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愛子は毎日、栄一のためにいろいろなことをしてくれた。

「栄一、少し痩せてるからね」といい、健康的な食事を栄一のためだけに作った。

それを見て、栄一は思い出した。

「そういえば、お前、あの馬鹿男にお菓子を作ってやったそうじゃないか。料理も」

そういうと、愛子は即答した。

「あたしがあんな奴にお菓子作るわけないじゃない。全部お店で買った安いものだよ。料理は冷凍食品」

栄一は少しほっとしていた。愛子が、あんな奴のためにお菓子や料理を作ってやっているということを知り、気分が悪かったからだ。

「そうか。そうだよな」

「当たり前でしょ。それに、あたしは、好きな人のためにしか作らないもん。お父さんと栄一だけに作るって決めてるから」

その言葉に、栄一はまた嬉しくなった。

愛子と結婚し、一緒に住むという日がやってくるなど、夢にも思っていなかった。

愛子は素晴らしい妻となり、何もいわなくても相手の気持ちがわかるほどまで距離が縮んだ。

ある時、愛子が訊いてきた。

「ねえ、どうしてあの夜、ミサンガ受け取ってくれなかったの?」

「ごめん」

そういって栄一は、ミサンガの、「糸が切れる」ということが怖かったのだといった。

ミサンガの糸が切れてしまったら、愛子との糸も切れてしまうのではないかと思っていた。

聞き終わると、愛子は申し訳なさそうな顔をした。

「そうだったんだ。全然そんなこと気が付かなかった。あたしの方こそ、無理矢理渡そうとしてごめんね」

そういって、頭を下げた。

栄一も、気になっていたことを話した。

「それにしてもお前、よくあの屋敷から逃げられたな」

すると愛子は「まあね」と答えた。どうやって逃げ出したのかは教えてくれなかった。

栄一も別に訊かなくてもいい、と思い、考えるのをやめにした。

さらに愛子は、「すみれお姉ちゃんは、もう二人目なんだよね」と何度もいった。

「うらやましいな……。あたしも早く子どもを産んでみたい」

そういった愛子に、栄一は自分の母親の話をした。早く子どもを産んでしまい、結局育てられなかったという話だ。愛子は聞きながら涙を流していた。

「だから、もう少し後でもいいんじゃないか」

愛子はすぐに「わかった」といった。


いままでと違う生活を、栄一も愛子も同じように楽しんでいた。

しかし、完全に幸せというわけではなかった。

ある夜、栄一が眠ろうとベッドに入った時、愛子が部屋に入ってきた。

「どうしたんだよ。もう寝てたんじゃなかったのか」

栄一がいうと、突然愛子は泣き出した。涙がぼろぼろと溢れていく。

「なんだよ。どうしたんだよ」

愛子に近付き、小さな肩に手を乗せた。

愛子は栄一の腕をつかみ、崩れるように座り込んだ。

「泣いてたらわからないだろ」

もう一度いうと、愛子は震える声で話し始めた。

「……あたし、愛子だよね……?麻由美じゃないよね……?」

すぐに栄一は気が付いた。愛子は、まだ自分が「鳥居麻由美」なのではないか、と思っているのだ。

考えてみると、愛子は「麻由美」として過ごしていた時の方が長いのだ。いま自分は愛子なのか、麻由美なのかわからず、苦しんでいるのだ。

「愛子だよ。杉尾愛子だ」

しっかりとした口調で栄一はいった。愛子の痛みを栄一も感じた。

「本当……?あたし、麻由美じゃない……?」

「麻由美じゃない。愛子だよ。お前の大好きな父親が付けた、愛の結晶の愛子だよ。」

力強くいい聞かせると、愛子はふっと小さく笑った。

「あたし、愛子なのね……。よかった……」

「大丈夫だ。もうお前は鳥居麻由美でいた時のことなんか忘れちゃっていいんだ。これからは俺がお前のことを護るから、心配するな」

愛子はこくりと頷き、まだ潤んだ目で訊いてきた。

「一緒に寝てもいい……?一人だと怖くなって……」

すぐに栄一は「わかった」といった。傷ついている愛子を癒したいと思った。

愛子がどれだけつらい日々を過ごしていたのかと思うと、栄一は胸が締め付けられた。愛子の悲しみを、どうしたら消し去ることができるだろうか。

座っている愛子を立たせベッドまで連れていくと、愛子は布団を頭から被った。見つからないよう、隠れているようだった。きっとあの屋敷でもこうして寝ていたのだろう。

一人用のベッドに二人で眠るのは狭かった。栄一はぎゅっと愛子を抱きしめ、横になった。

「安心しろよ。これからはずっと一緒にいるからな。もうどこにも逃がさないからな」

そういうと、胸の中で愛子が一言呟いた。

「逃げたのは、栄一の方でしょ」













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