五話
サイハテが痛みを堪え、ゼーハー言いながら腕立て伏せをしている最中、ヨーコはワンダラータウンを走っていた。
(転んで折ったなんて絶対嘘よ、絶対犬の化け物にやられたに決まってるわ)
サイハテの言い訳はバレバレであった、彼の性格からして、転んで骨を折ったなんて間抜けな状況であったら間違いなく見せびらかすからだ。
「いやぁ、転んで骨折っちゃったよ。なんて骨体! なんつって」
とでも言うだろう。
そしてヨーコは一つの確信めいた予感を感じ取っていた。
(あいつ……絶対腕立て伏せしてる……!)
大正解である。
宿から飛び出たヨーコは大広場に医者がいないのを見てとって、南の大通りへと走って行く。途中、春を売っている子供達とすれ違ったが、今は気にしている余裕はない。
余談ではあるが、彼女達を始めてみた時にヨーコが感じたのは既視感だ、サイハテと出会わずに運良くこの町に辿りつけていたら自分がああなっていたと言う確信めいた既視感。媚びたような笑みを浮かべ、汚い男の袖を引いて私を買ってと言う自分、それが蜃気楼のようにヨーコの脳裏に浮かび、彼女の背筋を震え上がらせたのだ。
ガリガリにやせ衰え、それでも生きるために体を売るしかないから、彼女達も別の世界のヨーコも病気になりながらも売春をやめられない。そんな世界が朧げながらも見えてしまったのである。
閑話休題。
南の大通りは治安が悪そうであった、まだ夕方だと言うのに酒をかっくらい、幼女娼婦の肩に手を回して逢引宿に姿を消す男の多い事……それだけならまだしも、怪しげな薬剤を腕に注射する男女や、その怪しげな薬剤を売るバイヤーまでもが、堂々と大通りの中を闊歩していた。
そして何より、どこもかしこも汚いのだ。
ゴミが落ちているのは当たり前で、下手すれば死体なんかも見かけてしまう。頭蓋骨できゃーきゃー騒いでいた頃の自分が懐かしくなってしまう。
(……流石に武装した女に絡むバカはいないのね)
ヨーコの容姿は目を引く。
あまり汚れておらず、肌は白いし、表情も卑屈じゃないいい女、それが周囲の評価だ。男ならついついちょっかいを出したくなる優良物件ではあるが、ヨーコが肩から下げた拳銃を見て、それは押しとどめている。
流石に下賎な男たちも撃たれるリスクがある女には手を出さないらしい。
「……あったわ」
南門の近く、大広間から距離にして五百メートル程の場所に、ヨーコが求める場所があった。
赤十字のマークが看板に刻まれた病院らしき場所、ヨーコは病院があった事に胸をなでおろすと木製の大きな扉に手をかける。
そのまま力を込めると、錆びた蝶番が音を立てて開く。
中は……清潔とは程遠いが病院としての体裁は保っているようだ、カウンターに看護婦さんが一人だけポツンと座っており、その看護婦は異様な事に……顔に包帯をグルグル巻きにしていた。
「す、すみませ~ん……」
異様な看護婦と廃病院のような恐ろしい雰囲気に飲まれ、ヨーコは小さな声を出しながら恐る恐るカウンターに近寄っていく。
包帯の隙間から覗く看護婦の目が、しっかりとヨーコの姿を捉える。
「……うちは外科ですよ、性病の治療なら東通りの病院へ」
「私は売女じゃないわよ!」
しょっぱなから失礼な看護婦である。
「友達……友達よね、友達が骨を折ってて、医薬品が欲しいんです」
「……お金は?」
「二百円あります」
「……待ってて下さい、治療用ナノペーストを出してきます」
ガラガラ声で、そう返事した看護婦は待合室の座椅子……駅にあるようなプラスティック製の椅子にヨーコを座らせて奥の方へと歩いていく。
「……ナノペースト?」
ヨーコの疑問は看護婦に届く事はなかった。
手持ち無沙汰になったヨーコは不気味な待合室に視線を巡らせる、コンクリート製の床や壁は血痕だらけで、まるでホラー映画に出てくる病院のようでヨーコは怯えるしか出来ないのだ。
おまけにあの看護婦の不気味さだ、包帯の隙間から覗く顔立ちを見るに相当な美人だ、顔立ちが整っているが故に不気味さも際立つのだ。
「お待たせしました、医療用ナノペースト五つで百二十円になります」
「ひぃ!?」
暗闇から突如現れた看護婦に、ヨーコは悲鳴を上げる。
薄汚れたナース服と、黄ばんだ包帯がどうみてもホラー映画のクリーチャー、またはホラーゲームのクリーチャーである、スタイルがよく、中身が美人なのが余計にその雰囲気を醸し出している。
「は、はい、二百円で……」
「……服用方法は患部に注射するだけですよ、それではお大事に」
注射器五本が入った箱を持たされ、ヨーコは追い出されるように病院を後にする。
箱をそっと開くと注射器の中にヨーグルトみたいな物が詰まっている。
「……これを見てあいつが何て言うのか想像できるのがいやだわぁ」
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