九話
頑丈な鉄筋コンクリートの壁で囲まれた巨大な工場、かつては巨大な工作機械が蠢き、鉄の塊を魔法のように様々な商品へと変えて言ったのだろう。
だが今、工作機械は停止し、電気も来ていないだろう工場はよく分からない生物の楽園となっていた。
「うげー……犬の化け物もいるわよ」
サイハテとヨーコは高所から偵察を試みている、そんな中、ライフルのスコープを覗いていたヨーコが心底いやそうな声を上げた。
「お、マジだ。シバヘッドってやっぱり沢山いたんだな」
「し、シバヘッド?」
「柴犬の頭を乗っけてるからシバヘッド、命名俺」
「ね、ネーミングセンス皆無ね……」
ヨーコが至極失礼な事を言うが、事実なので反論は出来ない。
サイハテは微妙な表情をして、お手製双眼鏡で偵察に戻るのだ。シバヘッドを中核に、小さな化け物達が隊を成しているように見える……やはり、シバヘッドには知能らしき物が存在しているのだろう。
「……随分と未熟な見回りだな」
それに、とサイハテは鼻を動かしてみせる。
石油独特の刺激臭が鼻を付く、恐らくどこかで漏れているのだろう。百メートル位離れた場所、しかも風上でここまで臭ってくる事、おまけにあのシバヘッドに感づかれてない事を考えると……どうやら鼻は潰せたと考えてもいいだろう。
「ヨーコはここに残って援護、俺は内部に潜り込んで警備システムを作動させて見る」
「大丈夫なの?」
「無論、余裕だぜ。ヤバくなったら奴らの頭を吹っ飛ばせ」
対人間用の5.56mmでは効果が薄かったが、流石のシバヘッドも熊撃ち用の8.52mmだったら、あの時のようには行くまい、それにヨーコはのび太クラスの射撃手だ、一撃でシバヘッドの頭を吹き飛ばしてくれるだろう。
(……あれ、ヨーコ俺より強くね?)
飛んでいる鳥をライフルで撃ち落とす猛者だ、遠距離から戦う事になったら、パックリざくろになってしまうだろう。
「……とりあえずイットゥキマース!!」
しかし、戦う事なんてそうそうないだろうし。ヨーコに殺される最後なら、まぁ悪くはないと考えるサイハテは元気よく崖を滑り降りていく、ヨーコは元気いっぱいに滑り降りていったサイハテを心配そうな眼差しで見送ると、ライフルのスコープを覗き直す。
サイハテがピンチになったら彼の言うとおりにしなければならないからだ。
ヨーコは簡単に扱える武器だったライフルが、途端に重く感じた。失敗すればあの恐ろしい化け物に囲まれて、サイハテは息絶える事になるのだ。
サイハテの命が、自分の肩にかかっている。そんなことを考えてヨーコはこの場所から逃げ出したくなった。
ヨーコのそんな思いは露知らず、サイハテは器用に外壁を乗り越えて工場内部への潜入を果たした。外観から予想した内部地図を頭の中で思い描きながら、サイハテはスニーキングミッションを行うのだ、ダンボールを装備して。
「こちらスネーク……軍需工場に潜入した……」
残念ながら無線機を買うほどのお金はなかったのでツッコミは帰ってこない、少し寂しく思いながらも、サイハテはダンボールの中から外を伺う。
ここから工場内部に通じる門まで三十メートル、敵の歩哨は二十五名、奴らが顔を背けた瞬間に一気に走り去る位しか方法はないだろう。
「ふっ……!」
まるで監視カメラのように決まった時間に決まったようにしか首を動かさない彼らを見て、サイハテはダンボールを脱ぎ捨て、一気に走り出す。オリンピックの短距離選手に匹敵する走りで工場の駐車場を駆け抜ける。
足音もなく、素早く駆け抜けるサイハテに、歩哨達は誰ひとり気づくことはできず、サイハテは容易く工場の中へと侵入を果たした。
工場の中は風化した工作機械やベルトコンベアが置かれており、ちょっとした迷路のようになっている。シバヘッドは体格の関係から内部へ入ってこれないのだろう、だがシバヘッドの後ろについていた小さな子供のような化け物、あれが見回っているはずだとサイハテはホルスターからナイフを引っ張り出すのだ。
「……戦いの基本は格闘だよな」
それより以前に、人一人が通れる位の隙間でアサルトライフルを使う事は厳しい。アサルトライフルは意外と長いし、重い、銃剣でも付いていたらちょっとは役に立つとはおもうが、これはついてない。
そして何より殺到される事は避けたい、いくら強い人間でも何十人に集られれば簡単に死んでしまう。
サイハテだってそうだ、ナイフを持ったチンピラ五人を数秒で鎮圧出来る彼でも二十人三十人の大群と殴り合えば負けてしまう。この工場内で必要なのは無音必殺なのだから発砲音のような大きな音は御法度だ。
サイハテは細心の注意を払いながら工場の奥深くへと進んでいく。
なんかめっちゃお気に入り増えてるし、評価も飛んできている。
非常にやる気がみなぎります。
でも欝い話はもうちょっと待ってね、満足いただけるような話を用意しときますから。




