれ、邪魔」
サイハテはあっさりそれを引っこ抜いた。
引っこ抜いた患者は必ず死んでいる、しかしサイハテは生きている、どうやらサイハテの体内は寄生虫が生きられない程過酷な環境らしい。
ただ単に、癌細胞すら殺すサイハテの抗体が強すぎて、殲滅されただけの話なのであるが、奈央がそれを知る事はない。
「……西条くん」
「なんでしょうか」
「医学の為にも、ちょっと解剖させてくれないかしら?」
「断固拒否するっ!!」
サイハテにとっては寝耳に水だ、用があるからと呼ばれて見れば、ちょっと死んでくれないかと言われたのだ。
海では変な魚しか釣れないし、変な魚を食ったら触覚が生えるし、おまけに解剖させろと言われたサイハテは、今日は厄日だと肩を落とした。
「冗談はさておいて……」
「ははっ、冗談でしたか」
あっさりとした奈央の言葉に、サイハテも困り果てる。
「ちょっと遺跡からとってきて欲しいものがあるのよ」
結局、ろくでもない話であることには代わりないようだった。とは言えど、サイハテとしても奈央の頼みを無碍にする訳にはいかない、サイハテの借りは返したが、ヨーコの分の借りがまだ残っているのだ。ここらでどかんと返して置かなくちゃならない、お金も少なくなってきたし。
「ああ、もちろん報酬は払うわ」
「ならば断る理由はありませんね」
「持ってきて欲しいのはね、データなのよ」
奈央がサイハテに以来したのは、病院にあるナノペーストの製造データであった。
量さえあればどんな重傷でも数時間で治る魔法の薬剤ナノペースト、実は復旧させた科学工場にある製造データが何者かに盗み出されてしまい、早急に代わりを用意しないとナノペーストのインフレが始まるのだと言う、事実、ワラシベタウンではナノペーストが不足して来ており、日々運び込まれる患者に対応できなくなってきているらしい。
「報酬は六千円と、私が所属する組織への紹介状。どう? 悪い話じゃないと思うけど」
「……その組織と言うのはよくわかりませんが、奈央さんの頼みなら断れませんよ。病院の場所は分かっているので?」
「ええ、必要最低限の装備も貸出して上げる」
「わかりました、すぐに向かいましょう」
こうしてサイハテ一行はとんでもない魔窟に旅立つ羽目になったのである。
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