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まず始めに、父親の説教が飛んできた。
「麻由美さんに、なんて失礼なことをしたんだ!」
父親にこんなに怒られたのは初めてだった。というか、初めて怒られた。
「ごめんなさい……」
泣きながらいうと、幸司はため息をついた。
「父さんに謝るんじゃなくて、麻由美さんに謝れ」
しかし清司は項垂れるだけだった。
もう麻由美と顔を合わせるのは無理だ、とあきらめていた。
「もう高校生なのに、なんて考えなしなんだ。子どもでもわかることなのに、どうしてこんなに頭が悪いんだ」
そういって、幸司は毎日、清司を怒鳴り続けた。
「もうやめて」
母親は必死に清司を庇っていた。清司の味方は、母だけだった。
すると幸司は、母親のことまでも悪くいい出した。
「良子がしっかりしていないから、こんな性格になったんだ。お前が、もっとよく面倒を見ていたら、こんなことは起きなかったんだ。毎日好きなだけ遊ばせて、食べさせて、ブタみたいじゃないか。俺の息子は、もっと立派だったはずだ。全部お前のせいだ」
責め続けられる母を見て、清司は涙が止まらなかった。しかし、自分ではどうすることもできない。
ある日、幸司はとんでもないことをいい出した。
「もうこいつは俺の子どもじゃない。俺は、もうこいつの父親にはならない」
これには清司も母親も愕然とした。親子の縁を切るなんて、絶対に起こってはいけないことだ。
「何馬鹿なことをいっているの」
良子は幸司に繰り返しいったが、幸司の気持ちは本当だったらしい。
自宅の廊下ですれ違っても、目も合わせてくれなくなった。
さらに、清司が不法侵入をしたことが、病院内で瞬く間に広まっていった。
院長からの信頼は徐々に薄れ、患者は他の医師に替わっていった。
あんなに忙しくしていた父は、家にいることが多くなった。
清司はずっと家にいるよう母親にいわれ、部屋の中に引き篭もっていた。
そして、繰り返し考えていた。
やっと杉尾栄一という死神が出て行ったというのに、どうしてこんな日々を送らなくてはいけなくなったのか。
むしろ栄一がいてくれた時の方が幸せだった気がした。
栄一に幸せな日々を奪われてしまったようだ。
さらに、美しい麻由美まで………。
清司はまた頭を抱えた。
栄一と、麻由美のことだ。
二人には共通点がありすぎるのだ。
まず、親がいないということだ。親がいない子どもの気持ちを、清司は知ることができない。
次に二人が持っていた「どこか遠くを眺める、不思議な目」だ。
二人はいったいどこを見つめているのか、清司にはわからない。
そして栄一がいっていた「もう一人の自分」。もう一人の自分を見つけるのは、成長して一人前になった人間だけだ。
麻由美は、もう一人の自分を見つけていた。
しかし清司は子どもだから、もう一人の自分を見つけられない。
さらに、以前お茶会で、麻由美は綺麗な星空が見たいといっていた。
清司はそれを馬鹿にした。そして喧嘩のようになってしまった。
そのお茶会の帰りに、栄一は暗い夜空を一人きりで見つめていた。
あれは、麻由美が好きな星空を探していたのではないか。
考えすぎだ、と思う。けれど、どうしてもそう思ってしまう。
そんな答えの出ない考えが、あの夜、ついに解かれたような気がした。
清司が警察を呼ばないでほしいと泣き叫び、麻由美の手首をつかもうとした時だ。
麻由美の手首には、ぼろぼろにほつれた紐が巻かれていた。
栄一も同じように、ほつれた紐を巻いていた。
そして、触ろうとしたらものすごい目つきで睨まれたのだ。
栄一と麻由美は、清司の知らないどこかで、出会っていたのではないか。
しかし………………………
どう考えても、二人が出会うことなんてできない。
栄一はずっと養護施設にいて、六歳の時に、この北原家に引き取られた。
それからずっと、栄一と清司は一緒にいた。
栄一は外に出たり、人と話すのが嫌いだった。
麻由美の話を聞くのも、ものすごく嫌がっていた。
もし栄一があの屋敷に行っても、鍵を持っていないし、周りをうろついていたら雪男や家の人間に不審に思われるはずだ。
そして麻由美は、生まれてから一度もあの屋敷から出たことがない。
雪男本人から聞いたのだから、間違いない。
それに麻由美は栄一が養子だということを知らなかった。
二人が出会えることなどできないのだ。
これだけ共通点があるというのに、二人は他人だというのか。
もし出会ったことがあるなら、それはいつなのか。
そして、どうやって出会えたのか。
しかし、もう誰にも訊くことはできない。
栄一はどこかに行ってしまったし、麻由美とは会えなくなった。
このことで清司は、ストレスが溜まっていった。
清司は味方でいてくれる母親に乱暴した。
顔を殴ったり、食器や椅子を投げつけたりした。
傷だらけになって泣いている母を見ることで、清司はストレスを解消した。
そして夜遅くになり、ベッドの中で自己嫌悪で死にたくなった。
こんなことをしてはいけないと頭の中では思っているのに、体がいうことを聞かない。
こんなに醜くなってしまった自分を、栄一と麻由美はどんな風に見るだろうか。
北原家の崩壊が、日に日に近づいていった。




