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「ただいまあ」
真衣の明るい声が聞こえ、清司は目を開けた。
玄関から、制服を着た真衣が走ってくる。
そして、飛び込むように抱きついてきた。
「お父さん、真衣、今日から小学生だよ!」
「うん。おめでとう。真衣」
真衣はえへへ、と照れるように笑った。
「お祝いのケーキ買ってきたのよ」
美代も後からやってきた。手にはおいしいと評判の洋菓子店の箱を持っている。
「さっそく食べましょう。真衣、手、洗っておいで」
「はーい」
そういって真衣は洗面所に向かった。
清司も椅子に座り、美代に声をかけた。
「真衣、小学校楽しく過ごせるかな」
美代はにっこりと笑い、「過ごせるよ」といった。
「だって、真衣は幸せになるために生まれてきたんだもの。愛されるために、生まれてきたんだもの」
清司も笑った。そしてゆっくりと頷いた。
「栄一にも見せたかったな」
そっと独り言を呟いた。すると、美代は注意するような目つきをした。
「もう昔のことは忘れようねって約束したでしょう?もし真衣に本当のことがばれたら、どうなるかわかってる?」
清司は苦笑いをし、謝った。
「ごめん。そうだよな。もう栄一のことを話すのはやめるって決めたんだよな」
「そうだよ。真衣は、私たちのものだもん」
そういった直後に、真衣が部屋に入ってきた。
「洗ってきたよ」
そういって清司の隣に座った。
「お母さん、真衣、チョコレートとイチゴのがいい。あ、あとクリームののってるプリン」
目を輝かせながら、真衣はケーキを選んだ。
「そんなに食べたらお腹痛くなっちゃうぞ」
清司が口を出すと、真衣は「大丈夫だもん!」といった。
甘いお菓子を見つめながら、清司は思った。
昔、自分は甘いものが大好きで大好きで、毎日食べまくっていた。
何も知らない、子どものように。
しかしいまはほとんど食べない。
どうしてだろうか。
大人になれたからだろうか。
栄一のように、大人になれたからだろうか。
「お父さん、一口あげる」
真衣がスプーンにクリームを乗せて、振り返った。
「いらないよ。真衣が全部食べなさい」
そういうと、真衣はにっこりと笑った。
「真衣が小学生になったお祝いのケーキだから、お父さんも一緒に食べて」
清司は複雑な気持ちになった。本当は、栄一が食べるものなのだ。自分が食べていいのか。
だが真衣の父親は栄一ではなく自分だ。
「そうか。じゃあ、もらおうかな」
クリームを口に入れると、急に胸が苦しくなってきた。
栄一に会いたい。
会って、真衣を見せてあげたい。
しかしもうその願いは届かない。
突然涙が溢れた。それを見て、真衣は目を丸くした。
「どうして泣いてるの?おいしくなかったの?」
清司は涙を拭き、一言、いった。
「違うよ。真衣が小学生になったから、嬉しいんだよ」
真衣はほっとした顔で、「なんだあ……」と笑った。
杉尾栄一。
殻の中で、生きていく栄一。
いまも殻の中にいるのだろうか。
真衣は本当の父親を知らずに、殻の外で生きていく。
栄一も同じように、真衣を知らずに殻の中で生きていく。
「お父さん、真衣のこと好き?」
真衣が訊いてきた。可愛らしい声が、耳に心地いい。
「大好きだよ」
そして真衣の、柔らかな髪を撫でた。
読んでくださった方に感謝します。ありがとうございます。
まさかここまで長くなるとは思っていなかったので、書いた自分が驚いています。
わかりづらいところや説明不足なところなど、たくさんありますが、とりあえずこれで完結です。
機会があれば、続編なども書いてみようと思っています。
ではでは。
ありがとうございました!




