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迷路のような真っ暗な廊下を、奈那子は壁を伝って歩いた。
鳥居家は五階建ての大豪邸で、数え切れない程の部屋がある。
一つ一つ覚えるのに、奈那子は一年もかかってしまった。
麻由美の部屋は三階にある。
奈那子が使っている部屋は一階の隅なので、階段を探した。
ペンライトの小さな灯りを頼りに、うろうろと動き回った。
そしてようやく階段を見つけると、ゆっくりと上っていった。
暗くて足を踏み外したりしないように気を付けて、二階に出た。
そしてまた三階へ上がろうとした時に、突然後ろから声をかけられた。
「奈那子さん?」
麻由美の声に違いなかった。奈那子は大声を上げそうになった。
「……あ……、ま、麻由美様」
奈那子は冷や汗をかきながら、ゆっくりと振り返った。
目の前には、また死人のような麻由美が立っていた。
どう見てもガイコツだ。思わず奈那子は後ずさりした。
「どうしたんですか?奈那子さん」
不思議そうな声だったが、顔はガイコツのままだ。
「こんな夜遅くに。もうみんな眠っているはずですけど」
奈那子はどきりとした。なんと答えたらいいのか、戸惑った。
「……いえ……。その……麻由美様が」
死人のような姿をしているから……
そんなことをいえるわけがなかった。もしそんなことをいったら、雪男にどんなことをさせられるか。
「麻由美様が、その……、お体の具合が悪いのではないかと思いまして」
答えられたが、麻由美に不自然に思われていないか、心配になった。
すると麻由美は首を傾げ、また訊いてきた。
「どうして具合が悪いだなんて思ったんですか?」
奈那子はまた困った。頭の中で、一番適切な答えを探した。
「お昼に、お茶会が終わった後の麻由美様の顔色が、悪いように見えたんです」
「そうですか?全然具合なんて悪くないですよ」
そういうと麻由美は頭を下げて、「私のことを心配してくれるなんて、奈那子さん、本当にありがとうございます」といった。
「いえ、そんなこと……」
目の前でお辞儀をしているガイコツを見て、奈那子はまた怖くなった。
「私は元気ですから、心配しないで眠ってください。私ももう寝ますので」
そういって立ち去ろうとする麻由美を、奈那子はあわてて呼び止めた。
「麻由美様は、どうして廊下を歩いていたのですか」
麻由美は足を止め、奈那子を見つめた。
そして、ゆっくりと訊き返した。
「奈那子さんは、死んだ人間がどこへ行くのか、知っていますか?」
「えっ?」
驚いて声を大きくしてしまった。まずい、と思ったが、誰にも聞こえなかったようだ。
「奈那子さんは、お家もご家族もいるんですよね」
麻由美が何をいっているのかわからず、奈那子は怖くなった。
「はい……」
小さく答えると、麻由美は笑ったような顔をして、話し始めた。
「死んだ人間がどこに行くのか、私は知っています」
「え……?」
奈那子は緊張した。麻由美が何と答えるか、どきりとした。
麻由美は顔を上に上げた。
「星空に行くんですよ」
「星空?」
また大きな声を出し、奈那子は口を手で塞いだ。
「死んだ人は、星空に行くんですか……」
麻由美はこくりと頷き、小さく呟いた。
「星の一つになるんです。そして、空気の綺麗なところで、強く輝くんです」
話していくうちに、なぜか麻由美の声がいつもとは違う声に変わっていった。
「空気の綺麗なところで……」
奈那子は麻由美が何を伝えたいのか、全くわからなかった。
「それでは、お休みなさい」
頭を下げてまた歩き出した麻由美に、奈那子はもう一度訊いた。
「麻由美様、どうしてこんな真夜中に、廊下を歩いていたのですか?」
すると、麻由美は今度は振り返らず、前を向いたまま、小さく答えた。
「お母様に、会いに行っていたんです」
そして奈那子が何かいう前に、階段を上っていった。
麻由美の足音が完全に消えるまで、奈那子は体を石のように固くしていた。
頭の中で、麻由美のいった言葉を何度も繰り返した。
「お母様に会いに行っていた」とは、どういう意味だろうか。
麻由美は、幼い頃に母親を事故で亡くしている。
それなのに、会いに行っていたとはどういうことだろうか………………。
奈那子はよろよろと自室に戻った。
その夜、奈那子は一睡もできなかった。




