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六話

 薬を持って帰宅したら、案の定サイハテは腕立て伏せをしていた。

 全身を汗で光らせながら、筋肉が求めていると言わんばかりに猛烈な勢いで腕立て伏せを行っていた、無論、骨折なんて重症を負っているのだからサイハテの顔色は熟れた茄子のようだ。


「お、遅かったじゃないか……」


 心なしか元気がない。

 呼吸も喘息のようなひゅーひゅーなどと言った変な音だし、流れている汗は脂汗だ。

 そんなに辛いのならやらなければいいのに、ヨーコは酷く常識的な事を思考し、サイハテに常識を求める事は魚に空を飛ばせるが如しだ。


「……薬、買ってきたわよ。患部に注射すればいいそうよ」


 ツッコミのお仕事を放棄したヨーコは、物凄くつらそうなサイハテに買ってきたナノペーストを手渡してやる。


「どう見ても精子(ケフィア)です、本当にありがとうございました」


 そしてこちらも案の定である。

 溜め息を吐くヨーコを尻目に、サイハテは言われた通りに幹部へと注射針を叩き込む。薬剤が血管内を通り抜ける不快感と、細胞が異常な熱を持つ感覚をサイハテは感じ取る。


「……すげぇな」


 打ったその瞬間から痛みが引き、引き攣る様な倦怠感も、骨があるべき場所にない違和感も、すぐさま消え去った。高性能な痛み止めの線も考えたが……明らかに骨が再生を始めている。それも物凄い速度で。


「この調子なら明日の朝には完治だな」


 注射器のラベルを見て、どこの製薬会社の製品かを確認しておく。


「ら、ラッパのマークが書いてある……」


 サイハテの脳内に響き渡るあのBGM、日露戦争出身のお腹の薬がここまで進化していた事にサイハテは痛く感激する。思い出すのはアンデス山中での事、迂闊に水を飲んだことから襲われた腹痛に対し、彼の薬は劇的な効果を発揮してくれた。

 彼の薬がなければサイハテはアンデスを構成する大地の一部になっていたかもしれない。


「……すごくスケールが大きい事考えてない?」


「いや、日常の事だよ。君も経験あるんじゃないかな」


 サイハテにそう言われたヨーコは快速電車に乗った時の腹痛と彼の薬を思い出す、確かにあれはピンチだったかも知れないと頬を朱に染める。


「ま、とにかく助かったよ。ヨーコと未来の技術に感謝だね」


 怪我の痛みが落ち着いて、サイハテは少し元気を取り戻したらしくケラケラと笑っている。


「……私に感謝なんていらないわよ」


 ヨーコはそう言うと、すっかり温くなった桶を持って部屋の片隅へと行ってしまう。


「覗いていい?」


「いいわよ、上がった評価を下げたければね」


「よし、やめとくわ」


 ヨーコが服を脱ぐ前に、適当な壁を持ってきて衝立にしてやる。


「……どこから持ってきたのよ」


「衣紋掛けに布かけただけだよ」


 妙に手際のいいサイハテに呆れつつ、ヨーコは久方ぶりに垢を落とす為に、一張羅の服に手をかけるのだ。


「俺寝てるから、朝になったら起こして」


「わかったわ、お休みなさい。ゆっくり休んでね」


 最悪のファーストコンタクトからよくもまぁこんなに懐いてくれたなと、感動したサイハテは言われた通りにベッドの中へと潜り込む。安宿らしい埃っぽくてかび臭いベッドではあるが、荒野の固い地面よりは数百倍増しでありサイハテはすぐさま睡魔に手を引かれてしまう。


(今日はゆっくり眠れそうだ……ふぁぁぁ)


 欠伸を一つすると、睡魔に誘われるままに瞼を閉じるのだ。

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