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町の中で食べ物を見ると、清司は地獄に堕ちたような気分になった。
昔、嫌いだった野菜が、ご馳走に見えた。
しかしいまの清司は、それらを手に入れる術は持っていなかった。
全て、「見るだけ」なのだ。
左足の痛みにたえきれず、清司は立ち止まり、しゃがんだ。
そっと顔を上げると、遠くの方に、ある店が見えた。
それは清司の大好きな喫茶店だった。おいしいお菓子がたくさん売っている、一番お気に入りの店だ。
清司は、幼い頃何度も母に連れて行ってもらったことを思い出した。
優しい母に手を引かれ、清司は「今日は何を食べようかな」とわくわくした。
二人がけの椅子に座り、母とたくさんのお菓子を好きなだけ食べた。ケーキ、パフェ、アイス、クッキーなどを、お腹いっぱい食べた。
帰る時は必ずお菓子を買ってもらった。そして家でもおいしいお菓子を食べた。
まさかこんな日々を過ごすことになるなんて、あの時は夢にも思わなかった。
もしかしたら、いままで幸せに生きてきたのは幻だったのかもしれない。
自分はただ夢を見ていただけ。現実は、こういう過酷な人生だったのかもしれない。
清司の中に、惨めという波が押し寄せてきた。この波に飲み込まれないよう、清司は公園に戻ることにした。
日に日に足は痛くなっていく。明日も歩けるかどうか、毎日不安だった。
その帰り道の途中で、驚くべきことが起こった。
栄一に似た人物が、目の端に映ったのだ。
あわてて振り返ったが、その人物は既にいなくなっていた。
しっかりと見たわけではないので、本当に栄一本人なのかはわからない。
けれど、栄一のような気がした。
追いかけることはできなかった。この足で走ることなどできなかった。
公園に戻り、清司は考えた。
一瞬目の中にちらりと映った人物が栄一だったら、どうしようかと思った。
もしかしたら栄一は、自分のすぐ近くにいるのではないか。
もし栄一なのだとしたらどうしたらいいのか。
頭の中でいろいろな気持ちがぐるぐると回っていた。
栄一に会いたい、と清司は強く願った。
この広い世界で、清司のことを知るのは栄一ただ一人なのだ。
そして、こんな自分を助けてもらおうと思った。
きっと栄一なら、自分を助けてくれる………。
しかしすぐにそれは不可能だと気が付いた。
栄一は北原家を出る時に、「助けてやらないから」といっていた。
そんな言葉をいわせたのは、弱いくせに強がって、むきになった自分のせいなのだ。
清司はまた自分の幼稚さに嫌気が差した。
栄一に助けてもらうのは無理だと自分にいい聞かせ、また清司は考えた。
例え助けてもらえないとわかっていても、やはり栄一に会いたかった。
嫌な別れ方をしたせいで、再会した時、どんな顔をすればいいのか思い付けない。
もちろん、こうなってしまったのも自分のせいだ。本当に自分は頭が悪いのだと改めて思い知らされた。
しかし何としてでも会いたい。誰かと会話をしたい。地獄のような日々が始まってから、清司はほとんど声を出していないのだ。とにかく、誰かと口を聞きたかった。
翌日、清司は栄一と似た人物を見かけた場所に行ってみた。
また今日も現れるのではないかと思ったのだ。
栄一であってほしいと願いながら、痛む足を引きずりながら歩いた。
だがいつまで経っても昨日と同じ人物はやって来なかった。
仕方なくその日はやめにした。
その翌日も、さらに翌日も、清司は出かけていった。
歩く度に足の痛みは増していく。清司は我慢をし、何度も同じことをした。
これを逃したらもう幸せという文字は完全に消え失せると思った。あきらめるわけにはいかなかった。
藁にもすがる思いで、清司は栄一と似た人物を待ち続けた。




