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栄一は二人がけの椅子に座っていた。誰か待っているようで、何度も腕時計を見ていた。清司には気付いていないようだった。

清司は壁に隠れたまま、栄一の姿を見た。昔よりもずっと肌の色はよく、痩せていた体もすっきりとしていて健康的に見えた。着ている服も、皺一つない値段の高そうなものだ。この姿を見て、誰も養子だとは思わないだろう。

清司が醜くやつれたように、栄一も好青年に変わったようだ。

そんな栄一を見ていると、だんだん清司の体の中に、炎のような感情が生まれた。あんなに幸せそうにしている栄一が、憎くて憎くてたまらない。本当だったら、今頃自分もああやって、おいしそうなお茶を飲んでいたはずだ。

清司は、きっと鋭く栄一を睨んだ。あいつのせいで、自分はこんな地獄を味わうことになったのだ。あいつが幸せを奪った。家も、家族も、愛しい婚約者まで……。

怒りで体が熱くなった。いままで生きてきて、こんなに人間を妬んだことは一度もなかった。

あいつがいなければ……あいつが消えてしまえば……

めらめらと炎が立ち上っていく。働かない父親の姿を見た時と同じだった。

だが清司は店に入る気にはなれなかった。公園で暮らすようになってから、清司は会う人々に化け物のように見られるのだ。その度に清司は消えてしまいたいと思った。もうこの姿を晒したくなかった。

そうして睨んでいると、突然栄一が立ち上がった。清司はどきりとした。見つかったのかもしれないと思った。

しかしそうではなく、栄一はまた座り直した。待っていた人間が店内に入ってきたので、呼ぶために立ち上がったようだ。

清司はほっとした。だがすぐにまた衝撃が降りかかってきた。

栄一の待ち人が、麻由美だったからだ。

信じられなかった。そんなこと、あるわけないと思った。どうして栄一と麻由美が一緒にいるのか。

「嘘だ……」

無意識に声が漏れた。混乱で何も考えられない。

麻由美は可愛らしく笑い、栄一の前に座った。そして何か話した。遅れてごめんね、とかそういう言葉だろう。

栄一も笑った。いままで見たことないような、幸せそうな笑いだ。栄一があんなに幸せそうに笑っているのを、清司は見たことがなかった。

誰が見ても、二人は恋人同士だった。麻由美と栄一が恋人になるなんてことは不可能なはずだ。

だが、清司はあることを思い出した。栄一と麻由美には、共通点がありすぎるということだ。清司の知らないどこかで、二人はもうすでに会っていたのではないか。

嫉妬の炎がさらに燃え上がった。清司は大股で歩き、店のドアを開けた。何故かその時は足の痛みは無くなっていた。

店に入ると、ウェイトレスに話しかけられる前に栄一の席までずかずかと歩いた。店の中にいる人間全てが清司を見ていた。しかしいまはそんなことを気にしている暇などなかった。

テーブルの前で、清司は大声で叫んだ。

「栄一!」

驚いて何人かが声を上げた。小さな子どもは怖がって泣き出した。

しかし栄一は目玉だけをちらりと清司に向け、すぐに麻由美の方に視線を移した。馬鹿にされているということが、はっきりとわかった。

「栄一!聞いてんの!?」

さらに大きな声で叫んだ。そして拳で強くテーブルを叩く。また何人かが声を上げた。

栄一は、今度は完全に無視をした。麻由美も、何故か清司に怯えていない。不自然だったが、そんなことはどうでもよかった。

「無視するな!」

清司がまた怒鳴ると、突然麻由美の声が飛んできた。

「誰よ。あなた」

麻由美はきつく睨み、清司をじっと見つめた。

清司は睨み返した。相手が女でも、この怒りは抑え切れなかった。

「誰よじゃないだろ!僕のこと忘れたのか!お前は僕の婚約者だろ!何でこいつと一緒にいるんだよ!」

栄一を指差し、一気に捲くし立てた。

しかし麻由美は動揺したり、怖がったりせずに、冷めた目で清司の顔を見ているだけだ。何も知らないのね、かわいそうに……という言葉が、目つきだけで感じられた。

「ああ、こいつ、頭おかしい奴だから、いちいち気にしなくていいぞ」

横から栄一が口を出した。すると麻由美はそうなの、といって清司から目を離した。

清司は熱い息をぜいぜいと吐いた。頭が混乱し、何も考えられない。

「お前が……お前が……僕の……ま……麻由美を……幸せを……」

興奮してうまく言葉を出せない。それが清司をさらにいらつかせた。

「返せ!僕の麻由美を返せ!」

悲鳴のように叫び、麻由美の手をつかもうとした。こうなったら、力ずくで無理矢理連れて行くしかない。

しかし突然体が止まった。この女性の手首には、ぼろぼろの紐が巻かれていなかった。


麻由美の手首には紐が巻かれていた。

ということは、この女性は……


そんなことを頭に浮かべていると、栄一の拳が飛んできた。

昔よりずっと力が強くなった栄一に殴られ、清司はテーブルに思い切り頭を打ち付けた。

あまりの痛みに、清司は声を上げた。頭を抱え、床に倒れた。

「何するんだ!」

栄一の怒声が響き渡り、店内は一気に静まり返った。

「お前の婚約者なんて知らねえよ!俺の妻に手を出すな!」

もう一度栄一が怒鳴り、清司はどきりとした。

「つ……妻……?」

驚いた。恋人どころか、二人はすでに結婚していたのだ。

清司が地獄の日々を送っていた時に、栄一はこんなにも美しい女性と結ばれていたのだ。

もう結婚もしているなら、どうやってもこの女性を手に入れることはできない。清司は愕然とした。

何もいわずに固まっていると、トドメを刺すように、妻が怒鳴った。

「何よ、この人。気持ち悪い!あたしは、あんたも麻由美なんていう子も知らない!変なこといわないで!」

そして栄一にいった。

「早くここを出よう、栄一。こんな気持ち悪い化け物と一緒にいたくない」

栄一もすぐに頷き、清司を嘲るようにいった。

「何が正しくて何がいけないのかわからないお子ちゃまに付き合ってられねえもんな」

そして二人は歩き出した。


何もいえず、清司は横たわっていた。

また奈落の底に突き落とされたと思った。

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