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「よかったのですか?」

毎日空ばかり見ている麻由美に、奈那子は心配で何度も話しかけた。

「よかったって、何がですか?」

麻由美は何も知らないという顔で訊き返した。

「結婚ですよ。やめてしまって、よかったのですか?」

奈那子がいうと、麻由美は小さく笑いながら話し始めた。

「奈那子さんは、忘れてしまったんですね」

「忘れてしまった?」

奈那子は何のことだろう、と頭の中で考えた。

「私が、結婚をしたくなかったっていってたことです」

麻由美にいわれ、奈那子は思い出した。

麻由美は、勝手に結婚を決められたことを、毎日嘆いていた。

奈那子は何もかけられる言葉が見つからず、ただ不安な気持ちで麻由美を見ていた。

「そうでしたけど、麻由美様、楽しそうだったじゃないですか。お茶会の話とか、たくさん聞かせてくださって……」

「楽しい?」

奈那子の言葉を聞いて、麻由美は鋭くいった。

「好きでもない人と無理矢理話しをするなんて、苦痛ですよ。はっきりいって、地獄です」

そこまでいうのか、と奈那子は少し衝撃を受けた。そして、麻由美がお茶会の話をしている時を思い出した。あんなに嬉しそうに笑っていたのに、心の中ではそんな風に思っていたのか。

「……そうですか……」

顔を伏せていうと、麻由美は真っ直ぐに奈那子を見つめた。

「奈那子さん。もうあの人は他人です。婚約者でも、何でもない。ただの他人です。そして犯罪者です。もうあの人の話をしたくないんです。早く忘れたいんです。もうあの人の話をしないでください」

本当に清司のことを軽蔑している口調だった。

奈那子は頭を下げて謝った。

「そうですね。あの人は、犯罪者ですもんね」

奈那子がそういうと、麻由美は何度も頷いた。


話だけではなく、麻由美は清司と飲んだお茶も口にしなくなった。清司に可愛いといわれたドレスやワンピースは、全て処分した。高いアクセサリーも、何もかも捨てた。お茶会として使っていた部屋は、物置に変わった。

完全に、清司と決別したいようだった。

それを見ながら、奈那子は清司のことを考えていた。

そんなに嫌な人ではなかったような気がした。

確かに、ちょっと礼儀がなっていなかったり、子どもっぽいところはあった。

けれど、麻由美を愛していた。本当に幸せそうだった。

だから、あの清司が不法侵入をしたと聞かされた時は、かなり驚いた。


いけないことだと思ったが、奈那子はまた訊いてしまった。

「麻由美様、寂しくないのですか?」

「え?」

麻由美は少し目を大きくした。

奈那子は失礼なことをいわないように気を付けながら、話した。

「麻由美様は、幼い頃にお母様を亡くされて、ずっと寂しかったのでしょう?ようやく北原さんと出会えたのに、こんなに早く別れてしまうなんて……」

「奈那子さん」

奈那子がいい終わらないうちに、麻由美は声を出した。

そしてじっと奈那子を見つめ、口だけ笑いながら話し始めた。

「私は、一人じゃありませんよ」

奈那子は驚いた。また麻由美の意味不明な話が始まった。

「私には、大切な人がいるんです。その大切な人は、いつも私を探しに来てくれるんです。昔、私がいなくなった時も、真冬なのに上着も着ないで探しに来てくれたんです。だから、またその人は私を探して、見つけてくれると思っているんです」

奈那子の足が、小刻みに震えた。

「……な……何の話を……」

奈那子が小さくいうと、麻由美は続けた。

「私が生きているのは、その人と繋がっているからなんです。その人が私を見つけに来てくれなかったら、私は死にます。もう私という存在が、この世から消えます。私は何も残さず、一人で死ぬんです。だから私は、ずっとずっと、あの人を信じて待っているんです」

そして、奈那子が何をいってくるかを待つように、じっと見つめてきた。

奈那子は訳がわからなくなった。

動揺し、何も考えられなくなった。

それでも何とか、無意識に声が出た。

「……麻由美様……、誰のことをいっているのですか……?」

そういうと麻由美は、すっと目線を空に向けた。

もう何も話さないと、奈那子は感じた。


麻由美の部屋から出ると、奈那子は麻由美という少女について考えた。

美しく上品で、優しい穏やかな性格だと思っていた。

しかし清司と出会ってからは、冷たい言葉や目線を投げかけてくるようになった。

死んだ人間のようになったり、全く別の人間になったり、夜遅く、何もない部屋に行っていたり、動向が理解できない。

さらに死んだはずの母親に会いにいっていたとか、大切な人を信じて待っているとか、意味のわからない言葉をいう。

奈那子は緊張した。

麻由美と話すことが怖くなった。


麻由美は不思議な子だと思う。

母親が亡くなって寂しい気持ちでいる少女だから、うまく付き合っていけるか、心配だった。

けれど優しく穏やかな性格に、奈那子はだんだん麻由美と仲良くなっていった。

しかし仲良くなったと感じているのは奈那子だけで、麻由美はまだ奈那子を他人のように見ている気がした。

仲良くしようと近づくと、どんどん麻由美は離れて行き、心を閉ざすのだ。

ふっと奈那子は思い出した。

麻由美は、自分のことを話したことがほとんどなかった。

外見だけしか見られないから、麻由美の気持ちがわからないのだ。


どの麻由美が本当の麻由美なのか。

こんなにも永く一緒にいるのに、麻由美がどんな人物なのか、奈那子にはわからなかった。


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