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施設の中には、たくさんの子どもたちの声が飛び交っていた。

栄一がいたあさがお園よりも、ずっと明るい感じがした。

栄一のことを思い出せなかったおばさんは、笑いながら謝った。

「思い出した。杉尾栄一くんね。ちょっと大人しい子だったから、よく覚えてなかったのよ」

別に嫌な気分ではなかった。もう10年以上も経つのだから、覚えているほうがおかしいのだ。


おばさんに案内され、事務室の前までやってきた。

「どうぞ。入って」

そういわれ、すみれは中に入った。栄一は入らなかった。そんな勇気など持っていなかった。

「愛子ちゃん、久しぶりね」

すみれがいうと、愛子の声が聞こえてきた。

「すみれお姉ちゃんですか?わあ、お久しぶりです!」

嬉しそうな愛子の声は、耳に心地よかった。そして、昔と変わっていなかった。

「懐かしいです。また会えるなんて……」

愛子の笑顔が頭の中に浮かぶ。早くそれを見たいと思った。だが足は動かなかった。

「すみれお姉ちゃん、お腹に子どもがいるんですか?」

「うん。二人目よ」

「二人目?すごい!」

「すごいって、何が?」

「だって、子どもを産むと女性は強くなるって聞いたことがあるから」

「そうかなあ、特に変わってないけどね」

延々と続く女性同士の会話を聞きながら、栄一は気持ちを落ち着けた。

しかし愛子の声を聞くと、胸が速くなってしまう。動揺した自分を愛子に見せるのは嫌だった。

「実はね、いま栄一くん、来てるの」

すみれが先程と同じように栄一の名前を出した。

「え?」

「栄一くん。杉尾栄一くん。まさか忘れたとかいわないでよ」

栄一の手足ががくがくと震えだした。愛子がどんな顔をしているか、怖くなった。

「栄ちゃんが……?」

掠れた声が聞こえた。愛子も震えているかもしれない。

「そう。……栄一くん、部屋に入ってきて」

すみれに呼ばれ、栄一の体は硬直した。時間が止まったような気がした。

ずっと愛子と会いたいと思っていた。しかしいざとなると臆病になってしまう。自分はなんて情けないのだろうと思った。

「栄ちゃん……。いるの……?」

愛子が声をかけてきた。もう逃げられない。

緊張しているのを必死に隠し、栄一はゆっくりとドアの前に立った。大人になった愛子が、驚いた目で見つめている。

愛子は綺麗というより可愛くなっていた。長かった髪は胸の辺りまで短くなっていたが、肌の白さや大きな目は昔と何も変わらなかった。

栄一はできる限りの笑顔を作った。

「愛子。久しぶり」

自分でもびっくりするようなほど小さな声だった。愛子に聞こえただろうか。

愛子はまだ信じられないという顔をしていた。

「……本当に……、本当に栄ちゃん……?」

「そうだよ」

そういって、栄一は左手首を見せた。ボロボロのミサンガが巻かれていた。

それを見て、愛子は栄一の胸の中に飛び込んだ。そして、大きな声で泣き出した。泣き虫なところも、13年前と同じだった。

「会いたかったよぉ……会いたかったよぉ……」

何度も繰り返した。栄一のシャツは、涙でびしょびしょに濡れた。

「泣くなよ。もう泣かないって昔約束しただろ」

そういいながら、栄一は愛子の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「だけど……、だけど、ずっと会いたかったから……。もうどうしようもなかったから……」

「俺も愛子に会いたかったよ。毎日お前のこと考えてたよ」

ぎゅっと愛子の細い体を抱きしめた。愛子の暖かい体温が、ゆっくりと体の中に流れていくのを感じた。

やっと、やっと愛子に出会えた。

いままでたくさんの暗く重い日々を過ごしてきた。

それが、全て消えていく気がした。

これ以上の幸せはないと思った。

もう誰にも愛子を取られたくない。離れたくない。

「俺たちは、ずっと繋がってたんだな」

そういうと、愛子は胸の中で頷いた。

「栄ちゃん……。あのね、あたしね、ずっといえなかったことがあるの」

その言葉に、栄一はどきりとした。あの夜、愛子がいおうとした、あの言葉だ。

栄一が、もう何年も前から聞きたかった、愛子の言葉……。

「あたし、栄ちゃんのことが好き。ずっと、ずっと前から」

小さく弱い声だったが、栄一の心の中には強く響いた。

「うん」

栄一は頷いた。そして愛子の潤んだ目を見つめ、いった。

「俺もだよ」

するとどこかから、泣き声が聞こえた。

見ると、すみれが泣いていた。

「よかったね……。本当に、よかったね……」

そのすみれを見た時に、栄一の目からも涙が落ちそうになった。

愛子に愛され、すみれにも愛され……。

なんて幸せなんだろう。こんな気持ちになったのは初めてだ。

「俺、生まれてきてよかったよ」

そういうと、愛子は小さく頷いた。


二人の周りでは、たくさんの子どもたちが不思議そうな顔で見つめていた。

栄一は愛子の柔らかな髪を撫でながら、苦笑した。

「ほら、子どもたちびっくりしてるぞ。もう泣き止めよ」

愛子は指で涙を拭き、まだ潤んでいる目で「ごめんね」と子どもたちにいった。











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