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清司は、美代に何かお礼をしたいと思った。
自分をここまで幸せにしてくれた美代に、何もしないなんて失礼だ。さっそく美代に訊いてみた。
「そんな……。いらないよ、そんなもの」
美代は断った。困ったように笑った。
「私は、清司くんと一緒にいられるだけで充分。これ以上ほしいものなんてないよ」
しかし清司はどうしてもお返しをしたかった。
「何かしないと、神様に怒られちゃうよ」
あまりにもしつこく清司がいうので、美代は「ちょっと考えさせて」といった。
それから数日後、美代がようやくお願いの言葉を口にした。
「何でもいいんだよね……?」
確認をするように美代が訊いた。
「何でもいいよ」
清司は即答し、ゆっくりと頷いた。
美代は深呼吸をするように目をつぶり、小さく息を吐いた。
「あのね、私の……私のお願いは……」
緊張しているのが、口調だけでわかった。清司もどきどきとしていた。
「子どもを、作りたいな……ってことなの」
どきりとした。こんなことをいってくるとは思っていなかった。清司の動揺に、美代はあわてていい直した。
「嘘よ、嘘。ちょっといってみただけ。本気じゃないから、気にしないで」
しかし清司は本音だと気付いていた。美代は子どもが好きだった。早くお母さんになりたいとよくいっていた。
「子ども……」
清司が呟くと、美代はもう一度いった。
「嘘だってば。気にしないで。忘れて」
清司は首を横に振った。そしてじっと美代を見つめた。
「カウンセラーは、絶対嘘をつかないっていつもいってるじゃないか」
美代は、はっとしたように目を見開き、ゆっくりと首を下げた。足元を見つめながら、小さな声を出した。
「そうだね……」
清司は美代の肩に触れた。そして、そっと抱きしめた。
「わかった」
美代は、また目を見開いた。本気なの?という目だ。
「でも……、でも、子どもを作るのって、すごく大変なことでしょう?」
清司は黙った。確かに子どもを作るのは、ものすごく大変なことだ。それに、清司も美代も、体験したことがないのだ。誰かに教えてもらうことだってできない。
「だけど、僕は美代さんにものすごく感謝してる。だから、願いを叶えてあげたい」
はっきりといい切った。誓いの言葉だった。
「ほ……本当……?」
美代の戸惑った顔を見て、清司はにっこりと笑った。
「美代さん、クライアントも嘘はつかないんだよ」
清司は美代の両手をしっかりと握り、真剣な口調で訊いた。
「子どもを作るってことは、ものすごく難しくてものすごく時間がかかると思う。つらいこともたくさんあると思う。それでもいいんだね?」
美代は覚悟を決めたように深く頷いた。
「わかってる。どんなことがあっても、私は逃げたりしない」
清司も頷いた。そして、想像した。
これから自分たちはどんな生活を送るのだろうか。
先が見えない道を、たった二人だけで歩いていくのだ。
怖くなったが、もう子どものように怯えるのは嫌だと思った。




